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リアクション
23
ついに今日がやってきた。
今日は、博季がリンネと、涼介がミリアと、結婚式を挙げる日。祝福されるべき一日だ。
もちろん、ルイ・フリード(るい・ふりーど)は祝いに行くつもりでいる。ルイだけじゃない。リア・リム(りあ・りむ)、シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)――通称セラ――、ノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)……家族総出で祝う側として参加する。
きちんとした格好をしないと! と意気込み、前々から使う機会を伺っていた衣装を引っ張り出してきて、着用。
「どうです? これでどこに出席してもおかしくない格好ですよね!」
長い間仕舞っていたせいか若干サイズが小さくピッチピチだったが、不恰好になるほどではないので目を瞑ることにした。
リアやセラも着替えを終えており、準備万端である。
「うわあルイ、その格好すごいね!」
セラがぱちぱちと拍手した。すごい、とはどういう意味だろうか。似合っている? それならそう言うだろうし。
深く考えるのはやめて、にこっと微笑んでおいた。すごいなら、すごいのだろう。
得意げな顔でいると、
「知り合いの結婚式に出席。これは良い」
唐突に、リアが淡々と喋り始めた。
「祝い事だから、衣装をしっかりとする。これも良い」
「マナーですからね!」
「ああ、そうだ、マナーだ。
だからこそルイ、考え直そう」
言って、リアがずりずりと姿見を引っ張ってきた。鏡に映った自分自身をルイは見る。
白無地のワイシャツに、黒地のスーツ。
ネクタイをきっちりと締めて、足元は綺麗に磨かれたエナメルシューズ。
「な、何かおかしいですか?」
「泣くぞ? 小さい子が見たら絶対に泣くぞ!?」
「なぜ!? こんなにも真面目な格好じゃないですか!」
「ルイ気付いてなーい! やっふー都市伝説計画再動?」
「??」
疑問に首を傾げると、
「その格好はいわゆるヤクザにしか見えないのである!」
ビシィ! とガジェットに指差された。
「なん……ですって……?」
多少なりともショックだ。一番良い格好をしたのに。
がくりと肩を落とすルイに、
「大丈夫だよっルイ! すごいから!」
「……! そ、そうですよね! すごいなら、大丈夫です!」
「いや、大丈夫じゃないからな。大問題だからな」
リアが冷静にツッコんでいたけれど、聞こえない聞こえない。
それに祝う気持ちは溢れんばかりにあるのだ。大問題ということもない。はずだ。
「はぁ……せめて僕が頑張るか」
「セラだって空気読むよ? リアだけが真面目にならなくていいしー。っていうかお堅いよー?」
「セラは結婚式の場でくらい堅くなってみせろ」
「やっぱり石化?」
「そこは空気を読め」
「じゃあお預けだ!」
「正解」
リアとセラの会話を聞きながら、忘れ物はないかと荷物のチェック。
ハンカチやティッシュ、ある。
祝いの花束、ある。
「ガジェットさん、録画準備は?」
「ばっちりである!」
ちゃりらちゃっちゃら〜、とどこからともなくBGMが流れ、ぬおんとビデオカメラが取り出された。
「映像記憶装置【ビデオカメラ】〜」
妙に間延びした言い方と作られたダミ声でノールがカメラを取り出す。この取り出し方が通なのだとガジェットは言っていたが、ルイにはよくわからない。
まあとにかく、カメラもある。
そして一番大事な祝う気持ちは、これでもかというほどにある。
「ルイ、準備は大丈夫か?」
「ええ! いつでも行けますよ」
「ガジェットさんが素っ裸なのが気になるけどね」
「ネクタイでも着けますか、ガジェットさん」
私みたいに、とネクタイを取りに戻ろうとしたら、
「止めろルイ。裸ネクタイって何だその新境地」
リアに止められたのでやめておく。
「まああの大きさの服ってないしー、元から違和感ないしね」
「だったら言うな、ルイは真面目なんだから。悪い意味でも」
「えっ?」
なにやら最後に聞き捨てならない言葉が聞こえたような。
「じゃ〜出発進行〜♪」
流すようにセラが言ったので、ついぞどういう意味から聞けなかった。
