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横山ミツエの演義(第2回/全4回)

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横山ミツエの演義(第2回/全4回)

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珍客とミツエの目標


 大軍が通るために参道の強化──それが、宇都宮祥子の提案だった。
「ミツエ様、かくかくしかじかのまるまるうまうまというわけで工事をしようと思います」
「名案ね」
 というやり取りがあったとか言われているが、とにかく祥子は一万人の兵を率いて実行に移った。資材はどこからかミツエが運ばせてきた。
 だいたい五人一組で命綱を結び、参道脇に木の杭を打ちロープを巡らせていく。脆そうな箇所は鉄板などで補強。
 これで進軍中や戦闘中に誤って落ちる者は減らせるだろう。パラシュートの世話になるなど、できれば御免こうむりたい。
「要塞周辺の穴もふさげたらいいのだけれど……」
 雲の中の工事とはいえ、これ以上進めば待機しているという魔法部隊の攻撃を受けてしまうかもしれない。
「今は無理しない方がいいわね」
 そう結論したが、祥子はそれならいつどうやって着手しようかと考えを巡らせた。
 そんな工事も終盤に差し掛かった頃、流れる雲に乗って誰かの話し声が聞こえてきた。

「もう充分ですわ。戻りましょう」
「そなたは本当に心配性じゃのう」

 この内容から祥子は味方ではなさそうだと判断した。敵とも言い切れないが怪しい。

「ヴェルチェ、ミツエ達は参道の補強工事をしておるぞ。……うむ、わかった」
「ヴェルチェ様は何と?」
「もうしばらく様子を見ろということじゃ」

 エペに手をかけ、祥子は近くにいた兵を十名ほど手招きすると、雲の向こうを指差して無言で指示を出した。
 頃合を計り、祥子は一気に雲の中を声の主へと突き進んだ。
「そこの者、おとなしくなさい!」
 威圧的な声を発しエペを突きつける。周りは屈強な不良達が工事道具などで囲んでいる。
 ようやく姿があらわになった二人のうちピンク色の髪の女が、連れの気の強そうな女に泣きつくような恨みがましそうな目を向けた。
 クレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)は顔色一つ変えずに祥子を見据える。
「無礼者、わらわを誰と思うてか!」
「この状況でそれが言えるとは、豪胆なのか馬鹿なのか。あなたが誰かは知らないけど、ここで何をしているの?」
「ふん、無知な娘じゃ。わらわはクレオパトラ七世じゃ。ここには偵察に来ておった」
 小馬鹿にしながら質問に素直に答えるクレオパトラに、祥子は一瞬虚を突かれたがすぐに気を引き締めた。
「誰の命で偵察を?」
「ヴェルチェじゃ。あやつもこの島におるぞ。どうやらこの戦いの行く末が気にかかるらしいな」
「姿を見せればいいのに」
「照れ屋なのじゃよ」
 そう言って明るく笑うクレオパトラの傍で、クリスティ・エンマリッジ(くりすてぃ・えんまりっじ)は額を覆って天を仰いでいた。
 祥子はしばらく思案した後、特に縄をかけることはせずに兵で囲むだけにして本陣へ連れて行くことにした。
 ついでに二人の携帯は没収しておいた。
「だから戻りましょうと申したではありませんか」
「大丈夫じゃ。何とかなる」
 工事も終わり本陣へ連行中、クリスティとクレオパトラはずっとこんなやり取りを繰り返して、祥子を苦笑させていた。


 ミツエの天幕の前に連れ出されたクリスティとクレオパトラ。
 祥子から事情を聞いたミツエは、嫌そうに顔をしかめた。
「ヴェルチェって、あの手紙寄越した人よね。ふうん……」
 関が原の時を思い出したミツエは、ふと意地悪そうな笑みを浮かべた。
「パラシュートの効果を試してもらうってのもいいわね」
「みっつん、それはかわいそうでしょ」
 女の子だよ、と訴える伊達恭之郎。
「ほんの冗談よ。それじゃあ恭之郎、この二人を預かってちょうだい。丁重にね。それから祥子、工事の方ご苦労だったわね。これで安心して進軍できるわ。島内に入ってからもできるかぎりお願いね」
「お任せください」
 工事の間に進軍の準備は全て整えられている。
 ミツエが一声号令をかければいつでも発てる状態だ。
 行くか、とミツエが動こうとした時。
 イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)がやや早足にやって来た。
「出立前にすまないが、関が原でこちらに敵対していた者を捕まえたという男が訪ねてきたが、どうする?」
 イリーナは表情にこそあらわにしないが、怪しい、と言葉の雰囲気が言っていた。
 ミツエもそう思ったが、まずは会ってみようと思った。

