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リアクション
整備を終えたシパーヒーが、ドッグのすぐ隣の砂漠に立っていた。
どうしてもと頼み込み、皆川 陽(みなかわ・よう)が現地での訓練を行っていたのだ。
砂漠においてイコンへどのような影響があるのかのテストも兼ねる、ということで許可が下り、今はそのチェックも終わったところだ。
(ふぅ……)
コックピット内で、浮かんだ汗を拭い、陽は小さくため息をついた。
暑いからではない。むしろ、日が落ちた砂漠は、肌寒いほどだ。おそらくは、緊張のための汗だった。
(もう一度、動作を確認しなくちゃ……)
イコンは、パートナーなしではその実力を発揮できない。なので、今陽がしていることは、基本的な動きに関しての訓練のみだ。しかし、それでもあえて行おうと思ったのは、ひとえに陽自身の自信の問題でもあった。
前回とは違い、戦うといっても、今回は競技だ。そうわかっていても、戦うのは怖かった。だけど、逃げ出すわけにはいかない。この薔薇の学舎というエリート集団に、どういうわけか紛れ込んだ自分が、その存在を許されるためには、なにか成果を出さなければならないからだ。……それは、半ば陽にとって強迫観念に近いものだった。
「右手、左手、右足、左足、……前、後ろ、右、左……」
小さく呟きながら、マニュアル通りの動きを繰り返す。この不器用な身体が、感覚をすっかり覚えてしまうまで。
もっとも、明日の実戦では、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が一緒だ。彼ならば、きっと器用に乗りこなすだろう。自分は精一杯、その足手まといにならないようにするだけのことだ。
(……テディ……)
テディは、訓練には着いてこなかった。いや、陽が、誘うことを躊躇ったのだ。
あの薔薇の種の試練以来、二人の間の空気は、ひどくぎこちないものになっていた。
以前はいつも明るく笑いかけてくれていた彼が、最近は難しい顔をして、いつも上の空だ。勇気をだして陽から少し近づいてみても、さりげなく距離をとられてしまう。
触れられたくないのだと、陽が気づくのはすぐだった。
(しょうがない、よな。やっぱり)
自分の体を使って吸血鬼を誘惑したりしたから、薄汚い、汚れてるって、軽蔑しているのだろう。陽には、そう思えてならなかった。
元から、自分には過ぎたパートナーだ。いつかは見捨てられると、いつも覚悟をしてきた。それが現実にやってきたという、それだけのことだ。
そう、ただ、それだけのこと。
……なのに。どうしてだろう。
「あきらめ、なくちゃ……」
そう呟いた瞬間、鼻の奥がつんと痛み、視界がぼやけた。
――ボクが本当に認められたいのは、誰に、だったんだろう……。
そう、一瞬だけ陽の脳裏を掠めたが、それもすぐに、砂漠に降り注ぐ月光のまぶしさに、かき消されてしまった。
……さらに、夜が更けたころ。
ウゲンの宿泊先であるホテルへと、人目を避けるように訪れた者たちがいた。
イルミンスール魔法学校のステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)と、ジル・ドナヒュー(じる・どなひゅー)の二名である。……いや、正確には三名というべきだろうか。
「おもしろいコトをしてるね」
彼らとの面会を許可したウゲンは、ちらりとジルを見るなりそう呟いた。
「お時間をいただき、感謝いたしますわ。わたくしは、ステンノーラ。こちらは、ジルと申します」
ステンノーラが、計算された笑顔を口元に浮かべ、ウゲンへと一礼をした。ジルもそれに続く。どこか焦点の合わない赤い瞳が、ウゲンを見つめた。
「さっそくだけど、あんたに伝えることがあるんだ。……『明日の御前試合の件でね』」
「中身も名前くらいは名乗ったらどうだい。一応、身体はなくても、あるんだろ?」
深紅のソファに深く腰掛け、ウゲンが頬杖をついてそう答える。
「『……失礼。ブルタだよ。久しぶりだね』」
フヒヒ、と続いた、不快な笑い声。それはあきらかに、ジルの口調ではなかった。現在、肉体を失いザナドゥの辺境にある監獄に魔鎧となって閉じ込められているブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)のものだ。彼はそこから、彼女の行動を操っているのである。
ふぅんと、ウゲンはそれほど興味なさげに呟き、視線をそらした。ブルタ本人の醜悪な姿を思い出したのだろう。
「それが、なんの用事だい?」
「『ボクはユダになりたい』」
ジル……いや、ブルタはそう、単刀直入に口にした。
微かにウゲンの眉が動く。
「そのため、我々は明日、アルマイン・ブレイバーで、シパーヒーを倒しますわ」
ステンノーラが静かに呟いた。
「御前試合で他校のイコンが優勝すれば薔薇学のイコンの資金提供という目的が潰れるよね。それに、こちらがイエニチェリとして選ばれる確率もあがるもん。お互い、利害の一致じゃない?」
今度はジル自身の口調で、おそらくはブルタから指示されていたろう言葉をさらりと彼女は口にした。
ウゲンが、薔薇学に対して敵対の位置にいるのではないか?と。
だがその言葉に、ウゲンは呆れたようにため息をついた。
「……わかってないなぁ。僕はそんなこと、望んじゃいない。欲しいのはむしろ、『大量のシパーヒー』だよ?」
そう口にすると、一瞬、少年のあどけない口元にぞっとするほどの冷笑が刻まれた。
「けど、そうだね……ユダっていのはいいな。おもしろいから」
ウゲンは足を組むと、不意に真顔になり、じっと食い入るようにジルの眼を見つめた。その奥にいる、ブルタ自身を突き刺すように。
「君がその気なら、イエニチェリに推挙はしてあげる。だけど、僕に逆らったら……殺すよ?」
はっきりとそう口にして、ウゲンはブルタの返事を暫し待った。
その間、ブルタは思考を巡らせていた。しかし、最初のアテは外れたが、目的にはむしろ近いところにいるのではないだろうか。脅しに関しては、最初から半ば、予想はしていたことだ。
「……『いいよ』」
ジルの口から、ブルタがそう答える。ウゲンは瞬きをすると、再びソファに背を預け、いつもの無邪気な微笑みを浮かべた。
「なら、そうだね。まず、明日の試合は不自然じゃない程度に戦って、負けてよね。ああ、それと。イエニチェリになるなら、薔薇学に転校はしてもらうし、そこの二人は、男装してもらう必要があるからね。……まさかさぁ、それくらいの予想なしに、なりたいだなんて口にしたわけじゃないよね?」
「わかってる、ってさ!」
ジルの答えに、少年領主は、「そう」と頷いた。
「明日、楽しみだなぁ」
そう呟き、ウゲンは広い窓から夜空を見上げると、ふふっとまた笑みをもらしたのだった。
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