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リアクション
それぞれの願い事
《灯ちゃんストーキングメモ》より
――3月3日。武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が1人でこっそり外出する様子。
セイニィとのデート? ただちに追跡を開始します。
こんなに面白そうな出来事を見逃してはストーカーの名がすたるとばかりに、龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)は牙竜の後をつけて行った。
牙竜が向かったのは空京にあるホテル『荷葉』。
(リア充は爆発すればいいのですけれど……しかし、密かに牙竜の財布の中に避妊具を入れておいて正解ですね。男子たるものの嗜みです)
そんなことを考えながら、灯は期待に胸ふくらませて尾行して行ったのだが牙竜が向かったのはホテルの一室ではなく、庭だった。
多くの人でごった返す中、さてはここで雛祭りデートなのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
行事をしている辺りを簡単に見ながらぐるっと回り、流し雛をしているところに行って足を止める。
そして庭にしつらえてある台に用意された和紙人形を手に取ると、何か書き付け始めた。
何を書いているのかまではここからは見えない。あまり近づくと発見されてしまう為、灯はその内容を目視することを諦めた。
内容は予想がつく。恐らく、『セイニィと共に未来を歩みたい』という辺りなのだろう。
真剣に書き付けている横顔を遠くから隠れ見ながら、灯はそっと呟く。
「鈍感猪突猛進男、少しは他の女性の想いに気がつきなさい……」
そんな灯の想いの先で牙竜は和紙人形に書き上げた願いを抱かせた。それを桃舟に載せる前に……不意に振り返る。
「そろそろ出てこい、このストーカー!」
牙竜の視線はまっすぐにこちらに向けられている。どうならばれてしまっていたらしいと、灯は物陰から姿を現した。
「流石、私の行動をよくわかってますね」
「ホント、そのスタンス変わらないな。付き合ってた当時も、デートして別れた後に俺のことストーキングしてただろ」
行動パターンが予測されるのは灯も同じ、と牙竜は呆れた笑いを漏らす。
「相手のことはすべて知りたい。そう思うのは当然の欲求でしょう」
「まぁ、ケンリュウガーに変身したいときに呼ぶ手間がないのは助かるが……」
「そうでしょう? ヒーロー作品でも、主役は手ぶらであっても何故か変身アイテムだけは持っているように、何かあった際にすぐに変身できますし。ほら、便利でしょう。ストーカー、万歳!」
昔の関係に戻りたいわけじゃない。自分の勝手な理由で別れて、勝手にまたストーキングしているだけだ。
「……プライバシーなんてものは俺には無いんかな」
「勿論です。で、そこに書いた願い事は何なのです?」
「これか?」
灯にかかっては何も隠すことは出来そうもないと、牙竜は和紙人形を灯に渡した。抱いている願い事の紙を開いてみればそこに書かれていたのは、灯の想像とは違った文字だった。
『 アルマゲストの仲間たちが望む未来を手に入れられますように 』
願い事が気障すぎるから1人で来たのにと言う牙竜に、灯は苦笑する。
「願い事はこれでしたか……まったく、アナタらしいと言えばらしいですね」
肝心な自分の願いを忘れるとは……と、灯はこっそりと代わりに願いをしたためた。
『 牙竜とセイニィが共に歩める未来がきますように 』
それを牙竜の和紙人形と共に桃舟に乗せた。
「さて、人形も舟に載せたし、如月佑也のとまり木に行くか。お茶でも飲んでいこうぜ」
「でもきっと今日はお休みですよ」
「何でだ?」
「だってほら……」
灯はそう言って、向こうからやってくる如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)たちを指さした。
雛祭りに似合う菓子を差し入れしてきた後、佑也はパートナーと庭を散策していた。
「佑也さん1人にデザートを作らせてしまいましたね。言って下されば私も手伝いましたのに」
差し入れのことを気に病むラグナ アイン(らぐな・あいん)に、即座にラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)が答える。
「ああ、姉上は料理の手伝いしなくていいですよ。いやホント」
「そうですか? でも申し訳なくて……」
「好きで作ってるんだからいいよ。好評だったらとまり木でも出してみたいしね」
アインに手伝われるよりは、自分で作った方が安全だからと佑也も言った。
今回佑也が差し入れたのは、菱餅の形をした寒天ゼリー。抹茶と牛乳、イチゴを混ぜた寒天を順に菱形の型に流し入れて固めたもの。それと春らしいものが良いかと桜餅。ついでに、余った餡子と抹茶粉を利用した、餡子入りの抹茶白玉。
それらを、めでたい席だからと重箱に詰めて差し入れしてきたのだ。
「安全ってそれは……あら、ここでは何をしているんですか?」
ちょっと引っかかって聞き直したアインだったけれど、すぐに珍しげなものに目を引かれて佑也に尋ねた。
「流し雛だよ。やってみようか?」
「まあ、これが流し雛というものなのですね。流しというくらいですから、どこかに流すのですか?」
物珍しい行事に興味を示すアインに佑也は説明してやった。
「罪穢れを落としたいならこっちの形代を身体にこすって、そこの遣り水に流すんだ。願い事がしたいならこっちの和紙人形に書いて、他のみんなの願いと一緒に桃舟に載せるんだよ」
その説明を聞いて、ツヴァイは迷い無く和紙人形を取った。
「清純派無菌少女のボクに罪も穢れもあるはずがありません。よって今回は願い事を書かせていただきます」
「それなら私も願い事を書かせていただくことにしましょうか」
ラグナ・オーランド(らぐな・おーらんど)も言うので、結局皆で願い事を書くことにした。
さて何を書こう?
