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ジューンブライダル2021。

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ジューンブライダル2021。
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リアクション



21


「てっきり私、美羽さんとコハクさんが結婚されるのかと思っていました」
 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)白夜・アルカナロード(びゃくや・あるかなろーど)の柔らかな髪を撫でながら言った。
 ベビーカーで眠る白夜は、生後一ヶ月の赤ちゃんとは思えないほど大人しい。精神感応のおかげだろうか。時折、コトノハの『幸せ』という気持ちを察知したようににこーっと笑うし。
 いまもまた、にこーっと笑った。それに対してにこーっと返していると、
「美羽さんとコハクさんが?」
 紅茶を淹れていたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がコトノハの言葉を繰り返す。
「はい。まだまだ、ですか?」
「どうでしょう? まだまだ先は長そうですけど」
 涼しい顔で微笑んで、ベアトリーチェがティーカップを差し出した。ありがとうございますとお礼を言ってから紅茶に口をつける。茶葉の香りと味がふわっと口に広がった。渋みはなく、美味しい。
「相変わらずお上手ですね」
「ありがとうございます。リンスさんも、どうぞ」
「ん、ありがとう」
 三人(と、赤ちゃん一人)で、のんびりまったり過ごす。
「平和ですね」
 思わずぽつりと呟いた。
「エリュシオンに続く悪魔の侵攻、そしてパラミタ崩壊の危機……。世界は不安に包まれているけれど、ここは幸せに包まれています」
 結婚式を挙げたばかりと思しき若い男女。
 愛する子供の結婚式に参加し涙する老夫婦。
 あるいは友人を祝福する人たち。
 結婚式の予行演習をして幸せを噛み締める恋人たちも然り。
「おめでとう」
 誰に、というわけではなく。
 ここにいる全ての人の幸せに、祝福の言葉を述べる。
「ママー!」
 その時、蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)の声が響いた。駆け戻ってきた夜魅を抱きしめる。
「ただいまー!」
「みんなにおめでとう言ってきたよ!」
 続いて、クロエと小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)も戻ってきた。達成感溢れる笑顔である。
「み、美羽、クロエ! ちょっと待って……!」
 三人より遅れて、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)がふらふらになりつつも帰還。
「コハクさん、大丈夫ですか?」
「は、はい。大丈夫です、心配かけてすみませんコトノハさん……」
「もう。バーストダッシュ使い続けただけでそんなにへろへろになってちゃダメだよコハク」
「や、美羽とクロエが速すぎるんだよ? 何度見失いかけたか」
「ろけっとだっしゅは伊達じゃないもの。ねークロエー」
「ねー」
 どうやらずっとこんなやり取りだったようだ。
「夜魅は大丈夫?」
「うん、大丈夫だよママ。あたしはそんなに走り回ってないし。あのね、それよりブーケ取れたんだ! 見てみて、綺麗でしょ?」
 ほら、と見せてくれたのは青の薔薇をベースとしたミニブーケ。偶然だろうけど、夜魅の色だなぁとコトノハは思った。
「綺麗ね」
「でしょ?」
「夜魅、知ってる? 花嫁さんが投げたブーケをもらったら、その人は次に結婚できるのよ」
 ブーケトスの意味を、夜魅は知らなかったらしい。大きな目をさらに大きく開いて、目をぱちくりさせていた。
「結婚? あたしが?」
「そうよ。……夜魅もいつかは嫁いでいくのよねー……」
 夜魅だけじゃない。
 美羽やベアトリーチェやクロエもいつかは嫁ぐのかもしれないし、コハクやリンスだってお嫁さんをもらうだろう。まだまだ先の話になるが、白夜だって同じくだ。
「夜魅の結婚式にはママを招待してくれる?」
 コトノハとルオシンの結婚式に、呼ぶことはできなかったけど。
 その後ろめたさを隠しながら問う。夜魅が無邪気な笑顔で「うん」と頷いた。
「でもあたし、想像つかないな。誰と結婚するんだろう?」
「さあ……誰かしらね?」
 そればかりはその時が来るまでわからない。ぱっと思いついたのは瀬島 壮太(せじま・そうた)の顔だったけれど、果たして?
「美羽さん、結婚とかは?」
「私もまだまだ想像できないなー。クロエは?」
「わたし、すてきなおよめさんになりたい! ねえ、なれるかしら?」
 美羽から話を振られたクロエがコトノハに問いかけてきた。クロエの頭を撫でながら、
「大丈夫。女の子はね、誰だって素敵なお嫁さんになれるのよ。クロエさんだってそう」
 優しく言うと、クロエがはにかんだ。
「ねえねえ、あかちゃんだっこしてもいい?」
「ええ。でも気をつけてね? 赤ちゃんといえども重いのよ」
「はぁいっ」
 クロエに抱っこされて、白夜が目を覚ました。目を覚ましても騒ぐことはせず、きょとんとクロエや覗き込む美羽を見上げる。
「リンス、ベアトリーチェおねぇちゃん! あかちゃんかわいいわ!」
「本当。ふふっ、ほっぺふにふにですね」
「人形みたいに小さいんだね」
 ベアトリーチェとリンスも傍に寄ってきて、白夜を囲む。
 みんなに見られて、白夜がふにゃっと笑った。楽しそうな雰囲気が伝わったようだ。
 ――本当に、平和。
 そうしてゆっくりと流れる時間に、コトノハは身を任せた。


