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曲水の宴とひいなの祭り

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曲水の宴とひいなの祭り

リアクション

 
 
 
   今年の梅は
 
 
 
「これで出来上がり、だよ」
 着付け終えたリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)の姿を確認すると、清泉 北都(いずみ・ほくと)は自分も手早く和服を着た。
 北都の着物は天鵞絨、リオンは梅紫。どちらも城下でハイナに見立ててもらった反物で仕立てたものだ。
「お正月に羽織袴にはなりましたが、これはまた違う服なのですね」
「うん。慣れてないとちょっと窮屈に感じるかもしれないけど、リオンにも日本の風情を味わって貰えたらなって」
 洋服よりも動きが制限されるけれど、こんな行事の時ぐらいは和服を着て歩いてみたい。
「足下危ないから」
 はい、と手を出す北都に素直に手を引かれながら、リオンはゆっくりと庭を歩いていった。
「お雛様や三人官女が歩いてるね」
 庭で客の接待をしている雛姿の人々を北都が示す。
「和服にも色々な形や色柄があるんですね」
「十二単とかは特別に豪華だから見応えがあるよね」
 衣装だけでも芸術だ。
 すれ違う平安衣装の人々に、つい目を奪われる。
 梅林の近くまで行くと、
「よろしければ薄茶を一服いかがですか?」
 お雛様の格好をしたアメリアが抹茶茶碗を掲げて尋ねてきた。見ればお内裏様姿の高月芳樹が茶を点てて、梅見の人々にふるまっているようだ。
「おかしもどーぞ」
 重い雛衣装にふらつきながら、フランカもお菓子を差し出してくれる。
「ありがとう。リオン、持てる?」
「はい。気を付けて歩きますから」
 薄茶と菓子を受け取ると、北都とリオンは梅林にある縁台に腰掛けた。
 鳥のさえずりと梅の花。
 いつまでも見ていたくなる風景が目の前に広がっている。
「リオンは花より団子かな?」
「花も拝見していますよ。けれど確かに、景色を見ながら食べる団子はいつもとひと味違いますね」
 そう言ってもう1つ団子を取ろうとしたリオンの袖が、抹茶茶碗に引っかかった。
「あ……」
 北都が止める暇もなく、茶碗はひっくり返りこぼれた茶がリオンの着物にかかる。
 慌ててリオンは着物を拭いたけれど、染みついた抹茶の色はそれくらいでは取れそうもない。
「ごめんなさい。折角北都が買ってくれたものなのに……」
「クリーニングに出せば染みは落とせるから大丈夫だよ。それよりも身体にお茶かからなかった?」
「はい。それは大丈夫でしたけれど……」
「それなら良かった。油断したのは僕もだからね。リオンが無事ならそれでいいよ」
 応急処置でハンカチでトントン叩いて水気を拭き取ると、北都は再び梅を見上げた。
「白梅もいいけど、紅梅の鮮やかな色と香りは格別だよね」
「ええ。実にエレガントです」
 まだ汚してしまった着物は気になるけれど、落ち込んでいると余計に申し訳ない。連れてきてくれた北都の為にも今は楽しもうと、リオンも北都の見ている梅を見上げた。
 梅の花は今や満開。
 風が吹くたび、ちらちらと繊細な花びらが舞い散る。
「本当に綺麗に咲いてるね」
 北都は梅を見上げるリオンへと視線を移した。
 ずっと遺跡に封印されて眠っていたリオン。その間に見られなかったものがたくさんあるはず。
 だから色んなものを見て感じて、思い出を作っていって欲しい。それが自分の故郷のものなら尚更。
 戦いばかりではない美しい世界があることを、リオンには知って欲しい。
「……なーんか親馬鹿っぽいかな、僕」
「北都? 何か言いましたか?」
 つい呟いてしまった声に振り向いたリオンに、何でもないと首を振り、北都はまた美しく咲き誇る梅を飽きず眺めるのだった。
 
 
 