いざ書こうとすると願い事が決まらず、佑也はパートナーたちの願いを参考にさせてもらおうと、ラグナの手元をのぞき込んだ。
そこには力の入った文字でこうあった。
『 でっぱいがこの世から絶滅しますように 』
「う……」
「ゆ、佑也ちゃん、もしかして今の見ましたかしら?」
「いや、まあ……」
「見なかったことにしてください……いいですねっ?」
「うん。分かりました。俺もどちらかと言えば見ない方が良かったって思うから」
佑也に言われ、ラグナはほっとしたけれど、さすがにこの願いを流したらひんしゅくを買ってしまうのではないかと、新しく願いを書き直す。
『 娘たちが健やかに育ってくれますように 』
今度は佑也に見られないように気を付けてそう書き付けた。アインやツヴァイは勿論のこと、他の娘や息子たちももし生きているなら、せめて健やかに育って欲しいとの願いをこめて。
「兄者、願い事が浮かばないのですか? ボクのでよければ参考にしてみますか?」
ラグナの願い事が参考にならずまだ唸っている佑也に、ツヴァイが書き上げたばかりの願い事を見せた。
『 姉上と年中キャッキャウフフしたい 』
「……。いや、予想はついてたけどね。ついてたんだけどね……でもあえて言わせておくれ」
「はい、何なりと」
「煩悩まみれか!」
「煩悩とは失敬な。これはボクの純然たる愛情ですよ。今後失礼なこと言ったら、兄者の人形の額に『肉』って書いて流しますよ?」
ツヴァイはすっかり機嫌を損ねた様子で和紙人形をしっかりと手に包み持った。
「ああもう、ウチの連中はこんなんばっかか……」
嘆きつつ、アインはどうかと見てみれば。
『 佑也さんがいつも元気でいられますように 』
ぐすっ、とすすり上げた佑也に、アインはぱっと顔を上げた。
「も、もしかして佑也さん、お人形見ましたか……? え、えっとですね……いつも佑也さんにはお世話になってますし……やっぱり、大切な人にはいつも元気で居てもらいたいですから……って、なんで泣いてるんですかー!」
「……良心や……お前だけがウチの最後の良心や……」
じーんと感動に浸りながら、佑也は自分の願い事をしたためた。
『 皆が健康で幸せな毎日を送れますように…… 』
ありきたりだけど、今の一番の願いはこれだ。形代では無病息災になれるのは自分だけだけど、願い事なら叶えば皆が無病息災で暮らせる。
「佑也ちゃんは何を書いたんですか?」
「や、別に大したことじゃないから」
見られて困るものではないけれど、やっぱりちょっと気恥ずかしい。ラグナに聞かれた佑也は、見られないようにと他の人たちの人形に紛れるように、和紙人形を桃舟に載せた。
そこに、牙竜が声をかけてくる。
「流し雛は終わったのか?」
「うん、ちょうど今ね。そっちも流し雛?」
「ああ。終わったからとまり木に茶でも飲みに行こうかと思ってたんだが、今日は休みのようだな」
店主がいないのでは、と言う牙竜に、だったらと佑也はホテルを指さした。
「店は休みだけど、お茶ぐらいなら淹れられると思うよ。差し入れもまだ残ってるだろうし」
「それはありがたいな」
早春とはいえ、まだ風は冷たい。
願いは和紙人形に託し、皆は温かい茶を求めてホテルへと戻って行った。
「あ、流し雛やってる」
梅林に行く途中に通りかかった秋月 葵(あきづき・あおい)が立ち止まる。
「せっかくだから何か願い事を書いてみてはいかがですか?」
葵が興味を惹かれたのを見て取って、エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)が勧める。
「うん、そうしようかな。ちょっと待っててね」
地面に着きそうなツインテールを揺らして、葵は和紙人形を取りに行った。
願い事を書く紙に、迷いなくさらさらと記したのは、
『 皆が笑って過ごせる世界になりますように 』
誰かの悲しい顔なんて見たくないからそう願いを託すと、葵はパートナーたちの所へと駆け戻った。
葵たちが再び梅林の方へと歩き出しても、その前からいたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は願い事を書く紙を前に、迷いに迷っていた。
叶えたいこと、叶って欲しいことなんて山ほどある。