「おめでとうって言えた?」
「もっちろん」
 リンスの問いかけに、美羽はブイサインを作った。
「環菜校長や涼司の結婚式でしょー、それから歌菜ちゃんの結婚式にも行ったよ。静香校長のもね。
 砕音先生はコハクを導いてくれた恩人だからお礼を言いたかったし、ラルクさんにもおめでとうって言ってきたし。
 レティはリーダーだから一言伝えに行かなきゃだったし、それから勇刃くんでしょー、あとセイニィたちも」
 指折り数えていく。クロエと一緒に行く前からのも含めているが、それにしてもなかなかの組数に祝いの言葉を言いに行ったものだと思う。
「空京中駆け回ったしね!」
「ああ、この式場だけじゃなかったんだ」
「うん。神殿にも行ったしこぢんまりとした教会にも行ったよ。ね、クロエ」
「うんっ」
 二人揃ってろけっとだっしゅで走り回る。それもなかなか楽しかった。お祝いの花束を渡したとき喜んでくれるのも嬉しかったし。
「みんな幸せそうだったね」
 言って、美和はクロエに笑いかける。
 お祝いをしたかったのもあるけれど、みんなが幸せな様子をクロエにも見せたかったのだ。
 何か感じてくれただろうか。良い影響となればいいなと思う。
「ウェディングドレス、綺麗だったし……憧れちゃう」
 花嫁の姿を思い出して、ほうっと息を吐く。
「けっこんするの?」
 と、クロエが目をくりくりさせて問いかけてきた。
「うーん、さっきも言ったけど、まだ想像できないな」
 想像は、できないけれど。
 ちらり、コハクを見た。コハクも美羽を見ていた。なんだか恥ずかしくなって視線を外す。
「コハクおにぃちゃんと?」
「ななっ? クロエ、どうしてその結論になったかな!?」
「なんとなくよ」
「そっか! じゃあ気のせいじゃないかな、あはははは!」
 妙に声が大きくなってしまった。視界の端で、コハクがしょんぼりしているのが見えた。
 ――あ、あうう。そういうわけじゃ、そういうつもりじゃ。
 落ち込ませたかったんじゃない。ただ恥ずかしくて、素直に肯定することも、大人びた様子で否定することもできなくて。
 ――……コハクと私が、結婚?
 ――……嫌じゃない、かな?
 相変わらず、非現実感があって上手に想像はできなかったけれど。
 コハクの隣でなら、笑っていられると思った。
 ――コハクもそうだと、いいな。
 ――……って! 別に付き合ってるわけでもなんでもないのに……!
 恥ずかしくなってぶんぶんと頭を振った。
 そう。結婚も何も、まだ付き合ってすらいないのだ。
 付き合えたら、と思いはするけれど、まだ恥ずかしさの方が勝る。
「みわおねぇちゃん、おかおまっかよ。だいじょうぶ?」
 クロエの言葉に、今度は平静を装って大丈夫と答えた。


*...***...*


「レンさんが出掛けちゃったんですよー」
 ベアトリーチェたちと開いていたお茶会に乱入したノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)は開口一番そう言った。
「紅茶でもどうぞ?」
「わあ、ありがとうございますすみません」
 出された紅茶を受け取り、ぺこりと頭を下げてから飲む。
「あ。美味しいです、この紅茶」
「それは何よりです。ゆっくりしていってくださいね」
「はいっ」
 笑顔で頷いてから、正面に座るリンスをじっと見た。
「ところでリンスさん」
「何?」
「今回の私の出番って、これだけでしょうか」
「知らないよ。俺に聞くなよ」
 いわゆるメタな発言だったからか、リンスの返答も素っ気ない。しかし遠まわしに肯定されているような気がしないでもない。いやそれは疑いすぎか。
 けれどともかく、事実のようだ。
「もうっ! 次回は絶対に活躍してやるんだからっ!」
 負け惜しみに吠えて、紅茶を一気に飲んだ。