*...***...*
西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)、コード・エクイテス(こーど・えくいてす)、天ヶ石 藍子(あまがせき・らんこ)、その他友人らが見守る中、博季とリンネの“結婚式”は粛々と進行していく。
「……では、この場にて二人、愛の誓いを」
神父の言葉に、博季は少し時間を下さい、と告げて、ウェディングドレス姿のリンネと真っ直ぐに向き合う。いつもなら照れてすぐに目を逸らしてしまう、ましてや今日はウェディングドレス姿、博季はリンネのあまりの可愛さに逃げ出したくなりそうにもなる心を繋ぎ止めて、改めて告白の言葉を紡いでいく。
「リンネさん、ごめんね。恥ずかしいかも知れないけど……今、お返事をください。
僕らを祝福してくれるために、たくさん友達が来てくれたから。
皆の気持ちに応えたい。きちんと、報告したいんだ」
ヴェールで顔を覆ったリンネが、こくり、と頷くのを確認して、博季が言葉を続ける。
「もう一度言わせて。……リンネさんを愛してます。世界で、一番。
ずっと一緒に居たいんだ。朝目が覚めてから、夜眠るまで。
ずっと貴女を見ていたい」
「苦手なら家事もやらなくていい。生活費も何とでもします。
その上で一生懸命、リンネさんを愛します。
……こう見えて、『家族』達の中で、家事を一番こなしてたのは僕なんですよ?」
言い終えた博季が、用意していた指輪……結婚指輪を差し出して、そして口にする。
「……僕と、結婚して頂けませんか?」
その場にいた誰もが、固唾を飲んで事態の推移を見守る。
特に、茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)は祈るような気持ちで指を組んだ。
(リンネの博季への想い、それを大事にして欲しい……。
想いは時が経てば思い出になっちゃうから)
今のリンネの気持ち、博季への想い。
それをを包み隠さずぶつけてあげて欲しい、と。
一瞬にも、永遠にも感じられる時間が過ぎて、やがて紡ぎだされた言葉は――。
「……うんっ!!」
リンネが言う、満面の笑顔で、博季の言葉を受け入れる言葉を。
――万の言葉を並べるよりも、一つの言葉でいい、そこに最高の笑顔を加えて。
きっと彼は、博季くんは……分かってくれると信じて。
「リンネさん……ありがとう、ございます……」
博季の目から涙が溢れ、頬を伝い流れ落ちていく。
暖かな涙、幸せの涙をひとしきり流した後で、腫らした目をものともせず、博季は同席した者たちに向かって高らかに、笑顔で宣誓する。
「僕は、このひとを絶対に幸せにします!」
割れんばかりの拍手と歓声が、彼らの新しい門出を祝福する――。
「わぁ〜、ミリアさんのドレス姿、きれいだな〜」
涼介に手を添えられながら、寄り添うように歩くミリアの姿を見て、クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が感嘆の声をあげる。列席した者たちに祝福されて赤絨毯を歩く二人は、とても幸せであるように見えた。
「改めて思うけど、おにいちゃんは素敵な人と結婚するんだなぁ……」
クレアも、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)もヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)も、ミリアとはカフェテリアや他色んな場所で、料理を教えてもらったり、時には遊んだりもした。親友、と言ってもいいだろう。
そんな彼女が、今日からは涼介の“妻”になる。それはとても凄いことなんじゃないか、クレアはそう思う。
(そういえば振り返ってみると、紅白で告白するまでにいろいろあったなぁ……。ミリアさんとエイボンちゃんが攫われた時は、おにいちゃん血相を変えて飛び出して行ったし、告白だってなかなか出来なかったり)
二人のこれまでの道程は、決して順調とは言えなかっただろう。今までも、そしてこれからも、二人の前には大小様々な問題が控えているのかもしれない。
だけど、二人ならきっと、力を合わせて乗り越えていける。二人を見ていると、そんな気がする。