そのうちのどれを願って良いものやら。
さんざん悩んだ挙げ句に、漸くローザマリアは願い事を記した。
『 大切な人と、いつまでも一緒にいられますように 』と。
ごくありふれた願いになってしまったけれど、それこそがローザマリアが望むことだ。
家族、パートナーたち、そして最愛の恋人――。
いつまでも一緒にいたい皆の顔を1人1人思い浮かべながら、ローザマリアは和紙人形に願い事を抱かせた。
自分の願い事を書き終えると、それと一緒に25の和紙人形を桃舟に載せた。こちらはローザマリアのものではなく、パートナーたちに頼まれたものだ。
「いつの間にか大所帯になったものね」
桃舟の一角をびっしりと占める自分たちの和紙人形に、まるで皆で桃舟に乗って出かけるようだとローザマリアは微笑んだ。その誰もが、ローザマリアにとってかけがえのない者たちだ。
このうちの誰1人欠けることなく、いつまでも皆が共にいられる日々であることを祈りながら――。
そうして皆が次々に願いを託し、あるいは形代に穢れを移し、と流し雛をする中、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は迷う様子で形代と和紙人形を見比べた。
流し雛はしてみたいけれど、どちらを流そうか。
(形代には罪や穢れですか……)
自分にとっての罪は何かと心に問えば、やはり戦いに出て多くの血を流していることではないかと思う。
(出来る限り血の臭いを持たない姿であの人には会いたいですし……)
血の臭いなど全く似合わない思い人を脳裏に浮かべ、やはり形代にしようかと手を伸ばしかけて……やめる。
たとえ罪穢れであっても、それは自分で選んだ道。自分自身で背負って行かなくてはいけないのではないだろうか。
罪は罪。だから流さずに留めよう。
けれど、その罪に流されず、受け止めて、それでも前に向かえるようにならないといけないと思う。
だからロザリンドは和紙人形の方を取ると、こう書いた。
『 自分が自分らしく、そしてあの人の横に自信を持って立つことができる人であり続けることができますように 』
自分が戦いのときに用いることの多い槍の如くに、まっすぐ自分の信じる道を進んで行けたら。
そう願って和紙人形を桃舟に載せた後、ロザリンドは願い事を書いている人々に目を移した。皆の楽しそうな様子にふと、こういった催し物としては、自分の書いた願いは無粋な考えと内容なのかも知れない……とロザリンドは思う。
(もう少し女らしい考えと心を持てるように、の願いも流した方が良かったかも……)
ちらりと桃舟に視線をやったけれど、やはり今はこの願いが一番自分らしいかと、ロザリンドは和紙人形をそのままにして、裏方の仕事に戻っていった。
雛祭りの催しのほとんどは日本庭園となっているホテルの中庭で行われている。曲水の宴や流し雛、梅林の散策等、ゆったりと見て回る人々の姿が絶えない。
「あれ? 料理はこっちじゃねえのか?」
何をするにもまずは腹ごしらえから、と雛行事に突撃した大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は、料理の卓を見つけられずに庭を歩き回った。
「いやぁあいつがいるといくばしょにこまらなくていいな」
「……何故棒読みなのだ」
匿名 某(とくな・なにがし)にフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)が冷静にツッコミをいれる。
「いや何となく。でもたまにはこういうのも良いだろう。雛祭り特有の料理を味わうのもありといえばありだと思うし」
「……別に食事などどうでも良いのだが」
康之にあちこち引き回され、フェイは幾分不機嫌になっている。自分を巻き込まず、どこかに1人で突撃していって、そのまま帰ってこなければ良いのに……と思うのだけれど。
「康之さん、余程お腹がすいてるんですね」
食欲に突き動かされて進んでゆく康之に、しょうがないですねと結崎 綾耶(ゆうざき・あや)がついて行くのだから仕方がない。
「……綾耶も食べたいのか?」
「そうですね。康之さんの言ってるのとは少し違いますが、ご飯は食べないよりは食べたほうがいいですからね」
「……綾耶が行くなら私も行く」
