波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(後編)

リアクション公開中!

【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(後編)

リアクション

   八

 桜葉 忍(さくらば・しのぶ)織田 信長(おだ・のぶなが)、そして瀬乃 和深(せの・かずみ)の三人は、地下四階で傀儡の忍者たちと戦っていた。
 和深の「※零銃」で忍者たちを凍らせ、動けなくした後も、三人は房姫たちを追わなかった。
 やがて上から歌声が聴こえて来た。次第にそれが、大きくなる。
「ベル……セドナ……」
「香奈……」
 ベル・フルューリング(べる・ふりゅーりんぐ)セドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)桜葉 香奈(さくらば・かな)が、オーソンたちの先頭に立って降りてくる。
 待ち構える忍たちに気付いたオーソンが、すっと手を上げた。サークレットについた黒い石が、きらりと輝いたように見えた。
 とたん、香奈が三人の黒装束と共に駆け出した。
 信長は亜空のフラワシから「魔銃ケルベロス」を取り出し、【ポイントシフト】で香奈と黒装束の間に割り込んだ。
「忍が香奈を正気に戻すまで、この私が時間を稼いでやる!」
 黒装束の一人が突き出した槍を【バーリ・トゥード・アーツ】で避け、腋の下に挟み込むと、横にいたもう一人を蹴飛ばした。そのまま槍を引っ張り、頭突きを食らわせる。残る一人が斬りかかってくるのを「魔銃ケルベロス」で受け止めるが、足を払われた。
 倒れた信長目掛け、剣が突き刺さる。信長は体を捻ってそれを避けた。地面に縫い付けられた衣が引き千切れ、勢い余った信長は橋の隅まで転がっていった。
「おっと! 狭さも考えねばならんの」
 立ち上がり、「魔銃ケルベロス」を構えた。三人の黒装束は、じりじりとにじり寄ってくる。凍った忍者、和深たち、そして忍と香奈の位置を頭に叩き込み、信長はゆっくり移動する。
 一方忍は、素手で香奈へ近付いていった。香奈は無表情に【剣の結界】を発動する。忍が間合いに踏み込んだとたん、動き回っていた剣が彼に牙を剥いた。
「!!」
【護国の聖域】で身を守っているものの、無論、ダメージはある。忍は叫び声を上げぬよう、唇を噛んだ。
「……香奈」
 ポケットから、百合の花の飾りを取り出す。いつも香奈が髪につけているそれ。行方不明になった日も、もちろんつけていたはずだ。だが今はない。
「香奈、これ、覚えているか? 香奈に初めてプレゼントした百合の花飾りだよ……」
 しかし香奈に反応はない。もう一歩踏み出す。再び、忍の肩を、胸を、腹を、剣が抉る。喉を熱い塊が上ってくる。それを吐き出し、忍は微笑んだ。
「香奈……思い出してくれ。俺達の大切な思い出を」
 そしてまた、笑ってくれ――。


 ベルはただ歌っているだけだった。誰のために奏でているのだろうか?
 和深はまず、セドナの動きを止めようと考えた。「※零銃」を構えるが、なかなか狙いが定まらない。セドナが速いのか、己が躊躇っているからなのか、和深には分からなかった。
 セドナが光条兵器「凶影」で襲い掛かってくる。大剣を横薙ぎにされ、和深は大きく距離を取った。だが蛇腹剣である「凶影」は、鞭のように伸び、和深の脇腹を打ち、切り裂いた。
「しまっ――!」
 分かっていたはずなのに、自分が標的になり、改めてその恐ろしさを体感する。
 剣に戻した「凶影」でセドナが斬りかかってくる。迷いのない動きだ。だが和深の方は、知らず体が竦み、動けない。咄嗟に「※零銃」で受け止めようとした。
「※零銃」にぶつかった「凶影」は、再び鞭状へと変化し、そのまま和深の手首に絡まった。
「な、に――!?」
 刃が和深の手首に食い込む。あまりの痛みに、和深は「※零銃」を落とした。
「うわああああ!」
 肉を切り、骨まで達したのが分かった。このままでは千切れる。ぞっとした。
 何より、ここに至って尚、無表情なセドナに。
 意識が遠のいていく。霞む目に、セドナの涙が見えた。
 ――気のせい、か?
 それは和深の願望が見せた幻だったかもしれない。だが、彼が動くに十分な理由だった。
 左手を伸ばし、「※零銃」を握る。この距離なら、外しようがない。
 セドナの周りが空気ごと凍りついていく。
 ベルはまだ、歌っていた。
「さぁ、みんなで一緒に帰ろうか」
 微笑み、和深はもう一度引き金を引いた。


「魔銃ケルベロス」から発射された三発が黒装束の体に食い込む。更に渾身の力を込めて、他の二人と一緒に、壁に蹴り飛ばした。ずるずると落ちてきた黒装束たちは、もう身動きしなかった。
「やっと、か」
【バーリ・トゥード・アーツ】の反動だろう、信長もまた動けなくなった。周囲を見回すと、オーソンたちの姿はなかった。自分たちを無視して、下へ向かったようだ。房姫を守る契約者は他にもいることから、心配はしていなかった。
 和深は、凍りついたパートナーの前で気絶していた。出血が酷い。誰か止めてやらねば、危険だろう。
 ――忍は?
 忍は、まだ香奈の前に立っていた。微笑みながら。血を流しながら。
「しの、ぶ……」
 最後の力を振り絞り、信長は慈悲のフラワシを呼び出した。
 これで、時間が稼げる。
 満足そうに笑い、信長もまた意識を失った。