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リアクション
「きゃっほー!!」
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が、プールで歓声をあげた。
百合園の公式水着という、若干色気には乏しいかもしれない姿だが、それでもたわわな胸と、スポーツで鍛えられたスタイルはいやがおうにもプールの花だ。
「ミアもおいでよー、楽しいよ!!」
「わらわはけっこうじゃ」
ぶんぶんと手をふるレキに、プールサイドのパラソルの下、のんびりと寝そべっていたミア・マハ(みあ・まは)が素っ気なく応じる。一応、黒ビキニの水着は着ているものの、レキとは違い、あまり運動は好きではないのだ。
「そうなのー? ……わ、すごーい、イルカがいる!」
プールとはいえ、ラグーンでもあるこの区画では、イルカと泳ぐことができるのが売りだ。今も、可愛らしい姿を見せ、海中を泳ぎまわる姿を見ることが出来た。
(ミアにももっと近くで見せてあげたいんだけどなぁ……。あ、そうだ!)
レキはいいことを思いついた! とばかりに、一度プールからあがる。そのまま、あるモノを手にすると、そーっとミアに近寄った。
「レキ? なんじゃ? ……わっ!」
小柄なミアを、レキが両腕で抱き上げると、プールでレンタルしていた大きめの浮き輪にすぽっと乗せてしまう。そしてそのまま、プールへ直行だ。
「ね! これなら大丈夫!」
「まぁ……そうじゃが……」
器用に浮き輪を動かしながら、すいすいとレキはプールを泳いでいく。すると、そんな彼女たちを出迎えるように、イルカが自ら近寄ってきたのだ。
キュー、と微かな声をあげるイルカに、さすがにミアも驚いた顔をした。
「ね? 可愛いから、ミアにも近くで触らせてあげたくて!」
「う、うむ……」
つるりとしたイルカの表面をレキとミアが交互に撫でると、また嬉しげにイルカが鳴く。
「ね、ボク、少し一緒に泳いでくるね。見てて!」
「好きにするが良い」
そう、やや呆れた口調で返しつつも、ミアの表情はまんざらでもないものだった。
プールで思い切り遊び終えてから、二人はプール近くにあったショップへと立ち寄った。民芸品をモチーフにした、ちょっとしゃれたアクセサリーなどが置いてある店だ。
「せっかくだから、お土産買っていかないとね。四人でおそろいのペンダントとか、どうかな」
「そうじゃな」
レキの提案に、ミアも同意し、二人は今日は留守番のパートナーたちのために、赤・青・緑・黄の4色の石が嵌め込められたペンダントを購入したのだった。
「じゃあ、そろそろ戻ろっか。明日の試合観戦も楽しみだねー」
「うむ。薔薇学イコンとやらの実力を、見せてもらわねばなるまいて」
「どんなのなんだろうね! もしかして、薔薇の形してたりするのかな??」
「それはないじゃろ……」
一方、その頃。
ジュメイラ・モスクを訪れる、一人の男の姿があった。
アラビア語で「美しい」を意味するジュメイラ。その言葉通り、白亜のモスクは、ドバイで最も美しいモスクとも言われている。
唯一外国人の立ち入りを許可していることもあり、観光客の姿も多い。そんな中、彼は白のカンドーラに、頭にも白のガットゥラを巻いて、腕にはミスババ(数珠)がちらりと袖口からのぞいていた。手には、アラビア語で書かれた、シャンバラについての書物を携えている。
まさか、こんな形で、再び中東の地に戻るとは思ってもみなかった。マフディー・アスガル・ハサーン(まふでぃー・あすがるはさーん)は、モスクの入り口で、ふとそう思う。
日頃はイスラム歴史学を教えている講師である彼がここへ訪れたのは、ウラマーと呼ばれるイスラム教の導師との会合のためである。彼らは、キリスト教における聖職者とはやや異なり、特定の職業ではない。しかし、法学や神学、歴史学を修めた人々で、礼拝においても指導的存在となり、人々に広く尊敬を抱かれている存在だ。
マフディーの考えとしては、地球鏖殺寺院の活動は過激派やカルト宗教の行動と似通っているため、既存宗教のイスラム教との相性はすこぶる悪いであろうと思われた。それならば、こちらからアピールすることで、あらかじめ薔薇学への協力(もしくは容認)を求められるのではないかと睨んだのだ。
事実、ウラマーたちもまた、薔薇学への興味はあったようで、マフディーをすすんで出迎えた。
「アッサラーム・アレイコム」
「ワレイコム・アッサラーム」
通された一室で、挨拶を交わし、まずはマフディーは持参した書物を献上した。
その後、パラミタの地について、あるいは昨今の中東の様子についてを話したあと、マフディーは本題を切り出した。
「鏖殺寺院が御前試合に合わせて動こうとしていないかを、モスクに集う信者から情報を集めてほしいのです。試合は明日にせまっていますが、なにか少しでも情報をいただければと」
「……イコンとやらですね」
そう返したウラマーの言葉は、いかにも「そのようなものはこの地に持ち込んで欲しくはない」と言いたげでもあった。
「寺院がもしも都市部で破壊工作を行ったとすれば、市民にも被害がでてしまうでしょう。そのようなことはお互いに望みではないはずです。また、私たちには多くの中東出身学生がおります。これは、彼らの故郷への凱旋試合でもあるのです。……この地でなによりも便りになるのは、敬けんなイスラムの民の力なのです。どうかそれを、お貸し願いたい」
マフディーはそう告げると、深々と頭を下げた。
「…………」
暫し悩んでいる様子ではあったが、ウラマーはやがて心を決めたのだろう。咳払いを一つすると、椅子から立ち上がり、小さな窓から外を眺めつつ、口を開いた。
「……御前試合とやらの妨害計画は、あるようだ」
「……やはり、そうですか」
「ああ。標的はむしろ、ジェイダス様の小さな弟……ヤシュブ様にある。彼の拉致を企んでいるらしい」
地球の王族に対して影響力があり、同時にジェイダスの血縁であるため、薔薇学への影響も期待できるヤシュブは、まさに一石二鳥というところなのだろう。
うすうすは予想できることではあったが、確かな情報として得られたことは大きかった。急ぎ、ディヤーブに伝えねばならない。
「感謝いたします」
再びマフディーは膝を折り、心からそう告げた。
「インシャラー」
ウラマーがそう付け加える。マフディーもまた、同じように返した。
――そう、あとは全て、『神の御心のままに』。
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