 ロープでぐるぐる巻きにされ猿轡を噛まされている女の子を連れてきたのは高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)だった。
「ハジメマシテ、高崎悠司デス。関が原で剣の花嫁を唆そうとしたのは、こいつだ」
 そう言ってレティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)をミツエの前に突き出す。
 レティシアは顔を真っ赤にして何かを訴えているが、口を封じられているため何を言っているのかわからない。
 悠司はといえば、ここに連れてこられるまでにも見た軍の様子を、改めて見回していた。
 そして、一人で納得したように「ふぅん」と小さく漏らす。
「前よりはマシになったんじゃないの? あの時は数に任せて作戦も何もなかったからなぁ。しっかりしたのが付いたのかな?」
 値踏みするような悠司に、ミツエは不快そうに目を細めた。
「そんな顔するなよ。この犯人を手土産に、ちょっとあんたの話を聞きたいと思って、わざわざやって来たんだからさ」
「あの時の敵対者を捕まえてきてくれたことには礼を言うわ。それで、話って?」
 誰かが気を利かせて持ってきた折り畳み式の椅子に腰掛けながら、悠司はこれまでのふざけた調子を引っ込めて切り出した。
「中原統一を目指す理由と、統一後のことだ」
 それは、誰もが聞きたかったことだった。
 イリーナや姫宮 和希(ひめみや・かずき)と共に作戦を考えてきた風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)もそうだし、恭之郎も同じだ。
 真剣な様子の悠司に、ミツエも真剣に答えた。
「あたしの目標はパラ実を率いての中国侵攻。そして、あたしの王朝によって中国を統一する。それが目標よ」
「中原って、比喩とかじゃなかったってわけ?」
「当たり前よ。……”あの男”を十三億の頂点から引き摺り下ろしてやるのよ」
「その見返りにおっぱい揉ませるのか」
「……ず、ずいぶん広まったのね、それ」
 ここに来るまでに兵達はそれで盛り上がってたことを悠司は伝えた。
「なるほどね。よし、聞きたいことは聞けたし、そろそろ……」
 逃げるぞれち子、と言おうとした時だ。
 諦めずにもがいていたレティシアのロープが何かのはずみで緩んだ。
 あっという間に自由を取り戻したレティシアは、素早く猿轡もはずして投げ捨てると、かわいい顔を目一杯怖くしてホーリーメイスを振りかざした。
 あ、と思った時には悠司は鈍い音と共に傾いでいた。
 遠くなっていく意識をどうにか手繰り寄せ、悠司はこれが最期とばかりに言葉を残す。
「攻め落とした後に気をつけろ……。サーバのデータを保持するのは……親衛隊とかに、しとけ、よ……」
 とうとう気を失った悠司の横で、レティシアは勝利のポーズをとっていた。
 呆気に取られている周囲に構わず、レティシアは大真面目な顔でミツエに味方宣言をした。
「ミツエさん、ボクこいつに騙されてたけど、これからは味方だから! こいつのことは放っておいていいよ。どうせたいしたこと考えてないんだからさ」
 ひどい言われようの悠司だったが、ともかく味方が増えたのは喜ばしいことだった。


 作戦の最終確認を終えた姫宮和希とミツエのもとに、水筒を抱えたレロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)が小走りにやって来た。
「良かったです。お二人とも、まだご一緒でしたね」
 息を切らせながら言うレロシャンに、和希とミツエは何かトラブルでも起きたのかと思った。
 しかしレロシャンはかわいらしく微笑んで、抱えていた水筒を差し出した。
「これは私の聖水です。お守りになればと思いまして。ぜひ飲んでみてください」
「……誰の、何だって?」
 若干頬を引きつらせて聞き返した和希に、レロシャンは少しうつむきどこか恥ずかしそうに繰り返した。
「私の……聖水、です」
 和希とミツエは顔を見合わせた。
 どう解釈したらいいのか、と目で尋ねあうが答えは出ない。
 レロシャンは顔を上げて、憧憬の眼差しを二人に向ける。
 そんなふうに見つめられては、聖水の成分を詳しく尋ねたり断ったりできるはずもなく。
「あ、ありがとう」
 ミツエは何とか笑顔を作って受け取った。
 嬉しそうに微笑んで自分の隊へ戻っていったレロシャンを見送った二人は、意味もなくへらりと笑った後、コップに等分に聖水を注ぎ意を決して同時に飲み干した。
 気力を目一杯使った代わりに得たものは何だったか。
 今はまだわからない。