 日本の春の祭りをホテル滞在の客にも楽しんで貰うという趣旨ならばと、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)を誘って、衣冠に装った。
「僕達はニホンジンぽくはないのですが、日本風に見えますでしょうかね」
「こういうのは雰囲気を楽しむものなんだから良いんじゃないか?」
 エオリアの心配に、エースは周囲の人々を指した。
 平安衣装に身を包んでいる人の中には、鬘をつけている人もいれば、自分の髪のままの人もいる。けれどちゃんと皆それなりに、衣装を着こなしている。
「だいじょうぶ。ちゃんと似合っていますわよ」
 2人の会話を聞きつけて、琴子が微笑む。普段より色味を抑えた落ち着いた江戸小紋を着ているのは、客をもてなす側だからなのだろう。
「琴子さんも花を楽しむ時間をとってはどうかな? 貴女が顔を出さないと、梅たちが寂しがりますよ」
 裏方の仕事はあとで手伝うから、少しの間でもこの時季にしか会えない可憐な花を楽しまないかと誘うエースに、琴子はありがとうございますと礼を述べた。
「でもどうかお気遣いなく、ゆっくりと楽しんできて下さいな。こちらの庭にはよく寄せていただいておりますもの。今日ぐらいおもてなしを優先しても、梅は寂しがったりはしないと思いますわ」
 軽く会釈すると、琴子は衣装の片づけがありますので、と着替え部屋へと入っていった。
 エースとエオリアは連れだって梅林へと向かう。
 花木は自宅で楽しむのが色々と難しい。庭に植えたとしても、良い花が咲くようになるまでには何年かかることか。
 だから花木を見るには、その木に会いに行くのが一番だ。
 梅林と一口に言っても種類は様々。
 一重咲きや八重咲き、色も紅、桃、白、絞り等多彩に富むし、枝垂れの風情もまた良いものだ。
「梅、桃、桜……春に咲く代表的な花木はどれも同じバラ科サクラ属だから良く煮ている。でもどの花をも日本人は、春の謳歌を表す花として愛してきた。それは日本人の季節への感受性の高さを良く表していると思うんだ」
 どれだけ見ても見飽きない、とエースは咲き誇る梅林を歩き回っては、花を愛でた。
「ええ。それにこの梅林に和風の衣装も映えますね。やはり黒髪系の人たちは衣装が良くお似合いです」
「うん。花も着飾った女の子もみんな可愛いね」
 この華やかな時をせめて写真に留めようと、エースはエオリアが持ってきた撮影用の機材を受け取った。
 何枚も花の写真を撮るエースの横で、エオリアも撮影する。
「可憐な花ですね。これをモチーフに何か良いお菓子とか出来ると良いんですけれども」
「ひな料理の中にお菓子もあるんじゃないかな。後でどんなものがあるか見に行こう」
「はい。きっと繊細なお菓子が色々あるのでしょうね」
 日本人の感性から生み出される菓子を是非見てみたいと、エオリアはエースの言葉に頷くのだった。
 
 
 