康之がいちいちうるさいのは気にくわないが、それも綾耶の髪を堪能するためだと思えば我慢も出来ようというものだ。綾耶の結った髪の先端を持ったまま、フェイは綾耶の進むように進んでゆく。
ぞろぞろとパートナーたちを引き連れ、先頭を歩いていた康之だったが、なかなか目的のものは見つからない。
「っかしいな。どこにもねえぞ?」
「何か探してるの? 僕で分かることなら案内するよ」
きょろきょろと見回す康之の様子に気づいたセシリアが、流し雛用の人形を整頓していた手を止めて尋ねてくる。細かな用事をしている間も、セシリアは誰か困っている人はいないかと、周囲に気を配っていたのだ。
「食い物はどこにあるんだ?」
「雛料理? だったらえっと……」
セシリアはホテルの方を振り返り、料理のふるまいをしている部屋を見つけようと目を凝らす。セシリアが目的の部屋を探し出す先に、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)があちらです、と指さした。
「目印に花が飾られているんですけど、ここからだと少し見辛いでしょうか」
そちらを見れば確かに、外に面する入り口に桃の花らしきものが飾られている部屋があり、人が出入りしている。
「外じゃなくて部屋ん中だったんか。それじゃあ見つからねえわけだ」
「うん。ほとんどの行事は庭でやってるけど、食事するところだけはホテルの中だよ。3月になったと言っても、まだちょっとお客さんが外で食事をするのは寒いだろうからって」
ホテルには年配の滞在客も多い。ゆっくり食事をしてもらう為には室内の方が良いだろうというホテル側の判断だと、セシリアは康之に説明した。
「配膳の手間も減りますしね。今日は綺麗な衣装を着た方がたくさんですから、うっかり配膳や片づけの時にぶつかりでもしたら大変でしょうし」
風情も大切だけれど、ホテル側としては安全と効率も考えねばならないのだろうと、フィリッパは微笑した。
「また向こうに戻るのか。だったら先に雛流しして行こうぜ」
もう雛流しのすぐ横まで来てしまっているからと、康之はさっさと和紙人形を手に取った。
「雛流し? ……とりあえず野郎は自分の罪でも一生流してろ」
憎まれ口を言いながら、フェイは願い事の紙に綾耶の健康を祈る言葉をしたためた。
「お願い事ですか……」
正月の初詣で願い事はもうしてしまったし……と綾耶はしばし考えた後、皆の健康を祈る言葉を書き付ける。
「よし、書けたぜ!」
康之が書いたのは願い事というよりは決意と言うべきだろうか。ちょっとしたことで知り合って、やがて一番大切だと思えるようになった女の子を腹の底から笑顔にすること、だ。
「まだ何をやりゃぁいいのかわからねえけど、俺なりのやり方で絶対に笑顔にしてみせる! 突き進め! 俺の流し雛!」
力一杯、康之は雛を励まして桃舟に載せた。
お願い事は初詣ですませたし、健康祈願もちょっと違う気がすると、某は人形には手を出さず周囲の人々を眺めた。
流し雛の周りでは、願い事を書く和紙人形を手にした人が何を書こうかと思案顔。
大切そうに書いているその願い事は何だろう。
(統一されたとはいえ、シャンバラの現状は平穏とは言えない。前みたいな国内の小競り合いでさえ、かなりのレベルだった。それが国家レベルの戦いに発展した以上、俺たちに降りかかる金もより大きくなったのは間違いない……)
そんな中で、一体どれだけの『願い』が何事もなく叶うのだろう。
そこまで考えて、某は軽く首を振った。
せっかくの催し物に辛気くさいことを考えるのはやめよう。こればっかりは某が心配してもどうにも出来ない領域だ。
(それに、ここに来ている人はその願いを成就させるために『行動』できる人なんだから)
桃舟に満載された願い事。
叶う願い、叶いそうもない願い、様々あるのだろう。
けれど、叶いそうもない願いであっても、強く願い行動すれば、良き結果を呼び寄せることが出来る。その事を某は康之を通して知ったのだから。
――あなたの願い事は何ですか?
その問いに答え、記せる願い事があるならば。
そしてその為に行動することが出来るのならば。
――願いはきっと現実になる。
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