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比丘尼ガールとたまゆらディスコ

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chapter.2 入山者たち 


 その頃、Can閣寺の中では。
 遠野 歌菜(とおの・かな)布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)、そして佳奈子のパートナー、エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)たちが入山者として修行に励んでいた。
「ラブ阿弥陀仏! ラブ阿弥陀仏!」
 お決まりのまじないを唱える彼女たち。
 大部屋でのそれが終わると、新たな入山者を含め、尼僧たちは各々の部屋へ戻っていった。中には、引き続き熱心に修行を続けようという者もいる。
「うーん……」
 歌菜は、小さく疑問の声をあげた。周りの尼僧たちを見る限り、今までと大きな違いはないように思える。
「苦愛さんがいなくなっても、修行の内容はそのままなのかな」
 彼女、歌菜はその変化を感じ取りたかった。
 住職である間座安の目的が、そこに垣間見えるのではと思ったからだ。しかし現時点で、さして変化は見られない。
「あ、すいませんっ」
 目の前に年配者らしき尼僧を見つけると、歌菜はその背中に話しかけた。振り向いたのは、ホクオウの間の住人、アオイだ。
「うん?」
「あのー、私、もっと女子力をあげたくて、他にもいろいろ修行したいんですっ!」
 もちろん、それは方便だ。さらなる修行内容を聞き出すための。アオイは答える。
「熱心な子なんだねー。でもぶっちゃけ、ここっておまじないとお喋りが修行のほとんどなんだよね」
 苦笑しながら言うアオイに、歌菜は困ってしまった。
 それでは、ますます以前との違いを見分けるのは困難なのでは?
 と、その時。歌菜と話すアオイに、声がかかった。
「あっ! いたいた、アオイさーん!」
 元気にそう話しかけたのは、佳奈子だった。その後ろからは、気乗りしなさそうにエレノアもついてきている。
「あれ、こないだホクオウの間にいた子だよね。どうしたの?」
「えっとね、苦愛さんのこと最近見かけないから、どこにいるのかなーって思って」
 以前話したアオイに懐いているような様子で尋ねる佳奈子に、アオイは困った顔を見せた。
「……あー、そっか。まだ聞いてなかったんだっけ」
「?」
 首を傾げる佳奈子に、アオイは告げる。
「苦愛さん、ついこないだ、急にここを出ていっちゃったんだよねー。理由はわかんないけど、たぶん間座安様絡みだと思うよ」
「ええっ、苦愛さんが!?」
 佳奈子が思わず身を乗り出す。元々こういった類いの噂話には目がない彼女は、目を大きく見開いて話の続きを促していた。
 そんな佳奈子の純粋な視線を受け、アオイはこれまでのことを語りだす。
 苦愛と間座安の運営方針が以前から食い違っていたことや、それが原因で苦愛が寺を離れたのでは、ということ。体制が変わってから、男子禁制を以前ほど徹底しなくなったことなど。そして。
「これは、本当に根も葉もない噂で、知らない人がほとんどなんだけど……間座安様は、女性じゃないんじゃないかって」
「ええっ!?」
 一際大きな声をあげる佳奈子。それが本当なら大事件だと、彼女は思った。
「ちょ、超展開すぎて状況が理解できないよー……」
「まあ、さすがにデマだとは思うけどねー。それより、ここの管理は今まで苦愛様がしてたんだけど、間座安様に変わってからちょっとアレなんだよねー」
「アレ?」
 会話に聞き耳を立てていたエレノア、そして歌菜が同時に声をあげた。
「ほら、今までは割とまったりガールズトークできてたじゃない? でも間座安様が修行メニュー決めるようになってから、おまじないとガールズトークの比率がちょっとずつ偏ってきてるんだよねー」
 アオイの言う通り、以前はガールズトークがここで過ごす尼僧たちにとって一番長い時間であった。しかし、今はそうではないという。
「言われてみれば……!」
 歌菜が、ここ数日の記憶を掘り起こして口にする。それは些細な変化であったが、彼女にとっては有益な事実だった。
 なぜガールズトークの時間が減ったのか。
 それは歌菜にはわからない。
 ただ、そもそもそれに気づかないこと自体が、歌菜の思考に異変をもたらしているのではないか。言うなれば、ある種の洗脳のように。
「あ、ほらまたおまじないの時間。ほんとは、お喋りの方が楽しいからそんなにしなくても……って思うんだけどねー」
 アオイが時計を見て言った。
「ま、苦愛様派にとってはいづらい感じになったのは間違いないよねー」
 愚痴を漏らすアオイに、エレノアがひとつ質問をする。
「たしか……この前、副住職派と言っていた気がするけれど」
「うん? そうよ」
「なのに、副住職に追従しなかったの?」
「いやー……苦愛様派のうち何人かは後を追って出てったんだけどね。ほら、やっぱりうちも長いからさ。そう簡単に出ようってはならないよねー」
「……そう」
 エレノアはそこから先を追求することはなかった。ただ、彼女の中で以前から感じていた不信感はますます募るのだった。
「ほら、あんまりお喋りしてると注意されるかもだから、おまじないしよう?」
 アオイが、歌菜や佳奈子、エレノアたちを促す。その移動の瞬間を、隠れて様子を窺っていた歌菜のパートナー、月崎 羽純(つきざき・はすみ)は見逃さなかった。
「いよいよヤバくなってきたな。このままでは……」
 羽純はぽつりとそう呟くと、見つからぬよう歌菜にこっそり手招きした。彼女は首を傾げながらも、その合図に従う。
「羽純くん、もう男子禁制じゃなくなったんだから普通に入ってくればいいのに」
「……いや、俺は充分だ」
 あんなガールズトークの中には入っていけない、と苦笑する。もっとも、本当の理由は離れたところから不審点を観察し、歌菜に万が一のことがあった時にいつでも助けられるようにするためであったが。
「それで、どうしたの?」
「どうしたの、じゃないだろ。歌菜……お前、あの状況でおまじないすることを自然に受け入れるなんて、危ないぞ」
「え?」
「元々、違和感を探すための入山だったろ」
「あ……」
 既に洗脳されかかっていたのではないか。羽純は危機感と、まだ取り返しがつく段階だったのだいう安堵感を同時に覚えた。
 反省してみせる歌菜の頭に軽く触れながら、羽純は思う。
 ――ここは、予想以上に危険を孕んでいると。
 そして、同時に疑問が起こった。
 洗脳が目的なら、苦愛がいた頃から今のような修行内容にしていたはず。それをしなかったのは、苦愛の意思なのだろうか。それとも、間座安の思惑が絡んでいるのだろうか。
「とにかく、このことを他のヤツらにも伝えるぞ」
「う、うん!」
 羽純の言葉に、歌菜が大きく頷いた。

