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Buch der Lieder: 歌を忘れた金糸雀

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Buch der Lieder: 歌を忘れた金糸雀

リアクション

 本部と交信するレフ・ストラヴィンスキー一等軍曹が視線を向こうに固定したまま合図を送ってきたのに、遠野 歌菜(とおの・かな)は敵の真正面へ飛び出した。
 敵――、恐らくは何者かの影響で操られていると言っていいのだろう相手は、ハインリヒと背格好の近い年の頃は高校生くらいの少年だったが、腰に下げた装備品や、筋が見える程しっかりした首から肉体を行使する戦士である事が見て取れた。
「――やはりワールドメーカーでは無いのかな?
 それにしてもこの声……確かにハインリヒ君のものだわ。
 どういうことかな。別人の声で歌う事が出来るなんて、有り得ないのに」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は自ら出した結論に、眉を顰めている。
 リカインと同じワールドメーカーが、人を苦しめる歌を響かせている。長らく歌に関わってきた身として、この状況は気持ちの良いものでは無かったし、まともな状況でないのは考えるまでもないだろう。
 何時もならば問答無用で「成敗!」と攻撃に出る空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)も、常のやり方を封印して歌菜が作る隙――タイミングを見計らっている。
 歌菜が提案した彼女自身が囮となる作戦を聞いた時、月崎 羽純(つきざき・はすみ)は反射的に反論しようとした言葉を飲み込んだ。夫としては心配の二文字しかないが、パートナーとしての彼は歌菜の腕を信用しているから、今は彼も動かないのだ。
 ハインリヒの声で歌い続ける少年は、歌菜の動きを目で置いながら背にしていた建物の外壁を指先で撫でる。
 するとその灰色の壁は一瞬のうちに獅子へ姿を変えた。
「アニメイト――!」
 灰色の獅子を見てリカインは直ぐにワールドメーカーのスキルを思い当たった。
 生命を吹き込まれた壁は歌菜へ襲いかかるが、彼女は怯まずに短槍の柄を長く持ち空いた中央を食わせるように獅子の口へと突っ込んだ。
 閉じた歯を開き歌菜の手ごともぎとろうとする獅子だったが、防御力を上げた歌菜はその勢いを足を踏ん張り耐える。
「こんな緩い攻撃じゃ、私達は止められませんよ!」
 挑むような声に、媒介の少年がそちらへ釘付けになっている。
「今だ!」
 羽純の声に、背後から飛び出してきた狐樹廊が、少年を眠りへ誘った。
 レフが前へたたらを踏んだ少年を腕で抱きとめると、少年は激しく咳き込みながらも、動きを止めている。
 体力が尽きかけていたところへのヒノプシスが、少年を操る何かに勝ったのだろう。腕にかかる体重が、段々と重くなってきた。本格的な眠りに落ちようとしているのだ。
「精神を乗っ取られていたら、効かない可能性もありましたが……良かった」
 歌菜がほっと優しい吐息をはいたのに、レフは小柄な身体ながら自分より大きな少年をひょいと肩に抱えた。
「俺こいつ病院に運ぶから――」
 皆迄言わずとも分かる内容に、羽純が「ああ」と答える。こうして彼等は次の地点へ向かって行った。



「スタンクラッシュで全力でふっ飛ばすよ! 女子力女子力!」
 明るく言ってのけたルカルカ・ルー(るかるか・るー)の提案に、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)コード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)が次々口を開く。
「ルカの攻撃力だと打撲で死にかねないぞ」
「女子力って一体……」
 苦い顔の二人のパートナーにルカルカは「峰うちだよ、殺さないんだからっ」と慌てるが、神崎 輝(かんざき・ひかる)神崎 瑠奈(かんざき・るな)一瀬 真鈴(いちのせ・まりん)、合流した食人は目を反らした。彼女の恐るべき攻撃力を以てすれば確かにこの場を切り抜けるのは容易だろうが、使い方を誤れば今は敵だが恐らく『被害者』である青年への負担は計り知れない。
「下手に手加減して逆にやられちゃったら意味がないのですが……。
 なるべく手荒な方法はやらない方が良いと思います」
 輝は言いながら、媒介となっている青年を影から見ていた。
 音はブレも無く、声はとても甘やかに響くが、青年の瞳からは涙が溢れている。瑠奈はそれを見て眉をハの字に下げた。
「あの人とっても辛そうです、あんな歌ずっと歌ってたら体も危なそうなのです……。
 輝お兄ちゃん、長引く前に急いで止めますにゃー!」
「うん、任せたよ」
「怪我させずに止める方法で……何とかできるよう頑張るです〜♪」
 
 先に動いたのは真鈴だった。
 そう青年には思われた。が、歌い続けながら青年は息を呑む。彼の背後にダリルが現れたからだ。
 ダリルが取り出したPキャンセラーという能力を封じる道具から逃れようと走る青年に向かって、真鈴は威力を下げた雷を周囲に散撒いて誘導する。
 こうして青年が知らず向かった先で待っていたのは、食人のトリモチだった。
 足を取られた事で瞬間歌が止むと、それと同時に瑠奈がしびれ粉を散布した。
 トリモチの中にがくがくと膝をついた青年の身体を、瑠奈に従う忍び蚕が吐き出した強靭な糸で拘束する。
 あとは歌菜やリカインたちがそうしたように彼を眠らせるだけだった。

 全てが終わる頃に、『本部』と通信を終えたスチュアート・パーカー上等兵が状況を伝える。
 こちらとほぼ同時に敵と当たった一カ所は、既に戦闘を終えたらしい。
「――残り三カ所。二カ所はもう別の班が向かってくれています。
 我々の次の目標は此処です」
 言って、スチュアートは地図のある建物を指差した。それは空京の中でも一番二番の高さのビルだ。
「チュバイス少尉から、必ず単独班で行動しないようにと言われましたから、予定通りに。まずこの地点で一班と合流しましょう、ええと――」
 装備品を確認しながら続けるスチュアートを、輝が覗き込む。
「そこにハインリヒさんがいるんですか?」
「ミリツァの『反響』によると、五カ所の中尉は空京の街を囲む様に動いていたんです。今見た感じ、この五カ所で例の歌が歌われてるのは間違い無いでしょう。だから……一種のサラウンドみたいなもんですかね…………」
 地図上に点を線を描きながら、スチュアートは続ける。
「フロントスピーカー左右にセンタースピーカー、反対側にリアスピーカーが二つで5.1ch。なんて冗談言ってる場合じゃないけど、冗談でもないか。
 兎に角このフロントスピーカーは動いてない、と、考えると……」
「これが本物の可能性が高いって事か」
 食人の合点がいったという反応に、スチュアートが頷いた。
 状況を纏めている彼等の横で、忙しなく視線を泳がせていたルカルカに気付いて、ダリルガ見咎めるような表情を向ける。
 ――何を焦り、怒っている?
 そう聞かれたような気がして、ルカルカは自分の中で思いを昇華しようとしていた。
(なにに怒ってるのか自分にも分かんないわよ。
 多分、こうなって初めて知ったってことに?
 このもやもやした想いは彼を助けてから考えるよ)
「さ、ハインリヒを迎えに行くわよ!」