「……あはは、なんだろう、うれしくて涙が出てきちゃった」
クレアの目に涙が浮かび、クレアはそれを拭う。嬉し涙だけど、涼介とミリアに心配されるような姿は、見せたくないから。
「おにいちゃん、ミリアお義姉ちゃん。結婚式お疲れ様です」
満面の笑顔で、クレアが二人を祝福する言葉をかける――。
「涼介さん……私、本当に幸せです」
「ええ、私もですよ、ミリアさん。
これからは二人で、この小さな、大切な幸せを守っていきましょう」
「はい」
向かい合った二人の、唇と唇が優しく触れ合う。
拍手と歓声が飛び交う中、ミリアが投げたブーケが、6月にしては珍しい晴れた青空に舞う――。
*...***...*
ブーケが花嫁の手を離れた瞬間から、式場は戦場と化す。
誰だって――特に女の子にとっては、幸せな結婚式とは夢にもなりうるものだ。伝承にあやかろうとブーケに手を伸ばすのは必然。
「ブーケを確実にゲットして次は私の番!」
と高らかに言い放ったのは、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)だった。瞬間、セラに睨まれる。
「あ、ごめんなさい。言ってみただけです」
視線だけでクドを制したセラは、ルイの背を足場にしてブーケがまだ空高くにあるうちから取りに向かった。
――セラにだって気になる人が居るんだからね。
想い人の顔が頭に浮かぶ。
あの人に、もっと近付きたい。
その願いからブーケに手を伸ばした。
が、ブーケが描いた軌道はセラの手に届かないまま重力に従って落ちていった。届く位置に伸ばしたはずなのに、と首を傾げると、
――ああ、そういうことか。
泣きそう、というか、不安そう、というか、必死、というか。
どの言葉もあてはまりそうな表情をしたフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)を見て納得した。
――仕方ないなぁ。
「今回は譲ってあげるよ。セラは大人だからね」
恋する乙女に幸あれ。
――と、取れちゃった……。
フレデリカは、手にしたブーケをそっと抱きしめた。
ブーケトスの花束を撮れば、次の花嫁になれる。
その言い伝えが本当なら、と願って手を伸ばした。でも取れそうになかったから、罪悪感を覚えながらサイコキネシスを使って。
はふ、と息を吐き、ブーケを見た。
ピンクの花を基調とした、可愛らしい花束。
――なれるのかな。
――お嫁さんに。
それも、ただのお嫁さんではなくて、大好きな相手の――フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)のお嫁さんに。
ちらり、リンネとミリアを見た。
同性のフレデリカから見てもとっても綺麗だと思う。
単に本人たちが可愛いとか、ドレスやメイクが似合っているとか、そういう次元ではなくて。
幸せ、という気持ちが滲み出ているからだろう。幸福や充実は人を綺麗にさせるから。
――あんな風に、フィリップ君の隣で笑えたら。
――いつか、フィリップ君と結婚式を挙げられたら……。
そこまで考えて、フレデリカはふるふると頭を振った。
――たら、じゃない。
――挙げられるように、努力するんだから。
まずは、片思いを実らせるところからだけど。
けれどブーケを取ろうと動いたように、踏み出さないと何も始まらない。
「ルイ姉」
隣に立っていたルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)の服を引いた。花嫁を見ていたルイーザがフレデリカを見る。
「どうしました?」
「私ね。頑張る」
言う必要はないけれど、誰かに決意を聞いてほしくて。
「頑張って、花嫁さんになるの」
子供が願う将来の夢のようだけど。
それが心から願うこと。
意思の強い目を見て、ああこの子は強くなったな、とルイーザは思った。
――セディ、見てますか?
空を仰ぎ、亡き恋人に話しかける。
――フリッカはずいぶん強くなりました。
――私も、もっと強くなるべきなのかしら。
こんな幸せな日に、あなたのことを思い出して寂しくなってしまわぬように。
あなたとの日々を、思い出に変えて笑えるように。
「…………」
少し考えたけれど、無理だと思った。
――だってまだ、あなたは私の中で生きているんだもの。