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そんな、一日。~台風の日の場合~

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そんな、一日。~台風の日の場合~
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8


 まだ午前中だというのに、風は強い。
 早いうちに戸締りや窓ガラスの備えをしておいて良かった、と薙がれる木々を見てハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)は息を吐いた。
 しばらく外を眺めていたが、外出している人はほとんどいない。それもそうだろうと思う。風は見ての通りだし、空は今にも大粒の雨を降らせそうだ。自分だったら外に出ない。出なければいけない用事は昨日のうちに終わらせておくだろう。
「すごい台風だね……」
 ハイコドと同じように外を見て、ニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)が言った。
「そうだね。この天気じゃ、うちに来るお客さんなんて早々いないだろうね」
 ニーナの言葉に頷き、がらんとした店内を見回してハイコドは呟く。開店休業だ。きっと今日は一日中ずっとこうだろう。できることを探したが、店内の掃除や商品棚の整理などはもう終わっている。そもそもお客様がいないのだから汚れることも散らかることもほとんどない。
 腕を組んでもう一度ぐるりと店内を見回すと、わたげうさぎに囲まれた
白銀 風花(しろがね・ふうか)と目が合った。瞬間閃いた。
「毛刈り
しようか」
「はーい。いつものですわね〜」
 風花が頷き、率先するようにうさぎ部屋へと移動する。店はどうしようか、と思ったが開けたままにしておいた。もしかしたら、誰か来るかもしれないし。
 うさぎ部屋ではすでに風花がうさぎの姿に戻っており、さらには準備万端に毛刈り用テーブルの上に座っていた。部屋にいるわたげうさぎたちは、不安そうな目でハイコドを見つめている。わたげうさぎたちの不安を解消するように風花は微笑み、「お願いします〜」と言った。
「こちらこそ、お願いします」
 ゆるりとした会話を交わしながら、ハイコドは風花の四肢を伸ばして傍の補助棒にくくりつけた。そのあと身体を一回転させ腹を向けさせ、バリカンで刈り取る。すーっと撫でるように動かし、刈った毛を取り除き、という行為を繰り返せばみるみるうちに刈られた毛が山になり、一方で風花は細い肢体をあらわにさせるのだった。
「はい、あがり」
 縛っていた紐をほどいて風花を床に下ろす。
「すっきりなのですわ〜」
 くしくしと毛づくろいをしながら、風花は言った。それはよかった、としゃがんで頭を撫でる。
「大丈夫か?」
「はい〜。ちょっと肌寒いですけど〜」
「もう寒い季節になるしなぁ。ニーナ、温かいミルクを淹れてくれる?」
「はーい」
「これで少しは温まるかな? ……じゃ、続きといこうか」
 風花が大人しく毛を刈られた効果か、うさぎたちは大人しかった。が、バリカンの電源を入れた瞬間、大きな音に驚いたのか身じろぎをする。それを押さえつけて、刈る。この一連の流れにうさぎたちが再び怯え、逃げたり、隠れたりと店を走った。刈られている子に関しては、もうやめてとばかりに涙目になってハイコドを見つめている。
「そんな目をしても駄目です。観念しなさいうさぎくん」
 ばりばりばり、と無情な音を響かせて、毛が全て刈られた。
「信、次の子をテーブルへ」
「あいよ」
 逃げたわたげうさぎは藍華 信(あいか・しん)によって捕えられ、テーブルの上に横たえられる。
 こうして順調に、毛刈りは進んだ。

「うさぎの毛刈りって面白い?」
 刈られたわたげうさぎたちにミルクを与えながら、ニーナはハイコドに問いかけた。じたばたと動くうさぎを机に縛り付けている最中だったハイコドは、「んー」と生返事だけ投げて作業に集中している。うさぎの抵抗は、毛刈りに馴れたハイコドの前にほとんど意味を成さず、あっという間に縛りつけられてしまった。
 その、縛られたわたげうさぎを前にしてハイコドは、
「ニーナもやってみるといいよ」
 と言った。
「いいの?」
「いいよ」
「わぁい」
 バリカンを受け取って、まじまじと見つめる。わたげうさぎは大人しくて、それがニーナには意外だった。スイッチを入れてみても動かない。
「静かでしょ? これバリカンの音にビビってるだけなんだ」
 疑問に答えてくれたのは信だった。そうなの? と目を丸くする。縛られていたら抵抗もできないし、まあ怯えるくらいしかやることはないのかもしれない。
「ニーナ。うさぎくんが涙目で憐憫を誘っても情けはかけないように」
「いえっさーボス」
 ハイコドの注意にきびきびと答え、ニーナはバリカンをわたげうさぎにあてがった。ずっとやり方を見ていたからできそうだと思ったけれど、これが案外難しい。
「んん、んー。んー?」
 唸りながらの悪戦苦闘が終わってみれば、多少いびつに毛が残ったとげとげしいわたげうさぎが机の上に伸びていた。わたげうさぎも仕上がりを察しているのか、多少困り顔でニーナを見上げている。
「ごめん。うさぎくんごめん」
 謝ると、いいよ別に、とばかりに小さく鳴かれた。気を遣わせてしまったようだ。いっそうへこむ。
「……、……いいですよニーナさん。俺がやっておきますから」
 見かねた信が鋏を手にしてうさぎの毛を整えてくれなければ、一匹だけ相当可哀想な有様だっただろう。
 ほっとする反面、自分の不器用さを不甲斐なく思うのだった。

 わたげうさぎたちの毛を刈り終えたのは、それから数時間後のことだった。
「疲れた……何羽いるんだ、うちのうさぎくんたち……」
 コーヒーを飲んで休憩を取りながら、ハイコドはわたげうさぎの数を数えた。いち、にい、さん、よん――
「に、にじゅういち? そりゃ疲れる……この家ってこんなにうさぎくんがいたのか……」
 刈った毛だって山になって当たり前だ。ベッドが作れそうなくらいある。量だけでなく質もいいらしく、毛の山に抱きついたニーナの尻尾がぱたぱたと揺れていた。
 マグカップの中身が空になると、ハイコドは椅子の上で背伸びをした。やっぱり、疲れている。けれどやってしまわなければ。
「信! 倉庫から羊の毛を持ってきてくれ!」
「おお。始めるのか」
「うん。糸紡ぎ開始だ。今日は夜までかかると思え!」
「「おー!」」
 意気込みを言葉にすると、全員一丸となった返答があった。この意気なら、思ったより早く終わるかもしれない。
 早く終わったら、手伝ってくれたみんなを労おうか。お茶を淹れたりお茶菓子を用意するくらいしか出来ないけれど。
 こうして、台風の日でも普段と変わらず『いさり火』の一日は過ぎていった。