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リアクション
まるで錦の流れの如く
去年にも増して、着替え用に設けられた部屋の中は衣装で溢れていた。
今年はひな人形に扮する人たちもいる為に、その種類も様々。衣装を選ぶ人々は日本古来の美しい色彩に埋もれそうになりながら、自分の好みのものを探している。
「先にノルンちゃんの着付けをしましょうね〜」
自分が先に着てしまうと着付けが出来ないからと、神代 明日香(かみしろ・あすか)はノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)の衣装を探した。身長が1mに満たない『運命の書』ノルンでは普通に用意されている十二単は大きすぎて着られない。
「どこにあるんでしょうねぇ」
あちらの衣装、こちらの衣装と明日香が探していると琴子が気づいて声をかけた。
「何かお探しですの?」
「あ、琴子先生こんにちはですぅ。ノルンちゃんに着られる十二単はありますか〜?」
「子供……いえ、小さめの衣装はあちらですわ。気に入るのがあるといいですわね」
子供用、と言いかけて琴子は言い換える。
「選び終わったら着付けをお手伝いしてもらってもいいですか〜?」
何枚も衣装を重ねる十二単は着せるのも着るのも大変だ。明日香がそう頼むと琴子は快く頷いた。
「では決まったらまた声をかけて下さいましね」
そう言いながらも琴子は着付けをする人々の間を回ってゆく。
十二単に小袿、衣冠束帯。三人官女に五人囃子。
あでやかな色彩の装束が広げられては着せられてゆく。
着た姿は雅でも、次から次へとやってくる人々への着付けをする側は目の回るような忙しさだ。
「着物って普通のでも着るの結構手間なのよね」
芦原明倫館に転校して以来、アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)は着物を着る機会が増えた。十二単では普通の着物の着付けとは異なるけれど、それでも全く触れていないのとは違うだろうからと、手伝いを申し出る。
「本当は琴ちゃん先生もお雛様の格好に着替えさせちゃいたいんだけど……」
ちら、とアルメリアが視線を送ると、琴子は慌てて首を振った。
「わたくしはお手伝いがありますので、動きにくい衣装は着られませんの」
「そんなこと言って、実は目立ちたくないだけだったりしない? まあ忙しいのは本当でしょうから、今日のところは勘弁しておいてあげましょ」
アルメリアはそう言って笑うと、控えの間から出てきた五月葉 終夏(さつきば・おりが)とシシル・ファルメル(ししる・ふぁるめる)に向き直った。
「下準備は出来たかしら?」
大広間で着付けをしているのでここで服を脱いでもらう、というのもはばかられる。なので着付けの下準備として、襦袢と白小袖、濃か紅の長袴は控えの間で自分で着てもらっている。
「よく分からないから適当になってるけど、一応はね」
「何だかいろいろ変な気がするですよう」
普段こんな衣装を着ることがないから、終夏もシシルもどうなっていれば良いものやら、正しい完成形が分からない。
「着せるときに直すから大丈夫よ。じゃあ順に着せていくから、こっちに来てちょうだい」
あらかじめ選んであった衣装のおいてある場所へと、アルメリアは手招きした。
あちらでもこちらでも、着付けが行われている。
十二単、衣冠束帯、ひな人形の衣装の他に、興味を持った人に着て貰えるよう普通の和服等も用意されている。
「なんだこの凹凸は……これでは美しく着物を着ることなど不可能だろう」
藍澤 黎(あいざわ・れい)は日本にいた頃、日本人らしくない容姿を補う為に基本和装でというお稽古に通っていた身。着物の扱いには心得があるからと、着付けの手伝いをかって出た。
けれど、和装をしていただけに着物のラインの美しさは譲れない。
「着物を綺麗に着るにはこれしかない。身体の凹凸を如何に少なくして寸胴に近い体型に補正するかだ」
着物は洋服と違って平面的だ。
