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地球に帰らせていただきますっ! ~3~

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地球に帰らせていただきますっ! ~3~
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リアクション

 
 
 
 ■ 顔合わせの日 ■
 
 
 
 水神 樹(みなかみ・いつき)と婚約したこともあり、今年の里帰りには両親同士の顔合わせをしておきたいと、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は帰省予定日の2、3日前に実家に電話を入れた。
 帰省する日については前々から連絡していたけれど、その時には顔合わせの話はしていなかった。
 だから、実は……と弥十郎がそのことを切り出すと、途端に母の佐々木 穂寿美に怒られた。
「何でそぎゃん大事な事ば、直前になって言うとね」
「いや、帰る日は伝えてあるから用件は特に急がないかな、と……」
「普通、相手の親御さんに『お嬢さんをください』っちゅうてから、顔合わせばするもんじゃろが。それば、いきなり『こん日に、こん場所で』って言われて、相手の親御さんも大変ばい」
 母に言われ、弥十郎は内心しまったと慌てた。先に根回ししておけば良かったと後悔したが、もう遅い。
「こら、あんた聞いっとね?」
「あ、ああごめん。けどなかなか地球に帰る機会が無いから、今回どうしても顔合わせはしておきたいんだよね。どうすればいいんだろう?」
 小言を言ってくる母を宥め、相談しつつ、弥十郎は何とか指定した日に顔合わせの段取りをつけた。
 
 
 そして当日。
 樹は水神 誠(みなかみ・まこと)と上野から電車を乗り継ぎ、地元駅で弥十郎と落ち合った。
「弥十郎さんのご両親は一緒じゃないんですか?」
 初めての挨拶はきっちりしなければと意気込んでいたのだけれど、駅に来ているのは弥十郎だけだ。
「それがね、物には順序があるって親がうるさくて……」
 弥十郎の母によれば、先ずは弥十郎が先方の水神家に出向き、樹の親に結婚の許可を貰う。しかるのちに、弥十郎の両親が樹の両親に挨拶をする、という流れにすべきとのこと。先に相手の親御さんとこに挨拶に行かんでどぎゃんするとね、と怒られて弥十郎だけ家族が昨日から宿泊している近くの旅館から放り出されてきた。
 弥十郎が樹の両親と話をしている間、弥十郎の親は佐々木 八雲(ささき・やくも)が相手してくれている。首尾良く許可が貰えたら、八雲が父母を樹の家まで連れてきてくれる手はずになっている。
 まずは弥十郎が頑張らなければ、何も始まらないということだ。
「何かちょっと……緊張しますね」
 いよいよ今日なのだと思うと、いつものようには話も弾まない。誠はどう思っているだろうと樹がそちらに視線をやると、誠は唇を結び、地面を睨むようにして歩いていた。
「誠、どうかした? 悩んでることでもあったりする?」
「別に何でもない」
 何でもないようには絶対に見えない様子で誠は答えると、また地面に目を落とした。
 
 
 家に着くと樹は両親の水神 陣水神 綾女と和室の座卓を挟んで対面した。
「父さん、母さん。この人が、私の婚約者の佐々木弥十郎さんです」
 親に婚約者を紹介するのはやたらと気恥ずかしくてたまらないけれど、ぐっと堪えて樹ははっきりとした口調で紹介する。
「樹の婚約者だと?」
 がた、と姿勢を崩す陣を綾女が軽くつつき、2人も弥十郎に挨拶をした。
「そう、樹が婚約者を……」
 不機嫌な誠が席を外しているのはこの所為かと、綾女は色々事情を把握する。
 陣の方は感激しきりで、そうかそうかと繰り返す。実は樹には親が決めた許嫁がいた。水神家と親しい家の息子で、お互いに恋愛対象としては見ていなかったけれど、樹とその許嫁とは仲が良かった。
 けれど今はその許嫁は行方不明となり、その他にも種々の事情があって許嫁は解消されている。そのこともあったから、樹が自分で選んだ婚約者を連れてきたことに、陣は感動していた。
 パラミタに行く前は、恋愛、何それ? 状態の樹だったから、こんな日が来てくれるとは。
 すっかり舞い上がっている陣に変わって、綾女が弥十郎にあれこれと尋ねる。
 樹との馴れ初め、どう思っているのか、そしてこれからのこと。
「パラミタにいると危ないことも多そうだけど、樹のこと、任せてもいいのかしら?」
 女親として心配する綾女に、弥十郎は答えた。
「この2年、いつ命がなくなってもおかしくない場所にいました。それまでは何とも思わなかったんですけどね。パラミタでプロポーズしたときに思ったんです。これで勝手に死ねねぇなと――それが答えです。僕ができる精一杯の力で幸せにします。よろしくお願いします」
 その返事を聞いて、綾女は微笑んだ。そして、お父さん、と陣を促す。
「あ、ああ。こちらこそ、娘をよろしく頼む」
「至らないところもあるけれど、私たちにとっては樹は大切に育ててきた娘なの。どうか樹のことをよろしくね」
 頭を下げる陣と綾女に、弥十郎と樹も深々と頭を下げた。
 
