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リアクション
みんなでひな人形
去年は雛衣装での接客は自分で勝手にやっていたものだけれど、今年はそれもイベントになっている。
「んふふ、どこを見ても目の保養じゃのう」
あちらにもこちらにも、お雛様や官女の衣装をつけた女の子たちがいて見飽きない。
ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)は今年も官女の格好で接客をしているのだが、この衣装はシーラ・カンス(しーら・かんす)が用意してくれたものだ。シーラによれば、お雛様より官女の衣装の方が萌える、とのことだけれど、ファタの目から見れば可愛い少女が着ていればどちらだって萌えられるというものだ。
「日本では雛祭りにはそういう衣装を着るのか?」
客からの質問に答えるのも、去年もしたことだからファタにとっては慣れたもの。
「いや、これは雛祭りに飾る人形の衣装なのじゃ。向こうを連れ立って歩いておるのが、雛壇の一番上に飾る男雛と女雛、その次の段に飾るのが、わしの着ているこの官女。その次の五人囃子は……今は付近にはおらぬようじゃな。もしよければひな人形が実際に飾られている雛壇のところに案内しようかえ?」
客を案内する間に雛祭りの説明をし、と接客にもそつがない。
「すみませーん。三人官女が揃ってるところを写真撮りたいっていうお客さんがいるから、手伝ってもらえませんですかー?」
ファイリアに頼まれ写真に収まる時も、堂々たる官女ぶりを発揮する。撮られて恥ずかしい、という感覚がないから、ファインダーに向ける笑顔もごく自然だ。
「化粧直しがしたいとな? ではこちらへ参られよ」
場所が分からず戸惑う客の案内を終えた時に、ばったりとミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)たちに出くわした。
ロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)とメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)はファタと同じく、シーラが用意した官女の衣装を身につけている。
志位 大地(しい・だいち)は雛衣装ではなく執事服。ミレイユとシーラは春らしい服装をしているが、こちらも雛衣装ではない。
「なんじゃ。ミレイユは雛衣装を着ておらぬのか。折角タダで衣装を貸してくれるというのじゃ。ここで着ないのは損であろう。さ、こっちに来るのじゃ」
「え、ワタシはロレッタの付き添いのつもりだったから……」
「こういう時には存分に楽しむものじゃ。ささ、わしが可愛く着付けてやろうぞ」
ファタに引っ張られて、ミレイユは着替え部屋へと連れ込まれた。
そして出てきた時には、ミレイユはちぎのたくらみでロレッタと同じくらいの子供の姿になっていて、ちょっと重そうに衣装を引きながら歩いてくる。
「どうじゃ? お持ち帰りしたいほどの愛らしさじゃろう?」
「可愛いですわ、可愛いですわ〜!」
シーラは興奮しきりで写真を撮りまくる。
「はい、ちょっとそこでロレッタさんと抱き合ってください〜、そうそう、ああめくるめく世界ですわ〜」
「その写真、焼き増ししてもらえるかの?」
「任せておいて下さいな〜。良かったら引き伸ばしてパネルにして進呈いたしますわ〜」
ファタの頼みを快く引き受けて、シーラはなおもシャッターを切る。ミレイユとロレッタを撮った後は、ロレッタと青い鳥との組み合わせで撮影する。
「ああ、今度は魔道書×魔道書ですわね〜。可愛すぎますわ〜」
「何よその×って……」
引き気味の青い鳥に構わず、シーラは妄想で強化された己の世界へと浸り込み、夢見心地で写真を撮り続けた。
シーラの興奮がひとまず収まると、場所をかえて大地手作りのひな菓子を囲む。
桜餅、草餅、桃団子、金平糖。
「ワタシもお菓子持ってきたんだよ」
ミレイユは定番のひなあられを出した。白、ピンク、緑のそれぞれがミルク味、いちご味、抹茶味になっている。
