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比丘尼ガールとたまゆらディスコ

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chapter.5 動き出した局勢 


「これは……?」
 大部屋のあらたまった様子と、明らかに男性とわかる者がちらほらと座っている状況を見て思わず声をあげたのは、式部だった。
 現状を知らない彼女からしたら、この反応は当然といえる。
 式部の周りには、彼女を守るように何人かの契約者も立っている。
「すみません、今少し取り込んでいまして。用件は後で伺いますよ?」
 間座安が、式部たちに声をかけた。
「あの、苦愛さんにお礼をと思って……」
「……あら、それは残念ですね」
 式部の言葉を聞き、間座安は苦愛がここを去ったことを話す。それに驚いた式部だったが、彼女よりも先に声をあげたのは、式部の隣にいた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だった。
「えっ、苦愛さんいないんですか?」
 式部が苦愛に俺お礼を言いにいくと知った彼女は、「それならあたしも」と式部についていくことを決めていた。
 恋愛について式部がきっかけを掴めたのがここのお陰なら、自分と式部が仲良くなれたのもここのお陰ということらしい。
 歩は、間座安をじっと見つめる。
 噂では苦愛と仲が良くないとか、そういった類いのものは耳にしたことがあるけれど、目の前のこの人が悪い人なのかどうかは、実際のところ分からない。少なくとも彼女は、そう思っていた。
「苦愛さんは、あの、どちらに……」
 式部が間座安に問いかける。しかし、間座安の答えは彼女の望むものではなかった。
「すみませんね。先ほども言った通り、今取り込んでいまして。客室の方で待っていてもらえますか?」
「あっ、す、すいません……」
 慌てて謝る式部。そのまま彼女と歩たちはひとまず部屋を出ようとした。
 が、その時。聞こえてきた言葉が、彼女たちの足を止めた。
「少しだけ、私の話を聞いてはくれないだろうか」
 それは、謙二と共にここに来て同席していたコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)の声だった。
「あら、面白そうな方ではないですか。あなたは?」
 間座安に尋ねられ、コアは名乗ってみせた。
「我が名は、蒼空戦士ハーティオン。まず先に言っておきたいのは、私に争う意思はないということだ。その上で、身勝手かもしれないが、頼み事がある」
「頼み事?」
「そうだ。このお寺に捕らえられた我らの仲間を、解放していただけないだろうか」
 その一言に、間座安の目が一気に冷たくなった。なぜなら、事情を知らない者たちの前で、立場を危うくされるような言葉を吐かれてしまったからだ。
 案の定というべきか、式部、そして歩が困惑の目線を向けている。
「捕らえられたって……どういうことですか? ここは恋愛の駆け込み寺のはずじゃ」
 コアの話しぶりから、出任せとは到底思えない。その真意が掴めず、歩はさらに踏み込んだ。
「もしそれが本当なら……どうして、そんなことを?」
 歩、そしてコアに見つめられ、間座安は少しの間沈黙をつくり、数秒後、口を開いた。
「捕らえたというのは語弊がありますね……私は、あの方に愛を教えようとしているのです」
「……愛?」
 歩が不思議そうに言った。
 目の前の間座安がいうその愛というものがどんなものか、彼女は知らないし、想像もできない。ただ、歩はその言葉に違和感を抱かずにはいられなかった。
「あの……」
 少し自信なさそうに、でも目はしっかりと間座安を見つめて、彼女が言った。
「正しい愛の形って、決まってるんでしょうか?」
「……はい?」
 間座安の眉間が動く。それは頭にかぶった頭巾のせいで周りからは見えなかったが、その声色は明らかに機嫌が変わったことを表していた。
 しかしそれでも、歩は話すことを止めない。
「あたしも、式部さんにすごい偉そうなこと言ってたし、あんまり人のこと言えないけど……誰かのためになるって思ってるからって、なんでもして良いってことにはならないと思うんです」
 きっと、この人は自分の愛の形にとても自信があるんだろう。でも、愛ってみんな同じ形じゃないはず。
 歩はそう思い、それを言葉にしていった。それを聞いたコアも、会話に入る。
「私は、間座安殿の言う、『愛を教える』ということはとても素晴らしいことだと思う。愛とは、争いを超えた強い心だと私のデータベースにもあるからだ」
 歩とは逆に、間座安に肯定の意を示すコア。しかし彼は、「だが」と言葉を繋げた。
「私が再びここに来たのは、私たちを救うためここに残った仲間を救うためだ。争いを生む可能性がある以上、この感情は愛ではないのだろう。しかし、この感情が愛でないとしても、間違っているとは思わない。きっと、愛と同じくらい大切なものだと信じているからだ」
 そしてコアは、再び間座安にはっきりとした口調で告げた。
「だから頼む。仲間を、解放していただきたい」
 歩、そしてコアの言葉に、間座安の感情は大きく動いていた。
 それはしかし、感動や共感といったプラスの向きではない。間座安がふたりに向けた感情、それは紛れもない怒りだった。