 空賊フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)の愛する女性。
 義侠心から彼女は空賊を狩る空賊として単身空に上がり、その正義感からカナンの民を救う戦いにも参戦した。
 レンは彼女の隣で戦うことは出来なかったが、心の中にはいつも彼女への想いがあった。
 空賊フリューネ・ロスヴァイセのパートナーとして恥ずかしい戦いは出来ない。
 己の正義を掲げて、戦って。 
 カナンでの戦いにひとつの決着がついた。これからはレンもその復興支援に尽力しなければならない。
 だけど、その前に。
 改めてフリューネへ、自分の気持ちを伝えておきたい。
 約一年前。
 あの時レンが伝えた想いに、フリューネは応えてくれなかった。
 『友達として見てきた相手だから……気持ちの整理ができない』。
 そう言われて話は白紙になったけど、もう一年だ。あれから一年も経つ。
 時を重ね、言葉を重ね。
 フリューネの気持ちにも、変化が現れてきたとレンは思う。
 それを自惚れと笑う者も居るかもしれない。夢見すぎだと呆れる者も居るかもしれない。
 それでも、今、この時に。
 レンは手の中の小さな箱を見た。七センチ四方ほどの箱には指輪が入っている。友人のケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)が作ったサファイアの指輪だ。
 箱を手中で弄んでいると、
「お待たせ」
 フリューネの声がした。軽く片手を挙げることで挨拶。
「行こうか」
「ええ。いつものところ?」
「ああ」
 短くやり取りをして、レンとフリューネはいつも利用しているレストランへと向かった。
 店に入って席に座る。混み合う時間を外したからか、店内に人の姿はまばらだった。加えて、レンたちの座る席の周りには誰も居ない。これは今日のことを事前に店側に説明し、配慮を願ったからだけど。
 飲み物や、運ばれてきた料理に手をつけて。
「最近、どう? 元気してる?」
 そんな他愛のない話を振られ、答えたり。
「カナン復興のことなんだけど……」
 真面目な顔をした彼女から、支援策の相談を受け、一緒に考えたり。
 料理もなくなり、飲み物も半分程度になった頃。
「話をしたい」
 レンは、切り出した。
「二人の話だ」
 フリューネも、その言葉だけで察したらしい。どうぞ、と軽く頷いて、黙る。
「君がこれからも自由な空を求めて駆け回るなら俺もそれに付き合おう」
 気持ちは既に伝えてあるけれど。
 それだけじゃ足りなくて、言葉をもっと、積み重ねる。
「君が安らげる空になると誓おう」
 言い終わると同時に箱を取り出す。
 用意した指輪は、他の人間が用意したものだけど。
「俺の心そのものは、もう君に渡した」
 フリューネの瞳が、真っ直ぐレンの瞳を捉えていた。
 レンも、真っ直ぐに見返す。
「俺はお前を……フリューネ・ロスヴァイセを裏切らない」
 伝えた想いに、フリューネが目を伏せた。
「気持ちは嬉しいけど……タシガン空峡の空賊やザナドゥの問題。私を必要としている空がある以上、もう少し自由に空を飛んでいたい」
「情勢、か」
「そうね。……情勢を言い訳にするなんて、ずるいと思う?」
「かもしれないが、そういうところも含めて君のことが好きだ」
「盲目ね?」
「だな」
 婚約の証として渡したかった指輪を、仕舞う。
「そろそろ出るか」
「ええ」
 店を出て、待ち合わせた場所まで戻った。
「今日はこれで帰るわ」
「ああ、気をつけてな」
「そうね。お互い行き遅れないようにしたり、ね」
 そっちのことか、と苦笑していると、フリューネが近付いてきた。ふわりと甘い香りがする。
「プロポーズ、嬉しかったの。本当よ?」
 囁くように耳元で言ってから。
 柔らかな唇の感触が、頬に。
「フ、」
「じゃあね」
 名前を呼ぶ間も与えずに、フリューネは颯爽と去っていってしまった。
 一人残されたレンは、こっちの方がよっぽどずるいと空を仰いだ。