波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

うそつきはどろぼうのはじまり。

リアクション公開中!

うそつきはどろぼうのはじまり。
うそつきはどろぼうのはじまり。 うそつきはどろぼうのはじまり。

リアクション



15


 四月一日といえばエイプリルフールだが。
「なぁこと関係なしに、世の中嘘と本当でいっぱいやわー」
 せやろ? と菊花 みのり(きくばな・みのり)に問いかけながら、アフィヤ・ヴィンセント(あふぃや・ゔぃんせんと)はゆるりと笑う。
「…………」
「せっかくやし、みのりも嘘をついてあげたらどうなん?」
「嘘……?」
 ついてあげるとは何事か、とでも言いたげに、みのりがアフィヤを見遣る。そう、とアフィヤは頷いた。
「アルマーとグレンにな。とっときの嘘や」
 アルマー・ジェフェリア(あるまー・じぇふぇりあ)と、グレン・フォルカニアス(ぐれん・ふぉるかにあす)はみのりを守る盾であり矛だ。その使命に忠実に、ふたりは常にみのりの傍にいる。そう、一日たりとも休みなく。
「みぃーんな真面目すぎやっちゅーねん。いい加減息苦しいわぁ」
 なぁ? とまたも問いかける。返答はなかった。難しい顔をして、黙り込んでいる。
(この子も真面目ぇやからなぁ)
 自分の発言でどう転ぶか。言葉で後押ししたりはせずに、アフィヤは静かに見守った。
「……休み」
「うん」
「取らせて……あげた方がいい……ですよね」
「せやなぁ。一日くらいな。美味しいもん食べて、気ぃ張らんでええ静かな時間作ってあげて、ほんでリフレッシューてな」
 また少し、間が空いた。悩んでいるようだ。
 一分ほど経ち、
「……わかりました。やってみます」
 みのりはそう、言い切った。よぉ言ったなぁ、とアフィヤは笑ってみのりの頭を撫でる。そんなアフィヤを、みのりは不可解そうに見ていた。


「あかんー、バニラエッセンスあらへん。なあアルマー、グレン、ふたりでお遣い行ってきてぇな」
 アフィヤの言葉に、アルマーとグレンは顔を見合わせた。
「私たちふたりで?」
「ひとりでいいだろ。俺が行く、アルマーはみのりの傍にいろ」
「ええ」
「あかん、僕とみのり、ふたりで内緒のお料理特訓するんやから傍におらんといてよ。恥ずかしいわ〜」
 料理特訓? と大袈裟にグレンが眉をひそめた。
「料理なんてアルマーにやらせとけばいいじゃねぇか」
「あーかーんー! 僕も料理すんの!」
「なんでまた急に」
「あれぇ、僕が気まぐれやって、グレン、よぉ知っとるやろ?」
「……はいはい、わかったよ」
 折れたのはグレンだった。適当に身支度を整えて、玄関へと向かう。
「ふたりで何かするの、心配だわ」
「だーいじょーぶやって。なぁ、みのりー」
「……ん。だから、お使い……よろしくお願いします……」
 不安ではあったものの、ふたりにはっきりこう言われてしまえば引き下がるのも変な話だ。ひとりで出て行ってしまったグレンのあとを、早足で追いかける。
 追いついた。隣り合って並びながらも、会話は特にない。それで居心地が悪いかといえばそうでもなく、これが自然なのだと思う。
 不意に、グレンが足を止めた。ポケットから携帯電話を取り出して、耳に当てる。
「はい。……は?」
 少しのやり取りの後、グレンがしかめ面で電話をしまった。
「何? どうしたの」
「バニラエッセンス、あったんだと」
「はあ。じゃ、お使いはいいのね」
「なんだけどよ。せっかく外に出たんだし天気もいいし、そのままふたりで遊んでおいでよ、ってアフィヤが」
 言われて初めて空を見た。ああ本当だ。抜けるような青色の、広い広い空が広がっている。
「別に遊びなんて思い浮かばねぇし、俺このまま帰るわ」
「ねえ、待ってよ」
「あん?」
「ピクニックしましょ。何かの縁だわ」
「なんだそりゃ」
「だってアフィヤの言うとおり、すごくいい天気だもの」
「…………」
 アルマーの言葉に、グレンが空を見上げた。そして無言のまま歩き出す。帰途、ではなく、街への道を。
「ピクニックって何すんだ。俺知らねぇぞ」
「私もしたことないもの。いいんじゃない、適当で」
 やるべきことには真面目に取り組んでいるのだから、たまにはゆるりと休んでみても。
(ねえ、そういうことが言いたかったんでしょ、アフィヤ?)
 ヴァイシャリーには、『Sweet Illusion』という美味しいケーキ屋があったはずだ。
 そこでケーキと紅茶を買って、公園かどこか、景色と空気が美味しいところで食べる。
 それで十分幸せだろうと、アルマーはグレンの隣を歩いた。
「ねえグレン、甘いものは平気よね?」
「多くなきゃな」
「じゃあ決まりね」
「何が」
「ピクニックプラン」
「教えろよ」
「いいじゃない、お楽しみにしてなさいな」
 こんなやり取りだって、休日だからということで。


