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リアクション
■ ボクの居場所 ■
「日本に帰れる!」
夏休みに入るとすぐ、皆川 陽(みなかわ・よう)はいそいそと荷造りして帰省の準備を整えた。
日本!
モンスターも食人植物もモヒカン夜盗も闊歩していない、秩序立った国、日本!
シャンバラじゃない国、日本!
安全安心がモットーの治安の良い国、日本!
「帰れる帰れる、やったー!」
頭にあるのはただそれだけで、陽は飛び立つようにして日本へと帰った。
ちょっとした着替えと必需品、それからお土産。
それくらいしか入れてないはずなのに、何故か荷物は多くなってしまった。
ガラゴロとキャスター付きカバンを引っ張って自宅へと歩いていくと、見知った近所の子供が陽に気づいて騒ぎ立てる。
「あ、皆川だ!」
「撃っちゃえ!」
「でも人に向けて撃っちゃいけないって……」
「だいじょーぶ。だってあいつコントラクターだもん」
え、と思った時には、エアガンで撃たれていた。
驚きはしたけれど、すぐに陽は唇を噛みしめて歩き出した。陽が反撃してこない為、いい気になった子供たちはどんどんエアガンを撃ち込んできた。
陽に当たったBB弾が跳ねて地面に転がる。
(うん、平気……全然平気)
実物の銃じゃない銃だなんて、全然平気。今の陽は地球のふつうの銃程度だったら、本物だったとしてもどうにかなる身体じゃない。
平気、平気。
身体に当たるBB弾の感触は考えないようにする。何がそんなに楽しいんだろうというくらい興奮している子供たちの歓声も耳に入れないようにする。
平気、平気。
平気だったら。
何かこみあげてくるものがあって、ちょっと胸が詰まって息が吸いにくい気がするけど、そんなもの。
(……平気……なんだもん……)
そして到着した自分の家。
父がいて母が居て、妹がいて猫がいて。
小さな玄関、両手を軽く広げるだけで壁についてしまうくらいの廊下。
こじんまりとした日本住宅が陽の育った家だ。
パラミタで通っている薔薇の学舎の設備とは違う庶民感覚溢れる住宅は、それに慣れた陽にとってとても落ち着く場所だ。
「お帰り、陽。疲れただろう?」
父、皆川 佑一が温かく陽を迎えてくれる。
「陽ちゃんの部屋はそのままにしてあるから、荷物を置いてらっしゃいな」
エプロンで手を拭きながら出てきた母が優しくそう促した。
「うん」
重い荷物をよいしょと持ち上げて、陽は家にあがった。両手で荷物を持っているから、階段の電気を付けるのも玄関の電気を切るのもサイコキネシスでパチリ……。
その途端、父がびくりと身体を震わせた。母は父にぱっと身を寄せる。
「あ、ごめん……ついいつものクセで」
「いや、こちらこそすまない……見慣れないものだから……」
父はぎこちない笑顔で反対に陽に謝った。
ボクのお父さん。優しいお父さん。
ふつうの会社に勤めて、優秀ではないけれど真面目に働いて係長になって。持ち家のローンは35年。
ボクのお母さん、優しいお母さん。
スーパーのレジのパートに出て、仕事が終わると大急ぎで帰ってきて家事をする。趣味は編み物。
2人とも、ボクが“契約者”になってからは、どこか接してくる態度が違った。
ふつうに接してくれようとするのはとてもよく分かったけれど……ボクを怖がっているのもよく分かってしまった。
だからボクは――
ジャイダス様からの招待状を握りしめてシャンバラに渡った、んだよ――。
何食わぬ顔で陽は部屋に行くと、ベッドにぱたりと身を倒した。
やっぱり、よく分かった。
地球には自分の居場所はないんだってこと。
(契約者は……ふつうの人間じゃない……から)
ふつうの家庭であるこの家には、自分はいてはいけない……。
(もうちょっと、ちょっとだけ……)
ここで気を緩めて家族ごっこをして休んで。
そうしたらシャンバラへ帰ろう。
あそこに自分の居場所があるのかどうかは分からない、けれど。
ここにないことだけは分かってしまったから――。