雛祭り色のお菓子を前にすればお喋りも弾むというものだ。
「この衣装、動きにくいんだぞ……」
離れた位置にあるお菓子に手を伸ばそうとして、衣装の重みに邪魔されたロレッタは食べたそうにじっと桜餅を眺めた。それに気づいた大地が優しく、
「あげましょうか?」
と尋ねる。
「欲しいんだぞ」
ロレッタの答えを聞くと大地は桜餅を……、
「はい、あげましたよ」
と頭上高くに上げた。
「うー」
「大地、いぢめるのはやめなさいよ」
唇を噛んで唸るロレッタを見かねて青い鳥が注意したが、その時にはもう大地は手を下ろして桜餅をロレッタに差し出している。
「冗談です。どうぞ食べて下さい。はい、あーん」
そしてあーんと開けたロレッタ……にではなく、自分で桜餅を食べてしまう。
「うーうー、大地めぇ……またいぢわるな……むぐっ」
「美味しいですか?」
文句を言いかけたロレッタの口に桜餅をむぐっと突っ込んで、大地はにっこりと笑った。
「お……おいしいんだぞ」
いぢわるされれば悔しいけれど、口の中のお菓子はとても美味しくてその悔しさもどこかに吹き飛んでしまう。
「それは良かったです。ではこちらはどうですか?」
そう言って出しておきながら、ロレッタが取る直前にひらっと手を引いてみたり。
大地に遊ばれるたび、ロレッタは赤くなったり唸ったりと忙しい。
(か、かわいい……)
最初のうちはいじられるロレッタに自分を重ね、大地を非難していた青い鳥だったけれど、ロレッタの反応がやたらと可愛くて。その表情を見たいがために、次第に大地の行動を黙認するようになってしまう。
うーうー唸っている顔、ちょっと涙目になる瞳、それがお菓子をもらってほわっと揺るんでいくさま。
「なんてかわいいのかしら……っ!」
心の底から湧き上がってくる衝動に耐えかねて、青い鳥はロレッタをぎゅーっと抱きしめた。
「きゅ、急にそんなことしたら、びっくりするんだぞ」
急にぎゅうぎゅうと抱きしめられ、頬をすり寄せられてロレッタはわたわたと慌てた。
本気で嫌がらせされているのならもちろん助けに入るところだけれど、そうでないのはファタにも分かる。いぢられている幼女は可愛いと、ファタは遊ばれてあたふたしているロレッタをにやにやと眺める。
「う〜〜……」
いぢめられればいぢめられるほど、味方がいなくなってゆく不条理。
お菓子でロレッタを釣り上げようと遊ぶ大地に、遂にロレッタは反撃に出た。
「そんなことばかりしてると、大地の恋人のティエリーティアに言いつけてやるんだぞ」
「おや……」
これでどうだと言わんばかりに、ふふんと胸をそびやかすロレッタに大地は微笑を禁じ得ない。やりこめてしまうのは簡単だけれど、大地は素直にロレッタに詫びた。
「そこをつかれては降参するしかありませんね。参りました。これをあげるので許してください」
大地が取り出したのは、ロレッタにだけあげようと持ってきて隠してあった桃饅頭。
桃の形をしたふっくらとした饅頭に、ロレッタの泣きそうだった顔がぱっと輝く。
「おいしそうなお饅頭なんだぞ」
「美味しそう、ではなく実際美味しく出来たと思いますから、是非食べてみて下さい」
「ありがとうなんだぞ」
ロレッタはさっそく桃饅頭を食べ、美味しいと顔をほころばせた。
「それは良かったです」
大地はロレッタの嬉しそうな様子に微笑むと、膝の上に座らせて頭をやさしく撫でた。
いぢわるはするけれど、優しくてお菓子をくれるお兄ちゃん。それがロレッタの大地に対する印象だ。
和んでお菓子を食べているロレッタを、ミレイユはにこにこと眺めた。
「ふふ、やっぱりロレッタと大地さんは仲良しさんだよね〜♪」
「もちろんですよ。こんなに可愛いんですから、ね」
たっぷりといぢめたい程に、と大地は声には出さず、にんまりと笑うのだった。
「やっぱ似合うよな」
ぼそりと呟いた瀬島 壮太(せじま・そうた)の声に、何か言いましたかとお内裏様姿のエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が振り返った。