*...***...*


 名古屋 宗園(なごや・そうえん)が出かける支度をしているのを見て、及川 翠(おいかわ・みどり)は呟いた。
「宗園さん、お出かけみたいなの」
「あれ? 本当だ」
 翠の呟きを受けて、サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)も宗園を見る。宗園は、身体のラインを強調するようなぴったりとした服を身に纏い、その服装には似つかわしくない大きめの鞄に荷物を詰めていた。何を持っていくのだろうと見ていると、一瞬だけ、何やらいかがわしいものが見えた。
「…………」
「…………」
 サリアと無言で顔を見合わせる。
「まだ、何かするって決まったわけじゃないの」
「うん。まだ容疑者の段階だね」
 ぼそぼそとやり取りをしていると、準備を終えた宗園が立ち上がった。晴れやかで爽やかな笑顔を浮かべ、
「ちょっとこれから可愛い子たちを鳴かせに行ってくるわね」
 うきうきと楽しそうな声音で宣言する。
 鳴かせに、の前に、何か聞こえたような気がしたのは気のせいだろうか。そう、例えば、『性的な意味で』とか、そういう類の。
「聞き間違い?」
「わかんない……」
 再び、こっそりぼそぼそ囁き合う。いくら前科があっても、卑猥に思えても、世間の敵かもしれなくても、今はまだグレーだ。思わず本能的に武器を手にしてしまっても、我慢するしかない。
 そんな翠とサリアの反応を愉しんでからかうように、宗園は高らかに言った。
「今日はもう帰らないでたっぷりねっとり愉しんでくるから。ああ何をしようかな、鞄の中に忍ばせたアレやコレで一晩中、うふふふふふ、ふっ!?」
 笑い声の最中で、翠は龍騎士の槌を振り下ろした。間一髪でかわした宗園が、冷や汗を流しながら翠を見る。
「あ、危ないでしょっ!?」
 宗園が言い終わるか否かのタイミングで、今度は逆サイドから銃弾が撃ち込まれる。サリアだ。左腕を銃と化した彼女は、銃口を宗園に向けていた。
「グレーを通り越したの」
「限りなく黒に近いグレーだもん。もう黒でいいよ」
「なら決まりなの。撲滅対象なの」
「変態さん?」
「変態さんなの」
 淡々と、滔々と、サリアと交互に喋り。
「わっ、ちょっ、たんまっ……! い、今までのは全部冗談でっ……!」
 宗園の抗議も言い訳も、一切聞こえない振りで。
「変態さんは……変態さんはっ」
「「あっち行けぇ〜っ!!」」
 互いに武器を、容赦なく揮う。


 ひとり渦中から逃れたミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は、わたげうさぎの杏とタマを撫でながら冷めた目で宗園を見ていた。
(……本当、馬鹿ね)
 あんなことを、翠やサリアに言えばこうなることは必至なのに。
(エイプリルフールだからって、つく嘘の種類は考えなくちゃ)
 ねー、とうさぎたちに同意を求めるふりをしていると、宗園が駆け寄ってきた。巻き込まれてたまるかと、すぐに距離を取る。
「ちょっとミリアっ! タマや杏もふってないで助けてよっ!」
「自分で蒔いた種でしょ?」
「種を蒔くって卑猥よね!」
 そういうことを言うからこうなるのよ、とは言っても無駄そうなのでやめておいた。それにこれ以上、口でのやり取りにさえ巻き込まれてやるつもりはない。
 火事は、対岸で起きているからこそ平気な顔をしていられるのだ。
「ご愁傷様」
「はっ、薄情者〜っ!」