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横山ミツエの演義(第2回/全4回)

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横山ミツエの演義(第2回/全4回)

リアクション



油断


 落ち込む菊に、やったのは工作員よと励ますような声をかけたミツエは、それでもうつむいたままの菊を優斗に預けて動ける者がどれくらいいるか確認に行った。

卍卍卍


 再び雲が広がってきた。じきに視界が白に閉ざされるだろう。
 風祭 隼人(かざまつり・はやと)はその雲を利用して地に伏すように迫り来る五千を待ち伏せしていた。優斗から敵将は幻 奘だと聞いていた。
「──来た」
 姿勢を低くしているせいか、たちまち接近してくる大勢の足音がより身近に感じられる。
 隼人は飛び出しそうな配下の不良達を、手で制して抑えた。
 目の前十数メートルを幻 奘隊が駆け抜けていく。
 その最後尾が通り過ぎた時。
「今だ、かかれー!」
 今か今かとその号令を待ちこがれていた兵達が、雄叫びをあげていっせいに敵兵の背後に食いついた。
 幻 奘がハッと振り向いた時にはもう遅く、隊は後ろから混乱状態に陥り、さらには前からも合わせたように火口の隊が襲い掛かってきた。
「待ち伏せされてたアルか!」
 幻 奘はどうにか隊を立て直そうとしたが、もはや言うことを聞くような状態ではなかった。

 隼人から敵兵を返り討ちにしたと連絡を受けたアイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)は、自分達のほうももうじき片が付くと返す。
「敦を脅したのが仇になったってとこね」
 隼人の隊もアイナの隊も食中りの被害を受けていたが、作戦で何とかカバーしていた。
 火口と董卓は隼人と協力して敵を挟み撃ちに行っているため、兵糧を守っているのはアイナの隊だ。
「こう言っちゃ悪いけど、董卓のほうが厄介だよね。常にいるんだもん」
 アイナがここで忍び笑いをしていることなど、もちろん董卓は知らない。
 そこに、支倉遥、ベアトリクス・シュヴァルツバルト、伊達藤次郎正宗を捕まえたクルト・ルーナ・リュングがやって来た。
 敵襲で騒然となった隙に雲隠れしようとしていたところを、クルトに阻まれたのだ。
 狙ったようにパートナーの白菊珂慧から連絡がくる。
「僕のごはんは無事?」
「大丈夫ですよ」
 漏れそうになる笑いをどうにかこらえたが、珂慧はきっと気づいているだろうとクルトにはわかっていた。
 アイナは三人を細めた眼差しで見やる。
「仲良くやっていけると思ったのに」
 菊やガガと忙しいながらも力を合わせて弁当作りをしていた様子を見ていただけに、アイナの口からはため息がこぼれた。
「何を安心してんだァ? 戦いはまだ終わっちゃいねぇぞ。この兵糧を積んだ荷車のあちこちに、時限発火装置を仕掛けてやったぜ! 全部燃えちまえ!」
 そんなことをすれば、正宗達も怪我をする可能性もあるのだが、彼らは平然としている。火がついた騒ぎに乗じて逃げようというのだろう。
 アイナは兵達にすぐに時限発火装置を見つけ出すよう言おうとし、クルトはたった今珂慧に言った言葉が嘘にならないように動こうとしたが。
「安心しな。俺と夏希で壊してやったぜ」
「こんなこともあろうかと思いまして……ね」
 ムッとした正宗とニヤリとしたシルバ・フォードの視線がぶつかりあう。
 雨宮夏希は遥とベアトリクスから目を離さなかった。
 その時、周囲の兵達からざわめきが起こった。
 見ると、ミツエと共に風祭優斗が道をあけた兵の間からこちらに歩いてきていた。
 パッと表情を明るくしたアイナに、優斗が微笑みかける。
 ミツエは遥、ベアトリクス、正宗を一度見据えると、フッと見下すように笑った。
「ちょっと油断したわね。──この三人はしっかり縛り付けておいて、逃げられないように見張りをつけておきなさい」
 ミツエは喜びを抑えきれないように、口元を緩めていた。


