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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(後編)

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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(後編)

リアクション

   四

 カタル一行は、町での強襲から逃れた後、獣道をひたすら進んでいた。差し込む太陽の光は既に低い。日が暮れるのも時間の問題だろう。
 一刻も早く、明倫館へ――。その使命感が、重く一向に圧し掛かっていた。
「ねえカタルくん、カタルくんは普段何してるの?」
 その空気を跳ね除けようと、殊更明るく尋ねたのは、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)だ。隠れるよりも傍で守った方が、ボディガードとしてアピールできるだろうと、彼女は考えていた。
「普段……ですか。最近は、畑仕事をしていました」
 以前と違い、オウェンは口を挟まず、話を聞いている。
「何を作ってたの?」
「色々です。季節のものを……と言っても、一年もやっていませんが」
「ん? ということは、以前はやってなかったのか?」
 遊馬 シズ(あすま・しず)の問いに、カタルは苦笑を浮かべた。
「以前は何と言うか……何もさせて貰えなかったんです」
「何だそれ?」
 カタルが躊躇っていると、そこで初めてオウェンが口を開いた。
「腫れ物に触れるような扱いだったからな」
 ああ、と秋日子もシズも納得した。
 カタルは幼い頃、「眼」を暴走させ、里の仲間を何人も死なせてしまった。その中にはカタルの父も、オウェンの妻もいたという。憎しみの対象でありながら、カタルは一族の象徴であり、存在価値そのものだった。それ故、どう接したらいいか分からなかったのだろう。
 よかったな、と朝霧 垂(あさぎり・しづり)は思った。
 これまでカタルに対し、普通に接してきたのは、今は亡きヤハルのみだった。オウェンですら、必要以上に厳しくしてきた。だが今回、一族の始祖について調べるときも、里を出るに当たって手を貸してくれたのも、里の若者たちだ。
 カタルが変わろうとしたように、里の者も変わろうと努力しているのだ。
「一人で出来ないのなら周りを頼れば良い。失敗を恐れたり、不安になることだって当然ある。でも、それを独りで抱える必要は無いんだ。誰にだって良い、打ち明けてみろよ? 皆、喜んで力になってくれるはずだ。だって……俺たちは『仲間』なんだからな」
「ええ……分かります」
 今なら、ヤハルのしようとしていたことが。「普通」であることの、大切さが。
「お客さんだ。まったく、しつこいな」
 辟易したように、匡壱が告げた。
「既に準備完了だ」
 垂は、「百獣の剣」を抜き放った。「カタル、離れるなよ」
「はい」
 立ち止まれば聞こえてくるのは、風の音と、息遣いだけだ。一行は待った。何かが動くのを。
 カサリ、と草が動いた。「【炎楓】黒紅」が咄嗟に向けられる。飛び出してきた兎に、秋日子は息を飲んだ。
「あっぶ……」
 引き金から指を離し、銃口を空に向ける。――と、視界が一瞬、暗くなった。
「危ない!」
【ゴッドスピード】で秋日子の前に飛び出し、垂はそれを斬り捨てた。若い女だ――が、女は地面に手を突くとくるりと回転し、カタルへ向け、飛んだ。
「させるか!」
 シズが体当たりを食らわせ、茂みの中へ突っ込む。
「俺たちに任せて、先に行け!」
 女を殴りながら、シズは怒鳴った。垂は頷くとカタルを促した。カタルは秋日子とシズに一礼すると、駆け出す。匡壱、オウェンも続く。
 シズが腹を蹴られ、茂みから飛び出してきた、ゆらりと立ち上がる女の両手には、ナイフが握られている。構えから、戦闘の心得があるのが分かった。となれば、機晶姫か剣の花嫁である可能性が高い。誰かのパートナーだとしたら、戦闘力は更に上だ。
「大丈夫? 遊馬くん」
 手の平を切られたシズは、ハンカチで傷口を縛った。
「ああ。カッコつけた手前、何としても止めないと」
「分かってる。いくよ、遊馬くん」
 無事な右手に刀を握り、シズは地面を蹴った。女も同時に間合いを詰め、振り下ろされた刀を二振りのナイフで受け止めた。秋日子はその隙に、女の背後に回る。気づいた女がふっと力を抜き、体勢を変えずにナイフを投げつけた。
「秋日子サン!」
 秋日子は微動だにしなかった。まだ、左手は動く。
「ゴメン」
 振り下ろした「【凍桜】紫旋」から、轟雷が放たれる。女は叫び声を上げ、崩れ落ちた。
「秋日子サン!!」
 シズが駆け寄ると、秋日子は彼の胸に倒れ込んだ。右肩に突き刺さったナイフを抜くべきか否か、迷う。
「無茶をして……」
「あは……ああでもしなきゃ、隙、作れなかったでしょ……」
 秋日子は無理矢理に笑顔を作った。そして、倒れた女を見つめた。
「機晶姫――かな」
「多分……」
「死んでないよね?」
「――多分」
 殺したくはなかった。操られているだけの犠牲者だ。
 シズはしかし、秋日子を抱きかかえるとすっくと立ち上がり、
「彼女のことは後後。まずは秋日子さんの治療が先!」
と、近くの村へ向けて走り出した。
 そしてシズが元の場所へ引き返したとき、その女の姿は消えていたという。


【轟雷閃】の音を聞き、カタルは振り返った。
「振り返るな。みんなを信じろ」
「……分かっています」
「伏せろ!」
 匡壱が、鋭く命じた。四人が頭を下げた瞬間、その上を通り過ぎた弾丸が、すぐ傍の木にめり込んだ。
「くそっ、どこにいる!?」
 匡壱が鯉口を切るが、垂は冷静だ。「このまま、匍匐前進で進め」
「おいおい、次の場所までそれで進む気か?」
「なに、少しの間だけだ。――すぐに戻る」
 垂は【ゴッドスピード】を使い、駆け抜けた。彼女の後を追うように、木々に弾が撃ち込まれていく。
 だが、やがてその音が止んだ。
「弾切れか……?」
 匡壱が怪訝そうに呟くと、垂が戻ってきた。
「もう立ち上がってもいいぞ」
「おい、どういうことだ?」
 実は夜霧 朔(よぎり・さく)が姿を隠し、ずっと垂たちの後をついていたのだ。垂が囮になることで狙撃を招き、弾道から敵の位置を探り出した。
 だがこれは内緒にしておこう、と垂は思った。これぐらいの秘密があった方が、人生は楽しいものだ。