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リアクション
●1
「こちらです。資材は一軒ごとに使えるよう、細かく分類しておきました。食料ともども全員に行き渡るだけ用意したつもりです。ただ、今後の支援を考えると状況の把握が必要かと思い、受け取りの際に記帳をお願いしています」
村、と呼ばれていた場所からやや離れた地点、住民に説明を行っているのは沙 鈴(しゃ・りん)だ。復興作業はすでに中盤にさしかかっており、仮設ながら住居も次々に組み上がっている。そんな中、彼女は復興用の物資を人々に配布しているのだった。鈴は村人の心情を鑑み、できるだけ教導団としてのカラーは出さないよう努めていた。たとえば配布する工具にしたところで、元々付いていた教導団のステッカーをわざわざ剥がして用意しているのだ。
簡易机をひろげ、パイプ椅子に座って沙鈴は受付を開始した。列ができあがる。
「サインはこちらにお願いします。お名前と……あっ、待って下さい。ここに名前を書くだけですから……」鈴は慌てて立ち上がった。大柄な男が記帳を無視し、食料の入った袋を担いで立ち去ろうとしたのだ。
「『制服組』が指図すんじゃねぇ」振り返ると、吐き捨てるように男は言った。
「ですが……」と、言い淀む鈴に、畳みかけるように、
「もともとは、お前ら制服組がやってきたからこんなことになったんだろ!」
近くにいた秦 良玉(しん・りょうぎょく)が黙って立ち上がった。しかしその肩を、綺羅 瑠璃(きら・るー)がつかんで首を振った。
「大丈夫。沙鈴なら対応できるはず」
良玉は頷いて、「なに、ダウジングで周辺地域を調査しに行こうと考えただけのことさ。氷雪の下を流れる川がないか調べようと思ってね」と言うと、背を向けてフィールドに赴いた。
良玉の背後では、鈴の穏やかな説得に折れ、さきの男性が記帳にサインをしているところだった。不承不承、というよりはなんだか気恥ずかしげな様子である。男性の娘なのだろう、三歳くらいの女の子が鈴に抱き上げられて笑い声を上げていた。
「さすがは参謀科出身……人心掌握は慣れたものだな」
胸をなで下ろすと瑠璃は、火術を用いて薪の山に火をつけ焚き火となした。
「物資を受け取った皆さん、すぐに戻るのは寒かろう。火にあたっていかないか?」
(「村人の警戒心を少しだけ解くことはできた」)瑠璃は思う。(「しかし、『制服組』への長年の不信を払拭するには長い時間がかかるだろう。今日がその最初の一日となればいいのだが……」)
雪は、祈るように切々と降り続けている。掌に舞い降りたそのひとひらが、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の体温に溶け、たちまちにして一滴の雫へと変わっていた。
風は冷たい。顔に吹きつけてくれば、鋭いナイフで撫でられたような感触があった。吐く息は当然のように白く、冷気が、厚着した服の内側に染みこんできた。山を下りれば真夏だというのに、ここはまるで真冬だ。しかし人々に問えば、それでも夏は夏であり、冬に比べれば過ごしやすいのだという。
「復興が進んでいますね……」
メイベルは眼を細めた。あちこちで、忙しく働く人々が見える。自分も午前中一杯作業に追われていた。
制服組、と呼ばれ決して歓迎されない教導団としてどう振る舞うか、つまり、隠す方向で行動するか、あるいは逆に、教導団であることをアピールするか、団員の間でも判断が分かれたが、結局、復興に協力するメンバーがそれぞれの判断で行動するということになっていた。ゆえに村の各所で、奇妙な光景が展開されることになった。ある者は教導団の色を薄めて行動し、ある者は逆に、教導団であることを誇るように国軍の旗を立てて活動に従事していた。
無論、村の復興に尽力しているのは教導団ばかりではない。メイベルもその一人だ。彼女はまず、村人の信頼を得ようとするところから行動を始めた。郷に入っては、と言う。旧習に従う彼らの生活様式を尊重し、自らもそれに従った。もともと、教導団には反発するものの旅人には親切な土地柄ということもあり、メイベルは数日の滞在で彼らの一員として受け入れられていた。
さて、とメイベルは周辺の人々に呼びかけた。
「午後は鐘撞き堂の修復ですね。ですがその前に、お昼にしましょう」
わっと歓声が上がった。寒空の下での作業は骨身にこたえる。機械を使わず手作業を中心にしているのだからなおさらだ。そんな中、食事は数少ない楽しみなのだ。
「今日はパンプキンスープと茹でたジャガイモ、玄米パンのランチだよ」
エプロン姿のセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が厨房から姿を見せた。セシリアの笑い声と一緒に、ミルクとバターをベースとした柔らかな香りが漂ってくる。彼女は調理担当なのだ。村人のお腹と心を温める役として重大な任だが、セシリアは立派に期待に応えていた。日々、満腹感のある料理、それも、目新しいもの、懐かしいものを交互に織り交ぜた料理でで彼らの疲れを癒していた。教導団が定期的に搬入してくれるとはいえ、食材のバリエーションが限られてくるのは仕方がない。ゆえにどう工夫するかは料理人の腕次第なのである。
「何かと戦闘しているより、僕たちとしてはこういう支援活動のほうが似合ってるよね」
食堂として建築された仮設の建物に、住民たちを誘導しながらセシリアは言う。
「ですね」シャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)が応じた。シャーロットは調理補助としてセシリアを手伝っているのだ。「けれど……」彼女は声をひそめた。「聞きました?」
「ザナ・ビアンカの話だよね?」
「はい。山の主らしい狼……できれば戦わず済ませてほしいところです。リュシュトマ少佐にもその点を理解してもらえたら嬉しいのですが」
「うん。けれど、調査隊は戦闘も辞さないという姿勢なんだってね。そうなると、また教導団と村の人たちの溝が深まってしまうかもしれない」
セシリアは眉を曇らせた。確かに、この度の雪崩はザナ・ビアンカがもたらしたものである。しかし村人たちはそれを『山が怒った』と表現しており、巨大な狼そのものに対しては怒りを感じている様子はなかった。しかも、すべての村人があの姿を見るのは始めてであったにもかかわらず、彼らは白狼を本能的に知っている様子だった。村人にとってザナ・ビアンカは山そのものなのだ。それは畏敬の対象であり、愛すべきものでもある。
「佐々木弥十郎さんたちも山に入るし、なんとか収めてもらえればいいのだけれど」セシリアは遙か彼方、白い山を見やった。
その頃メイベルは、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)のところに顔を出していた。
「お昼にしませんか?」
「ああ、ちょうど脱衣所が完成したところです。一服したらみなさんに、ここで着替えてもらいましょう」
お嬢様育ちのように見えて、フィリッパは騎士として、様々な経験を積んできた経緯がある。大工仕事にしたって玄人はだしなのだ。彼女は村人とともに脱衣所を設計し建築していた。
「作業している時に汗をかくと、それが冷えて体力の消耗が激しくなります。ここで適宜、着替えて温度を保ってもらいたいですからね」
もちろん、内側は男女別になっていますよ、とフィリッパは微笑(わら)った。
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