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リアクション
2.
御前試合が行われる会場にほど近いホテルの厨房では、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が忙しく立ち働いていた。予定では、十一時頃から会場ではセレモニーが始まり、挨拶のあと、歓談の時間も設けられる。その際に振る舞われる料理の総指揮が、弥十郎に任されていた。
その際、用心に用心を重ね、材料は全て弥十郎自身が根回しをした上で、信頼できる業者から仕入れたものに限った。
料理は牛と羊がメインだ。日本食もいくつか用意したが、それらにも豚肉は決して使わないよう、弥十郎は最新の注意を払っていた。
彼の指示で、厨房の料理人が動くなかには、真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)の姿もあった。ただ、いつものように男装姿だ。
「盛りつけ、よーし! ん、どれも美味しそう」
美しく盛りつけられたオードブルたちを見つめ、満足げに真名美が頷く。
「こっちは、用意できたよ!」
「ありがとう、先生。完璧だねぇ」
弥十郎が、両手を布巾で拭いながら、真名美の隣に立つ。メインはほぼできあがっているし、あとはケータリングの専門業者に移動を頼んで、残りは会場での作業だ。
ひとまず時間には間に合ったことに、安堵の息をつく弥十郎に、ふと真名美は尋ねた。
「ねぇ。何で、御膳試合に出なかったの?」
その問いかけに、弥十郎は「ああ」と軽く首をふって。
「御膳試合に出る子達が気持ちよく試合に挑めるためだよ。僕が目指すのは裏からのサポートだからね。だから、絶対に邪魔は絶対にさせないよぉ。」
のんびりした口調ながら、はっきりとそう答えた。
「そっか」
(この子なりに、ちゃんと考えているんだなぁ)
真名美はそう思い、傍らの弥十郎に笑いかけた。
……弥十郎としては、あいかわらず校長がなにを考えているかは、理解できないままだ。それでも、あの薔薇の種の試練の際、弥十郎なりの覚悟も決まっていた。それは、「救えるものは救いたい」という、強い、意思だ。
それに、王族達に料理を気に入ってもらえれば、交渉もスムーズに進むのではないかと思われた。食は人間関係におけるなによりの潤滑油に違いないからだ。
自分自身、地球の王族とのコネクションができれば、それはそれで良いことだし……。
「移動、始めます。よろしいですか?」
「あぁ、はい。わかりましたぁ」
そう答え、弥十郎はもう一度気合いを入れ直すと、細心の注意を払いつつ、作業に没頭したのだった。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、こちらへ」
会場入り口にて、来賓の案内を勤めるのは、清泉 北都(いずみ・ほくと)だった。
普段なら直が任されるところだが、彼は試合に出場するという兼ね合いもあり、ディヤーブから依頼されたという事情もあった。
北都自身は、もう少し裏方であれこれをするつもりだったのだが、頼まれたものは仕方がない。ただし、必要な物の準備や挨拶については、北都自らが事前に調べておいた。
「失礼いたします。お飲み物をどうぞ」
クナイ・アヤシ(くない・あやし)が、北都の指示で、来賓をもてなして回る。
この来賓席は、会場の正面に建てられたものだ。急ごしらえといっても、白亜の美しい建物を用意したのはさすがジェイダスというべきだろうか。その内部は、見た目のクラシカルさとは違い、防弾ガラスが四方を囲み、空調も完璧に調えられている。上部には巨大な薄型液晶モニタが設置され、試合の模様を余すことなく観戦できるように調えられていた。
ただ、それだけではつまらないということで、あちこちに薔薇が飾られているのが、いかにもといったところだろうか。
用意された赤い布貼りのソファには、小さなテーブルも添えられ、式次第や試合ルールについてなどの説明が書かれたものも用意されている。
来賓たちの中には、警備にあたるブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)へ、物珍しそうな視線を向ける者もいた。オオカミ姿に変身している白銀 昶(しろがね・あきら)に対しても、同様だ。
パラミタに特有の種なのだと北都が説明をしているうちに、ジェイダスとヤシュブ、そしてウゲンも会場にその姿を現した。
「お待ちしておりました」
一同にそう言うと、北都は恭しく礼をする。そして、ジェイダスに一歩近づくと、「失礼いたします」とその胸に青い薔薇を飾った。
……もし離れていたとしても、その薔薇が、彼の危険を感知してくれるはずだ。そんな細工をさりげなく施してある。
ジェイダスは口元に笑みを浮かべ、北都の頭を子犬にするように軽く撫でた。
(あ、いいなぁ〜)
ジェイダスの警備のために控えていた師王 アスカ(しおう・あすか)は、ついそう羨ましく思う。
今日は、イスラムの教義にのっとり、黒のチャドルと頭巾で慎ましくその姿を覆っていた。アスカたっての願いで、警備のために同行したオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)も、それは同様である。
「ジェイダス様、こちらへ」
「ああ」
アスカの案内で、試合会場へと向かった正面、中央の最も大きな椅子へとジェイダスは堂々と座る。その表情は、いつもの不遜といっていいほどの自信に満ちあふれたものだ。
鏖殺寺院の計画について、耳に入っていないわけがない。しかし、その不安など、微塵も感じさせない態度だった。
(ジェイダス様は、いつも通りみたいね〜)
それが頼もしい一方、その信頼に応えるためにも、頑張らなくちゃ! と内心ではりきるアスカだった。
(男じゃなくてもジェイダス様を守りたいのは一緒ですもの!)
そんなアスカを横目に見つつ、無言のまま白銀 昶(しろがね・あきら)もジェイダスの足元に控えた。
昶の本音としては、ジェイダスよりよほど北都のほうが護るべき相手だ。だがこれも、薔薇学生の役目だと北都に説得された以上は、仕方がない。
(公私混同せず、冷静に。……難しいな、これ)
そう思いながらも、昶は油断なく、その気配を四方に巡らせていた。
「今日は楽しみだね」
ウゲンはそう言うと、用意されていた席へと、クナイの案内で腰掛ける。その傍らと、西条 霧神(さいじょう・きりがみ)が控えた。
「今日は君がお相手してくれるの?」
「ええ。ハーブティーなど、いかがですか?」
「いいね。ありがとう。君は、イコンには乗らないの?」
「私は乗るなら、馬のほうが良いですからねぇ」
霧神の返答に、ウゲンが目を細めて微笑む。……その眼差しに、霧神は微かにぞくりと感じるものがあった。それが、畏敬によるものか、なんらかの恐怖心であるのか、それはまだ霧神自身にも漠として知れない。ただ。
(尋人が黒崎氏以外の者に興味を示したのであれば私もそれに従うだけです……その先が光か闇かなんて、今は誰にもわかりませんからねえ)
霧神はそう思いながら、ウゲンのために、一杯のハーブティーを準備しに行った。
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