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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●教え子の結婚式

 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)はネクタイの位置を正して、チャペルの絨毯に足を乗せた。黒のスーツは礼服、胸元からは白いハンカチーフ、さらに魔法学校のストールを両肩にかけて革靴で歩む。肩幅があるのでスーツが似合う。まるで男性ファッション誌から抜け出してきたように隙一つない正装姿だ。
 アルツールと腕を組んで歩くのは、愛娘のミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)である。ミーミルも今日は大人っぽいドレスに身を包みショールを巻いているため、傍目には親子というより、カップルのように見えるかもしれない。
 同じくスーツ姿の司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)が入口でふたりに合流する。
「実に良い天気だ。晴れの日にふさわしい」
 詩を吟じるようにそんなことを言うと、司馬仲達は口髭を撫でつけた。このところ髭にも白いものが混じりはじめている。
「司馬先生、まだあと七〜八年は間があるかと思っていたが……思った以上に早くこの日が来ましたね」
 そうじゃの、と仲達は笑った。
「じゃが慶事なら、どれほど早くてもよいもの。とりわけ、教え子の結婚式なら」
「あら、あの方は」
 来客控え室をミーミルが指した。そこにはやはり、ちっちゃなモーニングで正装したぬいぐるみ、すなわちゆる族カエルの カースケ(かえるの・かーすけ)が手を振っていた。
「いやあ、先生がた、ようおいでやす〜。ミーミルはんも今日は一段と綺麗やねえ」
 などと言うカースケはんは、ほとんど親戚のおじさん状態である。
「ありがとうございます。カースケさんこそ素敵ですよ」
 とミーミルは彼を抱き上げて訊く(なにせカースケは身長が数十センチしかないのだ)。
「ところで花嫁さんの様子は?」
「あー、さっきちょっと覗いたけど、まあ緊張してるみたいやねえ」
「そうか。しかし一生一度の舞台だ。緊張するのも仕方ないだろうね」
 言いながら無意識的に、アルツールはミーミルの肩に手を置いていた。
 どうしてもこういう場面になると、娘の父として考えてしまう。
 いつかミーミルにも良い人が現れるだろうか――と。
 ミーミルに晴れの日が訪れて出席する段になっても、自分は冷静でいられるだろうか、いささか自信はなかった。
「さあ、そろそろやて。行きまひょか、両先生にミーミルはん
 本日は結婚式、教え子小山内 南(おさない・みなみ)の。
 新郎は七枷 陣(ななかせ・じん)、彼にはすでにふたり妻がいるというから、南は三人目になるという。けれども南の要望で、本日この式が設けられたのだという。
 なお法的には事実婚というかたちをとり、改姓はしないとのことである。
 式は厳かに幕を開けた。
 父親がわりのカースケにエスコートされて、ウェディングドレスの南があらわれた。カースケは背が足りないので背の高い電動車椅子のようなものに乗っているが、その滑稽さなどすぐに気にならなくなる。
 美しい姿だった。
 長いドレスのまばゆいまでの白さは、南の無垢さを表現しているようだ。
 何年も彼女を見てきた師として、アルツールも少し胸が詰まった。
 芯が強いようで本当は寂しがり屋、控え目でいつも、誰かの影に隠れるようにしていた南、どこか頼りなくて、争いになるくらいならなんでも他人に譲ってしまうような彼女が、今、手にした幸福を満天下に示すがごとく、主役として祝福と称賛を浴びている。
 歩みはどこか堂々としていて、ようやく得た愛と幸せを心から味わっているかのように見えた。
「綺麗ですね」
 ミーミルがそっとアルツールにささやいた。憧れの眼差しである。
「あのとき救えた命が、こうして幸せをつかむ姿を見ることができた……実に感慨深いものだな」
 アルツールも小声で返した。
 今ほど、自分の行動を誇らしく思った瞬間もない。
 ふと見ると、仲達は黙って目を潤ませていた。
 狼顧の相などと言われ、なにかというと老獪だの乱臣賊子だのと呼ばれてきた彼とて、やはり人の子(英霊だが)なのだ。アルツールは見なかったことにして花嫁の姿を目で追った。
 誓いの言葉が交わされ、南は陣の妻となった。
 リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)小尾田 真奈(おびた・まな)、すなわち陣のふたりの妻も、まぶしいような目をして南を見ている。
 式場の扉が開いた。
 外に移ると、アルツールはミーミルに微笑みかけた。
「さ、ミーミル。そろそろブーケトスの時間だ。良さそうな位置について準備しなさい」
「えっ? 行っていいのですか?」
「もちろんだ。お父さんは、ミーミルたちもいつかいい人に出会えて、今よりもっと幸せになれることを願っているよ」
 アルツールが『ミーミルたち』と行ったのは、娘の聖少女全員のことを考えて口にした言葉だ。
 南が大きく投じたブーケは勢いよく空に舞い、ミーミルの頭上を越えて……、
「む? 私か?」
 ブーケトス組に参加していなかったアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)の胸元にすとんと落ちて受け止められていた。その様子があんまり可笑しかったのか、横でエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)がお腹を抱えて笑っている。
「これはもう、いよいよ覚悟をきめたほうがいい、ってことですよぉ〜」
「か……覚悟といっても、のう」
 アーデルハイトはなにやら困ったような、それでいて嬉しいような、なんとも複雑な顔をした。思い当たるところがないというわけではなさそうである……!
 披露宴は、ささやかな規模ながらエリザベート校長をはじめとする魔法学校関係者、それに、ローラ・ブラウアヒメル(クランジ ロー(くらんじ・ろー))ら蒼空学園関係者で埋められたなんとも豪華な顔ぶれのものとなった。
 レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)も青いドレスを着て、エリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)と一緒に出席している。
 そんな中、南の師として乾杯の挨拶を行ったのは司馬仲達である。
 師匠といっても勉学の師というよりは、今やパラミタ雀界でも屈指の実力者となった南に麻雀を教えた師としての意味合いのほうが大きい気もするが、それはともかく、
「えー、思えば初めて会った頃の彼女は傍目から見ても危ういところが残っており、ワシも随分心配したものです」
 マイクを前にちょっとだけ固くなりつつ、それでも爽やかな弁舌を仲達はふるった。
「だが、今や彼女は強くなり自分の力で歩いてゆける力と精神力を身につけた。そしてこれからは人生の良き伴侶を得て、益々の磐石な人生を送られることでしょう」
 仲達はグラスを掲げた。
 アルツールも、ミーミルも、すべての参加者が掲げた。
「ご来場の皆様、二人の新たな門出を祝い、盛大な拍手を!」