 寒さはまだ残ってるけど、春はもうすぐそこ。
 いい昼寝日和だと部屋でごろごろしていた比賀 一(ひが・はじめ)だったけれど、比賀 亘(ひが・めぐる)に花見に行きたいとだだをこねられ、仕方なく空京へと出かけてきた。
 連れ出したはいいもののどう楽しんだものか……。
 ホテル荷葉でイベントをやっているという話を聞きつけてやってきたものの、どうも自分の柄ではないし。仕方なく、亘を連れてぶらぶらと歩いた。
「わぁ……木にお花が咲いてる〜。それにいい匂いっ」
 気乗りしない様子の一と逆に、亘は花を見てはしゃぐ。
「ねぇねぇ、あれ何ていうの?」
「さあ……花の名前なんてあんまし知らねえからなぁ」
 見たことはあっても名前までは分からない。首を傾げているうちに、亘は近くにいた人に抱きついた。
「優しそうなおねえちゃんだっ!」
「お、おい亘。知らない人に急に飛びつくんじゃない。悪いな」
 謝りながら亘を引きはがそうとすると、飛びつかれたお姉ちゃん……ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は笑顔で首を振った。
「ううん全然構わないよ」
 亘をもふもふとくすぐって、
「かわいい子ね。おねーさんちの子になる?」
 とすりすりと身体をすり寄せて遊ぶと、亘はきゃっきゃと声をあげて笑った。
「今日は雛祭りに来たの?」
「おにーちゃんとお花見に来てるんだあ。服もおそろいなんだよっ」
 ルカルカに聞かれ、亘は嬉しそうに一とお揃いのジャケットを示した。ラフなジャケットだけれど、亘にとってはどんな可愛い服よりも一とお揃いの方が嬉しいらしく、常に一緒のものを着たがるのだ。
「あんたもちみっこと一緒に花見かい?」
 子供をじゃらすのに慣れている様子のルカルカに一が尋ねると、夏侯 淵(かこう・えん)が猛然と抗議する。
「誰がちみっこだ!」
 英霊として生を受けたものの、どうも成長速度が芳しくないのが淵の悩み。そこをつかれるとやはり悔しい。
「英霊? マジで? すまんすまん、ただのお子ちゃまかと思って……痛い痛い、殴るなって」
 淵の抵抗を笑って受け流して、一はルカルカに一緒に花見をしないかと誘った。
「そうね。お弁当たくさん持ってきたから、一緒に食べよ」
「おべんと? わーい!」
 ルカルカの誘いに喜ぶ亘に、そう言えば食事のことなんて考えてもいなかった、と一は改めて思う。
「留守番のダリルが作ってくれたものだから美味しいと思うわ」
 梅の花がよく見える場所にシートを敷くと、ルカルカは弁当を広げた。
 お握りと洋風おかずの数々、デザートはいつものチョコバーだ。
「わぁおいしそうー!」
「ダリルの作るものはうまいからな。だがルカも最近料理の腕をあげているぞ。何しろ食えるようになったからな」
「なによそれー」
 ぶーとルカルカは頬を膨らませてみせた。
「ね、一さん、質問してもいい?」
「質問? 答えられる範囲ならいいけどさ」
「亘ちゃんとの契約の経緯が知りたいなって」
 ああ、と一はおにぎりをぱくつきながら答える。
「いいけど、経緯っつっても大したもんじゃないんだよな。ある以来を終わらせた帰り道の途中、いつの間にかコイツがついて来てた。餌をやって懐いた捨て猫みたいな感じにな。……いや、本当に餌をやったわけじゃねーけど」
 不思議そうにこっちを見つめるものだから追い払うわけにもいかず、結局そのまま家までついてきてしまった。
「で、成り行きで契約したんだけども……アリスだって分かったのは後の話」
 そう説明する一を亘はにこにこと見つめていた。ルカルカは今度は亘に聞いてみる。
「亘ちゃんは、一さんに困ってることや要望とかって無いの?」
「よーぼー? えっとね……おにーちゃんはそばにいてくるけど、その……なでなでしてくれたり、ぎゅーってしてくれると、もっとうれしいかなって……。おねぇちゃん、どうしたらもっとおにーちゃんに近づけるかなぁ?」
 ぐ、と一が声にならない声を漏らす。
「近づきたいの? ならこうねっ」
 ルカルカはそう言って亘をぎゅっと抱きしめた。
「ほらね、近づいたッ♪」
 そういう意味ではないけれど……いや、そうして抱きしめて頭を撫でることも確かに正解の1つ、なのだろう。
「近づいたー!」
 亘は嬉しそうにルカルカを抱き返した。
 
