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リアクション
■ 一粒で二度美味しい? ■
佐伯 梓(さえき・あずさ)の実家はフランスにあった。
都会から外れた所にある屋敷は高い壁に囲まれていて、庭は森のようだったり塔が建っていたりと広大だ。
その敷地内に一族全員が住んでいる為、内部には屋敷が点在していた。
とりあえず、と梓はカデシュ・ラダトス(かでしゅ・らだとす)と共に、特に豪華でも質素でもない門を潜って庭に入ったけれど、明るい夏の午後なのに、敷地内はどこか陰気くさく淀んだ雰囲気だ。
カルトとかセクト教団等の噂もある閉鎖的なこの場所が、梓は好きになれなかった。
(あーあ、着いちゃったなぁ……)
梓の足取りは家に帰ってきたとも思えないくらい重い。
正直、母の楸・クエラ・ザクイウェムがここに住んでいるのでなければ、あまり寄りつきたくない場所なのだった。
敷地の中で一番大きな屋敷に入ると、身内のお手伝いさんが部屋に通してくれた。
お帰りなさいとお手伝いさんが向けてくる笑顔は柔らかい。
「こちらでしばらくお待ち下さいませ」
「うん、ありがとー」
お手伝いさんが母を呼んできてくれるのを待っている間、カデシュは屋敷と部屋から見える庭の様子を興味深く眺める。
「いつ見ても凄いですねぇ」
大きな古めかしい屋敷は管理も大変だろうけれど、隅々まで手入れが行き届いているのが見て取れる。
梓の実家、といっても梓はここで生まれた訳ではないとカデシュは聞いていた。
母の楸が病気療養の為、ここの家……梓にとって祖父母にあたる人に面倒を見て貰っているという話だ。
「ヒサギさんって……思うんですけどどんな病気なんですか?」
カデシュが何気なく聞くと、梓は困ったような顔になって口を濁した。
「えーっと、参勤交代だっけ? ってわかるー?」
「サンキン? すみません。サンキンという病気は解りません」
「だよね。パラミタにはそういうの無さそうだし。……まあ、俺が頑張ればいいんだよ」
後半は小さく呟くと、梓はカデシュに今の話は母に内緒にしてくれるようにと頼んでおいた。
「梓、カデシュさーん、待ってたわー。いらっしゃーい」
ほどなくやってきた楸は、全身で2人を歓迎した。
「母さんただいまー」
いつもしているように梓が抱きしめると、楸はちょっと首を傾げた。が、特には何も言わずに次にカデシュを抱きしめる。
「よく来てくれたわねー」
「はいはいこんにちは、ヒサギさん」
「2人共無事に到着して良かったわー。さあ、お茶にしましょうー」
そこからはいつも通りのお茶の時間。
梓はパラミタで買ってきたお土産を渡し、お茶を飲みながら母と話し込んだ。
「ちょっと痩せたー?」
「そうかなー?」
楸に言われて梓は自分の腕を眺める。
「梓、女の子になったんだってー?」
その問いはあまりに自然に母の口から出た為に、梓はうんと頷きそうになってから叫んだ。
「どうして知ってるんだよー!」
母には言わなくてはならないと思っていたけれど、言い出しづらい話題だった。だからこそいきなり核心に触れられて梓は焦る。そう言えば、さっき自分を抱きしめた時母は首を傾げた。あれはきっと、自分の身体が女の子になっていることを確認し、母なりに納得したのだろう。
「人づてに聞いたけど、やっぱり女の子になっちゃったのねー。お母さんには隠さなくていいのよー」
そう言う楸の顔には、怒りも笑いもない。ただしみじみとした様子だけがあった。
知られているなら話も切り出しやすい。梓は観念して母に女の子になった顛末を全部話した。
ピエロの恋人が出来たこと。
そして、七夕の日に笹飾りくんに恋人の性別が女になるようにと書いた短冊を吊したら、恋人もまた同じように梓の性別が女になるようにとの願い事を吊していて。
結果……2人共が笹飾りくんから非合法の薬を飲まされ、一緒に女になってしまったということ。
話すたびに楸は目を真ん丸にした。当然だろう。梓だって未だに信じられないくらいなのだから。
「……ごめんなさい」
話し終えた梓が謝ると、楸はいつものほわほわした笑顔で謝らなくて良いのよと言ってくれた。
「お母さんは梓が幸せならそれでいいのよー。息子が娘になって一粒で二度美味しいって事かしらー」
「ありがとう、母さんー」
梓は心底ほっとした。
母なら受け入れてくれるのではないかと思っていたのだが、実際、こうして笑ってくれたことが本当に嬉しい。
「あらでも女の子になったのなら、パラミタに帰るまでに梓に女の子のことを色々教えておかないといけないわねー。女の子ってね、男の子と違う所がいっぱいあるのよ」
どこか楽しげな様子の母に、梓は苦笑しきり、感謝することしきり、なのだった。