長い髪は纏めて結い上げ、冠の中に収めてある。普段白いスーツを着ている姿を見慣れているから、青褐の衣姿はやけに新鮮に見えた。顔立ちは完全に外国人フェイスなのに、しっくりと衣冠束帯を着こなしてしまうのはエメの醸し出す雰囲気の所為か、すっと伸びた姿勢の良さか。
「いや、お内裏様の衣装が良く似合ってると思ってさ。俺は全然似合ってねーのにさ」
日本人ではあるけれど、壮太の外見はどう見てもヤンキー。お内裏様の格好など似合うはずもないと、壮太は軽く不貞腐れる。
「そんなことはありません。日本の伝統とは異なるかも知れませんが、壮太君も実に格好良く着こなしていると思いますよ」
「そうは思えないんだがなぁ」
壮太はまだ気になる様子で、ひらひらする袖を引っ張った。着物なんて着慣れないから、どうもあちこちしっくり来ない。
そんな様子をエメは微笑で眺めた。
今日ここにやってきたのは、3月3日の催しに片倉 蒼(かたくら・そう)たちが出かけると聞いて、見せてもらったパンフレットにあった日本文化に惹かれたエメが壮太を誘ったからだ。
蒼たちも来ているはずだけれど、半日をかけてホテルの中庭と部屋のあちらこちらで行われる催しだ。会うこともないだろうと、エメは壮太にそのことは話さずにやってきた。
衣装の借り賃代わりだと、エメは写真を請われれば笑顔で応じ、ポーズをと言われれば特に不思議にも思わずにこたえる。
「いや、お内裏様が見つめ合ってる写真だなんて、ヘンじゃないか?」
「この衣装を借りる条件がお客様の接待だと言うならば、それに従うのが筋と言うものでしょう」
客の注文に首を傾げる壮太を宥め、エメはにっこりとポーズを取った。
妙なハイテンションで礼を言って客が去っていった後、また庭を巡ろうとした時、
「あっ、そーただ!」
漆黒の翼で夜魅が飛んでくる。
「よお。夜魅も雛祭りに来てたのか」
「うん。さんにんかんじょしてるの♪ でもさんにんかんじょってなぁに?」
「うーん、確か酒を注ぐ道具を持ってる人形だったような……」
うろ覚えで壮太が答えると、そうそうと夜魅は銚子を掲げた。
「あたし、あまざけもってるの。のんでのんでー」
三人官女はそうするのだとコトノハに教えられている夜魅は、壮太とエメに甘酒をふるまうと、またぱたぱたと別の客を捜して飛んでいった。
その後ろ姿を見送っていた壮太は、少し先を手を繋いで歩いて行くお内裏様とお雛様に気づいて首を傾げた。微笑ましいその後ろ姿にどこか見覚えがある気がする。
気になって、2人が喋る様子を眺めてみればその顔は蒼とミミ・マリー(みみ・まりー)だ。
「あれ……片倉とミミじゃねえか?」
「そのようですね。まさかこんな所で会うとは思いませんでした」
けれどエメがいては蒼は執事に戻ってしまい、休暇にならない。
「見つからないようにあちらに行きましょう」
蒼から離れようとしたエメの腕を、壮太が掴んだ。
「向こうはまだこっちに気づいてないようだから、後をつけてみようぜ」
「後を……ですか?」
「ああ。どんなデートしてんのか見てみたくねえか?」
「それは……」
見たいです、とエメも頷き、2人はこっそりと蒼とミミの後をつけ始めた。
「ミミちゃん、歩きにくくはないですか?」
仕事中……というか蒼にとってはほぼ常に仕事中のようなものだが……は様づけで呼んでいるけれど、今日は休暇中なので蒼がミミを呼ぶのもちゃん付けに変わっている。それでも、ミミの手を取ってエスコートする様はいつも通り執事らしい動作だ。
「うん。蒼ちゃんが手を繋いでいてくれるから大丈夫」
お雛様の衣装を身につけたミミは、平気だよと笑って答えた。蒼のお雛様姿も見たかったけれど、今のお内裏様も格好良い。何より、蒼が久しぶりに休暇を取ってゆっくり遊べるのが嬉しくてたまらない。
「どこか行きたいところはありますか?」
「梅がきれいに咲いてるって聞いたから見たいな……あ、それから後でひなあられを一緒に食べようね」
「かしこまりました」
途中で客に話しかけられれば照れながらも丁寧に応対して、2人は会場内をそぞろ歩いた。
けれど、ふと何かの拍子に後ろを見た際、ミミには気になるものが見えてしまった気が……した。
自分たちの後をつけてくる人がいる。そしてそれはどう見ても……。
(壮太とエメさん、だよね?)