 
 その頃、佐々木家の3人は水神家近くの旅館で、弥十郎からの連絡を待っていた。
「弥十郎の相手はどぎゃん子ね?」
 穂寿美にさんざん詮索されるのを、
「あいつの好みだから、俺はわからん。もうじき会えるけん、自分で確かめなっせ」
 と八雲は笑ってかわした。
 樹のことを知るには、先入観無しで見てもらった方が良いだろうし、後でそんなことまで喋ったのかと弥十郎に言われてしまうのも御免だ。
 最初は弥十郎と樹のことに向いていた穂寿美の興味は、それが満たされないとなると今度は八雲に向けられる。
「あんたは良か子はおらんとね」
 良くあるパターンではあるけれど返事に困って八雲が父親を見ると、柳も言い出しにくそうな顔をしている。
「まぁ、そのうちね」
 苦笑いしながらはぐらかしているところに、弥十郎から精神感応で連絡が入った。
「どうやら弥十郎の方はうまくいったようだ。行こうか」
 漸く母親の追及から逃れられると内心ほっとしながら八雲は立ち上がった。
 
 
 近くの旅館をとっていた為に、ほどなく佐々木家は水神家に到着した。
 どちらも少し緊張と照れを見せながらも、和やかに顔合わせは行われた。
 母親同士はよく喋っていたが、弥十郎の父は緊張しているためか、顔合わせの雰囲気に慣れないのか、はたまた照れ隠しなのかは分からないが、八雲とともにどんどんビールを空けてゆく。
「もう、あん人は……」
 穂寿美は呆れた様子だったが、そちらは放っておくことにして樹に話しかける。
「弥十郎のどぎゃんところが気に入ったとかねぇ」
「えっ、そ、それは……」
 かぁっと樹の頬に血が上る。相手の母親に、弥十郎の良い所を話すだなんて恥ずかしすぎて汗が出てくる。
 そんな2人の様子を眺め、恥ずかしい話とかしないよね、と心配していた弥十郎を、柳はちょっと、と隅に呼んだ。
「かあさんから電話がかかってきたときは、なんごつかとエライびっくりしたけど、電話の先のかあさんが嬉しそうじゃった」
 柳は熊本にある神社の神主だが、現在は分社がある岐阜で修行している。穂寿美から電話を貰い、慌ててこちらへやってきたのだ。
 ふぅ、とため息をつき、柳は弥十郎に確認した。
「弥十郎、ほんとにこん子でよかとか?」
「樹じゃないと嫌だ」
 その答えを聞くと、そうか、と一言呟き、また柳はビールを取りにいった。
 弥十郎はそんな父親の後ろ姿を眺めた後、樹の父や兄に自分から話しかけていった。
 
 
 そうして顔合わせが行われている間、誠は庭でぼーっと過ごしていた。
 樹にはもちろん幸せになって欲しい。
 だがそれは、姉が誰かと結婚するということであるという事実。
 2つの間に挟まれて、誠は悩んだ。
 何も気づいていない樹は、悩みがあれば相談してくれればいいのにと言うけれど、まさか姉本人に自分のこんな気持ちを相談する訳にもいかない。
 誰よりも、何よりも大切な双子の姉。
 彼女が幸せになることが自分の幸せだ。……たとえそれが、自分でない他の誰かと一緒になるということであっても。
 正直、まだ完全に認めた訳でも納得できた訳でもない。
 でも弥十郎といるときの姉の顔は幸せそのものだ。
 だから、認めようとするところから始めよう。認めようと試みよう。それが今の自分の精一杯なのだから。
 そう決めた誠は顔合わせの場所にそっと入っていくと、弥十郎に言った。
「あいつを泣かせたら許さない。絶対に幸せにしろ」
 樹が幸せならば、今は苦しくともきっといつかは樹と弥十郎が共にいるのを認めることが出来るだろうから。
 そんな思い詰めた誠の様子を見つめ、綾女は困ったように微笑む。
(誠にも春が来たらいいのだけど……。難しそうね)
 人の縁は紙を糊づけするようにはくっつけられないし、切り離すことも簡単にはいかない。
 知り合い、惹かれ合い、プロポーズし。
 婚約し、互いの家族の顔合わせをし。
 そしていずれは結婚し、家庭を築き、維持してゆく。
 そんな長い長い営みの中で、縁ははぐくまれてゆくもの。
 娘と息子になる弥十郎の行く末に幸多かれ、そしてその周囲の人も幸せになるようにと、綾女は心から願うのだった――。