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第21章 懸念

 空京にある『冒険屋』の事務所に、レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、ロイヤルガード隊長の神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)を招いた。
 ただ優子は立場上、1人で事務所に伺うのは難しいとのことで、冒険屋の皆が利用している、1階のオープンテラスで、共にランチをとることにした。
「焼きたてですよー。どうぞ〜」
 エプロン姿のノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が、パンと緑茶を持って現れた。
「ジャムにしますか? バターがいいですか? それともクリームがお好きですか?」
 お茶を配りながらノアが尋ねる。
「ジャムとバターで」
「はいどうぞ」
 ノアは優子に、ジャムとバターを渡して、焼きたてパンが沢山入ったバスケットをテーブルに置く。
「他にも焼いていますから、お土産に持って帰ってくださいね。普通のメロンパンから、チーズクリーム入りメロンパンまで、沢山種類ありますから!」
「ありがとう」
 ちなみに、ノアが作ったパンは、何故かメロンパンばかり種類が多い。
 あとは普通のロールパンと、食パンだ。
「レンさんと、リィナさんは他にリクエストありますか? ハチミツなんかも用意できますよ」
「十分だ。とても美味しく仕上がっている」
 リィナ・コールマン(りぃな・こーるまん)は既にパンを食べ始めている。……メロンパンばかり食べている。
 ジャムやバターはつけていない。パンとミルクだけあれば十分だった。
「食後にコーヒーを持ってきてくれ」
 レンはそうノアに頼んだ。
「わかりました。それでは、ごゆっくり」
 ぺこりと頭を下げると、ノアは厨房に戻っていった。
「大した持て成しは出来ないが、ゆっくりしていってくれ」
「ありがとう、十分贅沢な持て成しだよ」
 優子はレンにそう答えて、出来たてのパンを二つに割いた。
 まだ、湯気が出るほどに温かい。
 柔らかさと温かさを楽しんだ後で、口に入れて感触と味を堪能する。

 温かなパンと緑茶の昼食をとった後。
 リィナは冒険屋の若者達を連れ、離れたテーブルに移り仕事の相談を始めた。
 ノアが淹れた食後のコーヒーを飲んで一息ついてから。
 レンは真剣な目で、優子に語り始めた。
「アレナが、剣の花嫁として光条兵器が取り出せないこと。そのことで彼女が悩んでいることは神楽崎も知っているだろ?」
「……ああ」
「その解決方法は何か? 最初、俺はその方法として、パートナーのリィナを紹介した」
 レン、そして優子はギルドのメンバーと相談をしているリィナに軽く目を向ける。
「メンタルな部分かと思い、医者である彼女のアドバイスが役立つと思ったからだ。
 しかし、アレナは首を横に振った。自分の力が発揮できないのは、ズィギルに施された『封印』にせいだからだと。
 では、その『封印』を完全に解除する方法はないのか――」
 レンはコーヒーを一口飲んで、続ける。
「知らない物には対処のしようがない。
 だが『封印』が超常の力ではなく、『技術』の範囲内で施されたものであれば、その仕組みを識ることでアレナを助けることは出来る」
 “ズィギルを追う”
 そすることで、彼が用いた技術をを識る道が開けるとレンは考えた。
「だがその足跡を追うには、彼が関わった事件を改めて紐解く必要があった。
 神楽崎、お前はあの事件がもう終わったと思っているか?」
 優子はコーヒーカップを手に考え込んでいる。
「俺は違う。あの事件に携わっていた時から感じている違和感が拭い切れないからだ」
 例えば。
 アルカンシェルが出現した際、優子があの場所にいたこと。
 それさえも、仕組まれていたことであったのではないかと。レンは感じていた。
「他にもある。その1つ1つを挙げていっても構わないが、ここで大事な事はその裏で暗躍した人間がまだ捕まっていないことだ」
 レンの言葉に、優子が眉を顰める。
「本当にそんな人間がいるのかと疑問に思うかもしれない。当然だ。
 だから、これ以降はお前自身も事件を追いかけろ」
 与えられた情報でなく自分自身で情報を集め、それが正しいかどうかを考えろ。
 相手は政府の中に居る。
 そしてお前の近くに居る。
 レンは、そう声を強めて優子に言う。
 優子は――首を左右に振った。
「あの事件に関与したものが、当時政府の中にいたことは間違いないだろう。だが、その件については、解決している。詳しくは話せないが、あの事件のことは追わないでほしい」
 一般人に知られてはならないことがある。
 ロイヤルガードの隊長――王族衛兵の現場指揮官程度の権限しか持たない自分にも。政治についての情報は流れてはこないし、深入りしてはいけない分野だ。
「情報がキミに流れていないせいで、誤解をしている部分もあると思う。大丈夫だ。キミが懸念しているようなことは、起きはしない。それに」
 優子はコーヒーを飲んで、続ける。
「アレナの状態については、私も案じてはいる。だけれど、私は彼女のことを、自分の半身だとも思っている。アレナのことは、自分自身のことでもある。
 アレナを治療することだけに専念したのなら、彼女の状態は改善するだろう。
 だが、それが正しいのかどうか、今はまだ判断がつかない。
 私には今、やらねばならないことが沢山ある。だから、自分のことは後回しにせざるを得ない」
 ゆっくり、優子はそこまで語って、息をつき。
 レンとは対照的な穏やかな顔を見せる。
「今、アレナの周りには、彼女を本当に好いてくれる友人達が沢山いる。アレナを大切に思ってくれる人たちと共に、アレナに道を決めてもらいたい。そして、私に相談を持ちかけてきたのなら、その時、意見を言わせてもらおうと思う。その意見は、多分今の私の考えとは変わっているだろうから。
 それから、医者の彼女をアレナと会わせたそうだが、私はそういう場を設けたことはないし、アレナからそのような話も聞いていない。何かの行事の時や別の対応をしながら、アレナに会わせたのなら、表面的なやりとりしか出来ていないと思うよ」
 優子はコーヒーを飲み干すと立ち上がった。
「ご馳走様。パンもコーヒーもとても美味しかった」
 レンも優子を見送る為に立ち上がった。そして、最後に。
「御堂晴海のことを忘れるな。
 彼女は鏖殺寺院のパートナーと契約したが故に人生を狂わせた。俺はお前やアレナにそうなって欲しくはない」
 レンはそう優子に言った。
 優子はぴくりと眉を揺らして。
「覚えておく」
 そう言葉を残して、帰っていった。