声をかけた方が良いのか、と迷うミミに蒼がささやいた。
「ミミ様、どうかこれより先は背後を振り返られませぬよう。……エメ様の下さったせっかくの休暇、僕も楽しみたいですから、ね?」
初めは執事らしく、最後は悪戯っぽくナイショと唇に人差し指を当てる蒼に、ああやっぱりそうなんだ、とミミは確信した。
けれどそも、蒼に休暇を与えてくれようという2人なりの思いやりなのだろうから、ここは気づいていないふり。
何をやっているのだろうねと目と目で会話し合うと、蒼とミミは後ろは気にしないことにして、会場を巡るのだった。
ミミが振り向きそうになったのを感じ、壮太は慌てて物陰に隠れた。
「エメ、早く……」
焦る声を出す壮太にエメは顔を近づけ、その唇をそっと触れる指先で塞いだ。
「いけません、壮太君……」
声なんか立てたら、とエメは周囲を窺う。幸い蒼とミミには気づかれずに済んだようだ。
けれどほっとする間もなく、今度は蒼の頭がふらりと動きそうになる。
「……っ!」
エメは壮太の腕を引き、樹の幹に背を押しつけると自分もその上に覆い被さるように身を寄せる。壮太はそんなエメの顔を至近距離に見ながら不敵ににやりと笑った。
「大丈夫だって、ばれやしねえよ」
「ですが……」
「それよりあんた、もう少し屈めよ。このままじゃ……できねえだろ」
壮太はエメの襟元を軽く引っ張ってかがませた。エメの長身は目立つ。このままだと目指す完璧な尾行が出来なくなってしまうと危ぶんだのだ。
「そうですね……ではこれで」
エメは壮太に引かれるままかがむと、そっと袖のとばりで2人の顔を隠した。
「あれ、さっきの観光客、また写真撮ってるぞ」
何がそんなに撮りたいのかと壮太は不思議がったが、
「蒼たちに気づかれなければ良いのですよ」
エメは全く意に介せず答えると、行きますよ、と壮太に声をかけた。
ある程度、蒼とミミを尾行すると2人は帰ることにした。
「なんか食って帰ろうぜ」
「ええ、そうしましょう」
カンペキな尾行が出来たことに満足しつつ、壮太とエメは空京の街へと出て行ったのだった。
「昔の日本の衣装も良いものですね〜樹様」
加えの銚子を手に、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が上機嫌で林田 樹(はやしだ・いつき)に話しかける。樹が手にしているのは三方、そして新谷 衛(しんたに・まもる)が持っているのは長柄銚子。
「樹様とお揃いの官女だなんて感激です。三人官女も……1匹増えて揃いましたことですしね」
「じなぽん、『1匹』って扱いはないんじゃない?」
「それなら1領……って、うきーっ! そっちこそ、その呼び方は止めやがれなのです!」
衛に食ってかかるジーナを眺め、相変わらず賑やかだと右大臣の衣装を着た緒方 章(おがた・あきら)は苦笑した。そんないかにも物思いの無さそうな様子に、つい口は歌を口ずさむ。
「――逢ひみての後の心に比ぶれば昔は物を思はざりけり、か……」
「あいみての?」
章の歌に気づいた樹が聞き返すのに、章は首を振る。
「ああいや、何でもない……。ちょっとあっち行ってくるね」
皆から離れてゆく章が気になるのか、
「わりぃ、おっさん、あっきーについていくわ」
と衛もそちらについていってしまった。
「樹様? どうされました?」
離れてゆく2人と樹を見比べて、何があったのかとジーナが聞いてくる。
「いや、ジーナ。ちょっとアキラが言っていたことが気にかかったのでな……」
樹が章の口にした歌を繰り返すと、ジーナはむっとしたように眉を吊り上げ、もの凄い速度で携帯を操作した。
「はい、これがバカ餅の言ってた和歌の意味です! よーするに、ヤることヤった後の歌です!」
「そんなに突きつけたら見えないだろう」
ぐいぐいと押しつけられる携帯をジーナから受け取ると、樹はそこにある歌の解釈を読み……吹き出した。