 静かになったミツエの陣営に朱 黎明(しゅ・れいめい)は幻 奘は捕まったのだと思った。
 そして。
「彼には悪いですが、今頃きっと気が緩んでいるはずです」
 そこに黎明とパートナーの朱 全忠(しゅ・ぜんちゅう)の一万で突っ込む。
 見たところ見張りの数も少ない。
「あの引きこもりに三顧の礼をしたかいがありました。今日こそミツエを亡き者に……!」
 スナイパーライフルを持つ手に力がこもる。
「行きますよ!」
 手を振り合図を出せば、兵達は身を隠していた雲からいっせいに立ち上がり、走り出す。
 その手には爆弾やら火炎瓶やらが持たされている。これでミツエの陣を壊滅状態に追い込もうというのだ。捕虜になっているだろう幻 奘のことは、この際考えないことにした。
 兵達の後ろから黎明も移動し、絶好の狙撃地点を探る。
 前を走る兵のもっと前方で爆音が上がる。
 始まった、と黎明の口角も上がった。
 が、すぐに眉がひそめられた。
「何か様子が……」
「残念でしたー。待ち伏せは二段になってたんだよ。前のほうは今頃ソルランがどうにかしてるんじゃないかな」
 ひょいと横から顔を見せたのは珂慧。
 本軍と三軍との補給路の警備に当たっていたのだ。兵糧守備作戦において、ソルラン・エースロード(そるらん・えーすろーど)と共に待ち伏せ二段目についていた。襲撃が一回で終わるなら、出番はなくて楽をできる予定だったのだが、朱黎明が来てしまったので働くことになったのだった。
 その頃ソルランは爆弾抱えて突っ込んでくる敵兵達にかなり手を焼いていたが、劉備のところから戻ってきたシー・イーの部隊の加勢により、形勢逆転となっていた。
 まだそのことを知らない黎明は、中学生くらいの珂慧までがまさか、と瞠目する。
「まさかあなたもミツエの貧乳が見たいと!?」
「ミツエ先輩のおっ……じゃなくて、あの人がどこまでいけるのか、見てみたくなったんだよ」
 そういうわりには面倒くさそうな珂慧だった。
 彼はリターニングダガーを黎明に向ける。
「だから、おとなしくしてよ」
 朱全忠はどこへ消えたのか、黎明は珂慧の兵にすっかり囲まれてしまっていた。

 ミツエの前に連れてこられた朱黎明は、腕組みして睨み上げてくるミツエを上から下まで一通り見回し、そして絶望したようにため息をついた。
「何だか癪に障るため息ね」
「当然です。どうしてこの軍の人達はこんな幼児体型の女の平らな胸など見たいのか、理解に苦しみます。どうせ見るならこれくらいでないと、満足できません!」
 力説しながら黎明がスーツのポケットから取り出し、ミツエに突きつけた携帯画像にはグラマーな女の水着姿が。ポーズが妙に扇情的で、素人投稿なのか目元はぼかされている。
 実はこの画像、ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)がミツエと同じ手を使って権造の兵を増やす手段だったのだが、黎明も他の誰もこの水着の女が彼女だとはわからなかった。
 ミツエはカッと顔を赤くして言い返した。
「あたしはまだ成長中なのっ」
 疑わしげな黎明と憎々しげなミツエの睨みあいを壊したのは、朱全忠の熱烈な声だった。
「董卓殿! 吾輩はお主のことを昔から尊敬していたのだ! ぜひその悪人としての心持をご教授願いたいのだ!」
「ご教授だぁ〜?」
 全忠の熱意を受け止めるには、董卓は少々鈍かった。
 握手を求める全忠に応えながら、董卓はのんびりと言葉を返す。
「まずはしっかり食うことだぁ〜。好き嫌いはいけねぇぞぉ〜」
 黎明もミツエも闘志を殺がれ、同時に疲れたようなため息をついたのだった。
「この二人も縛っておきなさい。それとね、私は偽者なんですよ。ふふ」
 ミツエと違う笑みを見せた女に黎明は目を見開く。
 わずかに鬘を上げてみせたのは桐生 ひな(きりゅう・ひな)
「この前みたいにはいかせませんよ」
 ひなは鬘をなおすと来た道を戻っていった。