 同時刻、Can閣寺の地下。
 以前は謙二が監禁され、今はラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が捕まっているこの場所に単身、コアのパートナーであるラブ・リトル(らぶ・りとる)は向かっていた。
 その目的は言わずもがな、彼の救出である。
 しかし、その言動からあまり気乗りしていない様子が窺える。
「ていうかあたし、今回完全に巻き込まれてない……? なんかおおごとになってるしー」
 地下への階段を降りながら、ラブが愚痴る。確かに女性である以上ここを通ることがそこまで不自然ではないとはいえ、単身で動いている以上安全な行動とも言えなかった。
 それでもラブがここにいるのは、コアが動いているのに自分がサボっていたら罪悪感を覚えてしまいそうだったからだろう。
 コアや謙二が間座安と話している隙に、ラルクを救出する。
 これが、事前に打ち合わせしていたシンプルで、ベストと思われる作戦である。
 事実、間座安は会談中で、苦愛は不在、他の尼僧らは会談の邪魔にならぬよう各々の部屋に戻っているというこの状況は、ラルクを救出するには唯一無二の機会であった。
「でも思ったけど、牢屋って鍵とかかかってないっけ……」
 ふと思い出し、ラブが呟く。しかしとりあえず、先のことは考えても仕方ないと地下牢へ歩を進める。
 そして無事ラルクの前まで到着したラブは、「やっぱり」と肩を落とした。牢には、がっちりと鍵がかかっていたのだ。
「くっそ……こんなもんに……まけっかよ!」
 どうにか四肢を拘束する縄を破壊しようと体を動かしていたラルクに、ラブが声をかけた。
「ねえ」
「……ん?」
 そこで初めてラルクもラブの存在に気づいたのか、彼女の方を向く。
「あたし、一応助けに来たんだけど……鍵がないからどうしようって今悩んでるの。どうしたらいいと思う?」
 自分でも間抜けな質問だなー、と思いつつラブが尋ねると、ラルクは答えた。
「この鎖さえどうにかしてくれれば、こんな檻ぶっ壊せるんだがよ」
「あ、なーんだ。じゃあこれさえ切っちゃえばオーケーってことね?」
 言うと、ラブはラルクに近くまで来るよう指示し、持ち込んだハサミでラルクの縄を切っていった。両腕が自由になったことで、ラルクは自らの足を縛る縄を今度は自力でねじ切る。
「すっごい怪力……」
「危ねえから、どいてろよ?」
 感心するラブにそう忠告すると、ラルクは呼吸を整え、「自在」を発動させる。鋭く重い拳とその闘気が、瞬く間に檻を破壊した。
「うっし、これで脱出できるな」
 檻から出るとラルクはラブに現状を確認し、すぐさま地上の大部屋へと向かうことにした。階段をのぼりかけた彼は、「そうだ」と振り向いてラブに言う。
「ありがとな。助かったぜ」
 そして、ラルクは大部屋へと駆けていった。残ったラブは、ストレートな感謝のセリフに思わず頬を緩める。
「……ま、たまにはこういうのも悪くないかもねー」
 そんなことを口にしながら、彼女もまた地上への階段を上るのだった。