平面のものは筒状の大根には綺麗に巻けるが、凸凹のあるジャガイモには上手く巻けない。それと同じだ。
きちんと補正しないと着物におかしな皺が寄ったり、着崩れの原因にもなりかねない。
皆の着付けの様子をさっと見渡した黎の目に、クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が留まった。
「やっぱり自分ではうまく着られませんね。瀬織を待ちましょうか」
衣装としてではなく、神和 綺人(かんなぎ・あやと)の実家から送られてきた着物を着ようとしてもうまく行かず、着付けてくれそうな人を待っているところに黎は声をかける。
「失礼する。着物のシルエットが美しく出る様に、少しラインを補正させていただく」
「いいんですか? ありがとうございます」
「窮屈かも知れないが、着姿が美しくなるだけでなく着心地もよくなるので少々我慢してくれ」
黎は補正に使うタオルを手に取ると、クリスに巻いていった。
胸の段差を目立たなくする為に胸の下に、くびれを平らにする為に腰に。1枚、2枚……。
「3枚でも足りんだと? くっ、無駄にたゆんたゆんさせおって! その上腰がこんなに細くては帯が綺麗に巻けないではないか!」
何がボンキュッボンだ、と呟きながら黎はタオルを追加した。
「くそおおお、タオルで足りんなら晒だ晒! 晒を持ってこーい!」
「あら……随分熱心に着付けをしてるんですのね」
黎の叫びを聞いて、琴子が晒を持ってくる。
「なんだかぬいぐるみになった気分です……」
あっちもこっちも綿が詰められているみたいで、と情けない顔をしているクリスに、
「補正してあるかないかで着姿はとても変わりますもの。綺麗になる為の我慢ですわね」
ふふ、と琴子は笑うと、晒を黎に手渡すと急ぎ足で着付けを待っているレジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)の所へと戻る。
「お待たせしてしまいましたわね。着るのは十二単でしたかしら?」
「はい。曲水の宴に参加しますので」
「ではこちらでまずは衣装を選んでいただいて、それから……」
説明しながらも、周りの着付けの様子が気になるようで琴子はあちこちに目配りしている。
「よかったらわらわが着付けをして進ぜようかの?」
見かねた伯道上人著 『金烏玉兎集』(はくどうしょうにんちょ・きんうぎょくとしゅう)がそう申し出た。金烏玉兎集はこのような衣装には慣れている。共に来たアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)とマリル・システルース(まりる・しすてるーす)への着付けも終え、ちょうど手が空いたところだ。
「それは助かりますわ。衣装を選ぶのも大変でしょうから、出来ればそちらのお手伝いもお願いしてもよろしいかしら?」
「あい分かりましたぞえ。早速、似合いの装束を見立てると致しましょう」
「素敵なお姫様にしてあげて下さいましね」
そう金烏玉兎集に頼むと、琴子は着付けをしている皆の間を何か問題が起きてはいないかと巡回していった。
まだ少し風は冷たいけれど、日差しには春らしい暖かさが感じられる。
「急に誘ったのに良い返事ありがとう」
「天音おにいちゃん、さそってくれてありがとうです!」
待ち合わせ場所にやってきたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は黒崎 天音(くろさき・あまね)に飛びついた。
ヴァーナーは若草色に梅の花がたくさんあしらわれた振り袖の上に、薄桃色のショールを羽織っている。それが自分の贈ったものであることに気づいて天音は微笑んだ。
「ずっとこのままでいたい所だけれど……お嬢様、お手をどうぞ」
そう言って天音はヴァーナーに手を差し出した。
「数日前に樹月と少し今日のイベントについて話をしたのだけど、彼も参加するらしいんだ。それで樹月のパートナーたちが髪を結ったり装束を整えるのを手伝ってくれる、と言ってくれたからまずはそちらと合流しよう」
