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横山ミツエの演義(第2回/全4回)

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横山ミツエの演義(第2回/全4回)

リアクション


陽動作戦で引き付けろ


 呉軍の異様なほどの熱気は蜀軍にも伝わってきた。背後から押し包むように。
 そして、その高揚感は兵達に伝播した。
 何かに突き動かされるように各々が武器を掲げ、声をあげる。
 それは先頭を走る劉備も例外ではない。
「いい感じに盛り上がってきたじゃねぇか」
 と、愛用の血煙爪を鳴らす王 大鋸(わん・だーじゅ)。珍しくシー・イー(しー・いー)も低く笑っている。
 敵も念の入ったことで、後ろ側にも城壁と地上とに敵兵がずらりと待ち構えていた。
「行け! 張将軍! 踏み潰しちゃえ!」
「拙者まだ初期レベ」
「いっけぇ〜!」
 夏野 夢見(なつの・ゆめみ)も背後からの熱気に浮かされた一人だった。張遼 文遠(ちょうりょう・ぶんえん)は諦めて腹を括ると、夢見から預かった五千の兵と合わせて一万を率いて地上の敵兵に突撃していった。
 城壁の魔法部隊はシー・イーが引き受けるという。
 ただ突き進んでいるように見える張遼が時折進路を変えたりするのは、そこに太平洋へ真っ逆さまの穴があることを見抜いたからだ。
「このような稚拙な工作で拙者の目をごまかせると思ったでござるか!?」
 それでもついてこれない味方の幾人かが落ちてしまうのは仕方がない。
 張遼の勇姿を後ろから見つめながら、夢見は自分も応援することにした。
 サイドカーのアーシャ・クリエック(あーしゃ・くりえっく)にニッコリと微笑みかけながら、見透かしたように言った。
「もしかして、クリエック将軍も血が騒いできたかな?」
「じょ、冗談もほどほどになさってください」
「え〜? でもその手のホーリーメイスは?」
 夢見の指摘にハッとして、アーシャは慌てて武器を背に隠すも、もう遅い。
「これは、万が一の時に夢見を守るためですわ」
「ふふふ。ありがとね。よぅし、張将軍へエールを!」
 夢見の合図と同時に、蜀軍をイメージした緑色の服やバイクの不良達がいっせいにクラクションを鳴らしたり、エンジンの空ぶかしをし始めた。
 一万人のそれは、まさに大気を破壊するほどの衝撃だった。
 そうすることを知っていた劉備達でさえ、予想以上の凄まじさに驚いて目を丸くしたのだから、敵側はもっとショックを受けたはずだ。
 その証拠に超音波のようなクラクションの嵐に、城壁から何人か墜落してくている。
「耳が痛いっ、くさいっ」
 自分の作戦に自分もダメージを受ける夢見。
 シー・イーもくらりと傾いている。
 逆に闘志にますます火がついたのは張遼と大鋸だった。
 クラクションと空ぶかしを追い風に、ショックで固まっている敵の不良達を次々となぎ倒していった。
 二人に加勢しようと、八月十五日 ななこ(なかあき・ななこ)も一万の配下に指示を出した。
「敵兵を倒し、城壁を壊すのにゃ!」
 雄叫びを上げ、地響きを立てて突っ込んでいく軍勢。すっかり晴れた雲の代わりに土埃が立ち込める。
「ふっふっふ。敵の目があっちに集まってる隙に、あたしは城内に侵入するもんね」
 乱戦の場から視線を上に向け不敵に笑うななこだったが、やがてその笑みは静かに引いていった。
 重大なことに気づいてしまったからだ。
「どうやってあの高い壁を越えるか、考えてにゃかったよ……」
 孔明の罠か!?
 などととぼけた唸り声を出していると、何やら困ってるらしい様子を察したのか夢見とアーシャがバイクを寄せてきた。
「他の軍では組み体操や人間梯子で越えようとする人もいるそうですよ」
 アーシャが教えてくれた情報に、ななこは手を打つ。
「よーし、あたしもやるよ! アーシャ、ありがとねっ」
 アーシャが返礼をする前に、ななこは戦い真っ最中の配下のところへスパイクバイクをかっ飛ばしていった。
「大丈夫かな、あの子」
「さあ……」
 夢見とアーシャの呟きは、あっという間に姿が見えなくなったななこに届くことはなかった。

 騒音の域などとうの昔に突破した応援による思わぬ効果で優勢に立った自軍を、それでも気を緩ませることなく見守る劉備に時雨塚 亜鷺(しぐづか・あさぎ)はそっと声をかけた。
 亜鷺はこの戦いでも劉備のもとにいた。劉備はそれを拒まなかったし、歓迎すらした。もっともそれは、関が原の時の亜鷺の企みを知らなかったからかもしれないが。
 呼ばれたことに気づいた劉備は、やや表情を緩めて亜鷺を見る。
「ミツエ軍に万が一のことが起こった時のために、即座に救出体勢のとれる隊がいると思うんだけど……」
「関が原の時のことですね」
 確認のような問いに頷く亜鷺。
「何かあれば優斗さんから伝令が来ることになってますが。それに今回は兵がついてますし」
「でも、起こってからじゃ遅いんじゃない? ミツエさんがやられちゃったらオシマイでしょ? それに、あの人自身も攻め込むんだし、多い方がいいよ。こっちは優勢なんだし」
 真摯に言う亜鷺の言に、劉備は視線を戦場に戻す。
 確かに一理あった。
 ミツエの向かうのは十メートルのティターンだ。
 攻め手の数は多い方がいいだろう。
 城壁が陥ちても大将の軍が全滅では元も子もない。
「そうですね。では、シー・イーさんに加勢に行ってもらいましょう。彼女の分は私とあなたで埋めますよ」
 劉備はシー・イーにこのことを告げると、彼女は動ける自隊の者を手早くまとめてミツエ本軍へ向かっていった。
 そして、劉備と亜鷺は戦場へ走る。
「亜鷺さん、あまり無茶をしてはいけませんよ」
「隠れてるから大丈夫。ボクの隊は任せたよ」
 茶目っ気たっぷりに言った亜鷺に、劉備は小さく苦笑した。