「あのバカ、なんて事を口走っているんだ、全く。と、言うことは……ジーナ、お前は……」
知っていたのか、と言いかける樹にジーナは当然だとばかりに胸を張る。
「んもう、樹様のこと大好きだったワタシが気づかないわけありません! ……一体どうされたんですか? 酷いことされたとか?」
後半は本気で心配する口調になったジーナに、樹は慌てて首を振る。
「いやあの、違う、違うんだ。その……どうしたらいいのか、分からないのだよ」
そう言って樹は緋毛氈の敷いてある縁台に座り込んだ。
「……むしろ、大切に扱って貰った、んだ。そのあと、アキラに庇われたことも、あったんだ。しかし……私は、大切にして貰って良いのかと、考えてしまうんだ」
一座にたときは、引退すれば誰かと所帯を持つことは当たり前だった。そして樹も『結婚』というのは、そういうものだと思っていた。けれど章の言っている『結婚』は、樹の知るそれとはどうも少し違うようで。
「ああもう、何を言っているんだか、私も分からん!」
心の中の鬱屈を上手く言い表せなくて、樹はじれる。
けれど、樹自身が分からないそんな気持ちも、ジーナには伝わったようだった。
「……樹様」
ジーナの優しい手が樹の肩に置かれる。
「自分を大切になさっても良いんですよ。ワタシがこのままのワタシで良いことを認めて下さったように。樹様も、自分の思う通りに生きて良いんですよ」
「自分の、思う通りに?」
聞き返した樹にジーナはにこと笑って見せる。
「……そうだな。ありがとう、ジーナ」
樹はこれまで胸にためてきた重いものを吐き出すように、深く息をついた。
一方、章を追っていった衛は。
「あっきー、な〜に悩んでんだ?」
「その呼び方、嫌なんですけど」
抗議する章には構わず、衛は続ける。
「さっきの権中納言敦忠の和歌だろ? 誰とヤったんだ? え? この色男!」
「……樹ちゃん」
素直に答える章に、ふーんと衛は頷いた。
「いっちーとねぇ……って、お前等そんな仲だったのか? ……で、どうだった? 揉み心地は? 触り心地は?」
「……真面目に聞く気がないのでしたら、刀の錆にさせて戴きますね」
「いやぁん、やめて、形が変わっちゃう」
本当に刀を抜く章に衛は冗談めかして言った後、ふと真面目な顔になる。
「……で、さぁ。お前さんはどうしたいんだ? このまましっぽ巻いて逃げるのか? ……んな訳ねぇだろうが」
「……」
章は刀を鞘に収めると、縁台に座って頭を掻いた。
「学問と臨床は違うなぁ、と思わされてね。精神的にキてる人と対峙するのがこれほど神経すり減らすものだとは思わなかったよ。……こんな状況に耐えてきたんだな、樹ちゃんは」
組み合わせた指に視線を落とし、章は言う。
「僕はね、強くなりたいんだ、護り続けられるために」
「おうよ、その意気その意気! もし諦めるんだったら、そん時はオレがいっちー貰うからな。お? いっちー、じなぽん、来たの……おうふ!」
2人がやって来るのに気づいて呼びかけた衛は、ジーナにタックルされて吹き飛んだ。
「あ、バカラクリ……樹ちゃん……」
章は近づいてくる樹を迎えるように縁台から立ち上がり、心にある決意を告げた。
「僕は何があっても君を護れるよう、強くなるよ、樹ちゃん」
「アキラ、それは止めてくれ」
けれど樹はそれを制す。
「樹ちゃん……?」
「私は……私は、護られるより護っていたいんだ。だから……お前の背中を、護らせて欲しい。良いか?」
そんな樹らしい言葉に章は微苦笑する。
「僕のお姫様はそういう性格だっけ。うん分かった。僕の背中は樹ちゃんに任せるよ。その代わり、僕も樹ちゃんの背中を護らせて貰うよ。良いね?」
一方的に護られる存在としてではなく、共に背中を預けて何かに立ち向かえる存在として。
2人は2人らしい一歩を共に踏み出すのだった――。
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