「刀真おにいちゃんにも会えるですか?」
ヴァーナーは嬉しそうに天音の手を取った。
その小さな手を大切に受けると、天音はエスコートするようにホテル荷葉へと向かった。
「わーい、ヴァーナーこんにちは! はぐ〜」
ホテルに入っていくと、既に到着していた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が気づいて、挨拶しながら抱きしめた。
「こんにちはです♪ 今日はお着替えのおてつだいありがとうです!」
「着付けは我がしよう。月夜は髪を頼む」
可憐な色合わせを選んで、玉藻 前(たまもの・まえ)はまずヴァーナーにお雛様の衣装を着付けていった。
「おや、この子は……?」
ふと何かに気づいて首を傾げる玉藻に、ヴァーナーが尋ねる。
「どうかしたですか〜?」
「いや何でもない。可愛く着付けてやろうぞえ」
ヴァーナーの魅力を引き立てるようにと、玉藻は丁寧に優しく衣装を着付けてやった。
「まるでお姫様みたいです〜♪」
「相変わらず可愛いですね」
綺麗な衣装が嬉しくてたまらない様子のヴァーナーの頭を、樹月 刀真(きづき・とうま)が撫でる。お雛様の衣装も可愛いけれど、それを着てにこにこしているヴァーナーが何より愛らしい。
「ヴァーナーちゃん、髪を結うからここに座って」
月夜は自分の前にヴァーナーを座らせると、もっと可愛く綺麗になるようにと形を確かめながら髪を結い上げていった。
「今日は天音と一緒に行くの?」
「はい。おひなさまのカッコで天音おにいちゃんとおにわをおさんぽして、かわいい梅のお花をみるですよ。月夜おねえちゃんもおひなさまになるですか?」
「ううん。私は曲水の宴に出るの」
そうしてヴァーナーと月夜がお喋りしているうちに、玉藻は天音をお内裏様にする作業に入った。
「やあ、直接話をするのはわりと久しぶりな気がするけれど……息災かい?」
「まあ息災と言えるだろうな」
人に着付けをしてもらうとなると大抵の人は戸惑うものだが、天音の様子は慣れたものだ。着物を着せかけてもらう時も、自然と相手がやりやすい仕草でそれを受ける。
着付けが終わると、玉藻はそのまま天音の髪を梳き始めた。
「月夜ほどでは無いが綺麗な髪だな……」
しなやかな髪を丁寧に丁寧に梳かす玉藻の手つきに、天音も心地よさそうに目を細め。
「樹月や月夜さんたちの身だしなみを整えるのも、玉藻さんの役目?」
「いや、我が面倒を見ているのは月夜だけだよ」
答えながらふと視線を感じて見れば、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)がじっとこちらを眺めている。そのそわそわしている様子が見て取れて、玉藻はころころ笑った。
「天音、お前のパートナーは可愛いな」
言われた天音はちらりとブルーズに目をやり、くすり、とからかう様に小さく笑ってみせた。
「む……」
ブルーズは敏感にそれに反応し、隣で並んで準備の様子を見ている刀真にぼやく。
「あれは少し近すぎではないか? そもそも髪結いや着付けくらいは我も出来るのだが……」
「……アレわかってやっているだろう」
落ち着かないブルーズと、楽しんでいる様子の玉藻と天音を見比べ、程ほどにして欲しいなと刀真は小さくため息をついた。
「それよりブルーズは着替えなくて良いんですか? 確か天音が右大臣の衣装を頼んでいたはずなんですが」
「うん? 我も参加申し込み済みなのか? 仕方ない、その右大臣とやらに仕上げてくれ」
右大臣が何だかは知らないが、とりあえず天音やヴァーナーのような格好になるのだろうと理解し、ブルーズは近くにいたスタッフに着付けを頼んだ。
そのうちに天音の髪を結い、冠をかぶせ終えた玉藻が今度は月夜を呼ぶ。
「月夜、おいで」
「うん、玉ちゃんお願い」
月夜は嬉しそうに玉藻の所に行くと、曲水の宴に参加するための十二単を着付けてもらうのだった。
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