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そんな、一日。~九月某日~

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そんな、一日。~九月某日~
そんな、一日。~九月某日~ そんな、一日。~九月某日~

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8


 その日、七刀 切(しちとう・きり)は朝から人形工房に来ていた。
 まだ午前中、工房の開店とほぼ同時に黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)を連れてやってきて、昼食をみんなで食べ、そして今、おやつの時間に差し掛かろうという時間になってもただ黙々と作業をこなしている。
「きりおにぃちゃん、おちゃのむ?」
 とクロエが気にかけてくれるのが、家と違って温かい。
「ってワイ、この感想寂しい……!」
「?」
「あ、なんでもないよー。独り言独り言」
 ひらひらと手を振ると、「そうだぞクロエ」と音穏からの横槍が入った。
「切に対しては『お構いなく』を言葉通り実践して構わない」
「ひどくない音穏さんワイへの風当たり強すぎない」
「通常運行だな」
 さらりと返された一言に、確かにそうですね、とから笑いで答えて作業に戻る。
「そういえば、きりおにぃちゃんはあさからずっとなにをつくっているの?」
 続いてそう言われ、「んー」と切は生返事で間を取った。
 ちくちくと縫い進めていた手を一旦止め、
「ハロウィン用の衣装だよ」
 切は、クロエに向き直って答えた。
「裁縫など家でも出来そうだと思っただろう」
 すかさず、音穏がクロエに囁いた。やめてー、と切は止めてみたが、当然音穏は止まってくれなかった。音穏はこちらをちらりとも見ず、クロエに続けて言う。
「切は家だとサボり魔になるのだ」
「さぼりま?」
「いやぁ……家には誘惑がたくさんあるから」
 家で作業するとなると、少し疲れればベッドの誘惑に負け、休憩の合間にゲームに手を伸ばし、しまいには「まだ幾日あるし平気平気」と楽観視し……つまり、作業が進まないのだ。ハロウィン用の衣装だって、本当は九月頭から準備を始める予定だったのに。
 もっとも今回のハロウィンは、最初に気付いてこうして家を出てきているので十分先を見越して動いている、と切は思っていた。何しろ前回も前々回も用意をおざなりにして色々と残念なことになっている。「事前にちょっとずつ作れば当日慌てなくて済むからねぇ」
 作った小物をクロエに宛てがってみせると、クロエは楽しそうににっこりと笑った。それを見て、切も、音穏も微笑む。
「どんなのをつくっているの?」
「それはまだ内緒。当日までのお楽しみー」
 完成した小物を鞄の中にしまいながら、切は悪戯っぽく笑って答えた。今年も、衣装から小物までまるっと手作りの予定だ。クロエに宛てがってみせたのは、クロエの分の衣装も作って当日二人を驚かせるのもいいな、と思ったからだった。だから今、教えてしまっては勿体無い。
「ふっふー。今から楽しみだねぇ」
 楽しそうに言うと、音穏から「切のくせに生意気だ」と言われた。
 不条理だー、と思ったけれど、それすら気にならないくらいのうきうきとした気持ちだった。


 正直今日は浮かれている、と音穏は思う。
 だから、いつもより口がよく動く。切への突っ込みも、今日は理不尽だったり辛口だったりもする。いつものことでもあるのだが。
 それはクロエにも伝わっていたようで、二人でソファに座った際に、「ふふ」と笑われた。
「ねおんおねぇちゃん、きょう、なんだかたのしそう」
「久しぶりにクロエに会えたからな」
「ほら。いつもならそんなこと、いわないもの」
「…………」
 とっさにいい返しが出来たと思ったが、それすら範疇だったらしい。何も言えなくなって、音穏は天井を仰ぐ。
「ハロウィンが、楽しみだ」
「それがりゆうだったのね」
「子供っぽいか?」
 クロエを見ると、クロエは首を横に振って答えた。
「ううん。こういうのって、たのしんだほうがいいとおもうわ」
「ならば、クロエも楽しみか?」
「もちろんよ。ハロウィンじゅんびもたのしいわ」
 クロエはそう言ったが、工房ではまだハロウィンの飾り付け等、楽しそうなことはしていないように思える。
 音穏が不思議そうにしていると、クロエはくすぐったそうに笑って、音穏の耳に顔を近づけた。
「あのね。こうして、じゅんびのためにねおんおねぇちゃんやきりおにぃちゃんがきたりするのが、うれしいの」
「……ならば、明日も切を引っ立てて来よう」
「ほんとう?」
「ああ。望むなら毎日だって来る」
 家にいたら作業が進まないと言うのなら、ここぞとばかりに連れて来よう。
 多少強引になるだろうから、からかわれそうなものだけど。
「クロエが喜ぶことなら、我はなんだってする」
 そう言って音穏がクロエの髪を撫でると、クロエは気持ちよさそうに目を閉じた。
 猫みたいな仕草だな、とクロのことを思い出した。