「あれ、さっきまでここにいた子は?」
 アオイが、いなくなった歌菜に気づいて佳奈子とエレノアに尋ねる。佳奈子は、お喋りに夢中でそれ自体気づいていなかったため「あれ?」と同じように首を傾げるばかりだ。
 反対にエレノアは歌菜の失踪を目撃していたのだが、あえて口には出さず周りに合わせた。
 ここが胡散臭い場所である以上、あまりこちらに入れこまないようにしないとね。
 心の中で、彼女はそっと呟いた。



 アオイに連れられ、佳奈子とエレノアがおまじないをするべく再び大部屋へと入った時だった。
 そこには、既に気合い充分、といった様子で熱心におまじないを唱える女性がいた。
「ラブ阿弥陀仏! ラブ阿弥陀仏!!」
「あの子、少し前くらいからすごい気合い入ってるなー……」
 アオイが少し驚いた表情でそう言った。その熱心な入山者とは、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だった。
 おまじないの合間には、何やら怪しげな錠剤を飲んでいる。
 苦愛に、「バストアップに効果がある」と言われ購入したアイテムだ。
「これで、胸が大きくなるはず……!」
 その鬼気迫る迫力は、他の尼僧らも近づけないほどであったという。
 彼女のマインドコントロールは、かなり進行していると言ってもおかしくはない状態だろう。
 だが、まだ月夜の心の奥には、大事なひっかかりが残っていた。
「胸が大きくなって、それで……あれ? 私、なんでこんなに胸が大きくなりたかったんだっけ」
 そうだ。胸のことでからかわれた刀真のことを見返すためだ。
 彼女の中に浮かんだ顔。それは、大切なパートナー、樹月 刀真(きづき・とうま)のものだった。
「でも……」
 月夜の眉が、僅かに下がった。
 その大切なパートナーは、今そばにいない。
 月夜は、おそらく初めてであろうパートナーとの長期間の離別に、戸惑っていた。それを打ち消すかのように、修行に戻ろうとする。
 しかしその時、寺の外から聞こえた喧噪が、彼女の意識を再び呼び戻した。
「ま、またあのお侍が来たの!?」
 尼僧のひとりが、そう言っているのが聞こえた。気になった月夜は、腰を上げると本堂入り口の方へと歩いていく。
「……!」
 そこで、彼女は言葉をなくした。
 視線の先にいたのが、謙二の隣を歩く刀真だったからだ。
「えっと、えっと……」
 どうしていいかわからず、月夜は咄嗟に物陰に隠れて様子を窺った。刀真はまだこちらに気づいていないらしく、真剣な顔で謙二と何かを話している。
 その懐かしい表情に、月夜の心は大きく跳ねた。