 梅の花を見上げながら、美味しい弁当を皆でつつく。
「お花、きれいだねー」
 梅を指さす亘を見て、ルカルカの口からふと句が漏れる。
 『 紅梅に めぐるの指を 画かばや 』
 その句を耳にした淵が、感心したようにほうと唸った。
「ルカもなかなかやるものだ」
 けれどその句には元ネタがある。
 夏目漱石の『紅梅に青葉の笛を画かばや』を亘の伸ばした可愛い指を青葉に見立てて改造したのだ。
 ごまかすためにルカルカはお握りを頬張り、淵への返事を避けた。
 淵はそんなルカルカの様子には気づかず、自らも梅を眺める。
(花を見ると魔女オメガ殿のことを思い出すな……)
 そしてこれも自身の句ではないが、松尾芭蕉の句を口ずさむ。
 『 紅梅や 見ぬ恋作る 玉すだれ 』
 こんな場所で花見をしていると、気分も自然と雅やかになってくる。
 気分の乗るままに、ルカルカが梅に手を差し伸べたその時、シャッター音が響いた。反射的に顔を上げると、そこではエースがカメラを構えていた。
「勝手に撮ってごめん。あんまり絵になる風景だったから」
「別に構わないよ。何ならもっと撮ってみる?」
 面白がってポーズを撮るルカルカを、エースは何枚も写真に収める。
「みんなで一緒に撮ってもらおうよ。エースも撮ってあげるね♪」
 梅を背景に記念撮影をしあう。
 それが終わると、一はじゃ、と立ち上がった。
「俺はもう少し、このへんをぶらぶらしてくるぜ」
「いってらっしゃーい。今度は一緒にハイキングにでも行きたいね♪」
「ああ。そん時はまたよろしく」
「おねえちゃん、またねー」
 亘は元気に手を振ると、一の後ろを追いかけていった。
 周囲では様々なイベントがされているようだけれど、一は特に何に参加するでもなく足の向くままに庭を歩いた。
 正直、亘にどう接して良いのか分からない。めいっぱい甘えてくる亘を受け止められる自信がない……というより、受け止めていいのかどうかも決めかねている。
 今も一が特に何もしてやらないのに、亘はあちこちを眺めてはにこにこと嬉しさ全開の笑顔でついてくる。その様子を見ていて、そういえば、と一はふと思い出す。
 今日は3月3日。ということは亘の誕生日のはずだ。
(しまった、何も用意していない……)
 誕生日プレゼントのことなんて忘れていたし、覚えていたとしても何をやったらいいのか分からない。けれど、1年に1度しかない誕生日をそのまま無視してしまうのも忍びない。
 どうしようかと一は梅の花を背伸びするようにして見ている亘を眺め、そうだ、と思いつく。
「亘」
「なーに? わっ!」
 手招きして寄ってきた亘を、一は肩車してやった。高いところの花もこれで間近に見られるだろう。
 こんなことしか出来ないけれど、とそっと様子を窺ってみれば、亘ははしゃぎながら花に手を触れていた。
「おにーちゃん、お花がこんなに近くにあるよー!」
 亘が無邪気に喜んでくれることが嬉しい。
 新しくできた家族。いきなりは無理だけれど、こうして少しずつ本当の家族らしくなっていくのだろう。
 肩に軽い体重を感じながら、一は亘の目にたくさん花が見えるように位置へと移動するのだった。
 
 
「きれいな梅のお花……春がもう来るですね」
 お雛様の衣装から元着ていた振り袖に戻ったヴァーナーが梅に笑顔を向ける。
 若草色の着物に薄桃のショール。色白の肌によく似合うと眺めつつ、天音はヴァーナーと手を繋いで梅林を歩いた。
 風が枝を揺らすと、満開の梅の花がこぼれてひらひらと舞う。
 そのうちの1枚が一瞬ヴァーナーの頬に触れ、またひらりと飛び去ろうとするのを天音は捕まえ、ヴァーナーの小さな手の平に載せた。
「梅の花びらもヴァーナーにキスしたみたいだ。もう春ですよっていう挨拶なのかも知れないね」
 ヴァーナーは天音から渡された梅の花びらをしっかりと握り込むと、もう片手を天音の首に回し。
「もう春ですよ♪」
 ちゅっと天音の頬に唇で春の挨拶をした。
 そんな微笑を誘われる2人の様子を、ブルーズは少し離れた縁台に腰掛けて眺め。白酒の酒杯を傾けつつ、梅の枝から聞こえるウグイスの声に耳を澄ます。
「一鳥花間鳴 借問此何時 春風語流鶯」
 ふと李白を口ずさめば、聞いているはずもないと思った天音からいらえが返る。
「感之欲歎息 對酒還自傾……かい? ブルーズ、お酒は程々にね」
「處世若大夢 胡爲勞其生。たまにはのんびり呑んでも良いだろう」
 こんな春のひとときだけは、すべてを忘れて微酔いにたゆたってみたくなる。
 そんなブルーズの上にも梅は春の挨拶を振らせるのだった。