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リアクション
15:00〜
・訓練終了後
オリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)は、実技訓練を終えて帰投した生徒達に振舞うため、カイキョードリンクL(レモン味)なるお手製のスポーツドリンクとはちみつ漬けを作っていた。
料理は得意ではなかったが、クリスマスのロシアンカフェで色々と料理を作ったことで上達している。
作りながら、脳裏を五月田教官とのクリスマスがよぎる。
(あのときは、いえ、日本で二十四日がそんなに大切な日だったとは思いませんでしたわ。ロシアでは特に何でもない普通の日ですし。いえ、その、決して何か意識している訳ではなく……)
ぐるぐると思考だけが巡っていく。
「あ、はちみつがこぼれてしまいしたわ!」
いけないいけない、とパンっと頬を叩いて集中する。
天沼矛にイコンの駆動音が近付いてくる。どうやら、訓練が終わって帰投してきているようだ。
「訓練お疲れ様でした。経験値はあがりませんが、疲れはとれますわ」
何の経験値かとは言わないが、ドリンクとはちみつ漬けを振舞っていく。
機体チェックを完了して降りてきた生徒達に声をかけ、渡す。
ちょうど、ベトナムで一緒だった紫音や風花もそこにはいた。
「お疲れ様ですわ」
「お、サンキュー」
「ありがとうなぁ」
受け取り、風花がパソコンをいじり出す。
「さすが五月田教官、だけどやっぱりあそこまでやられると悔しいぜ」
紫音が声を漏らす。五月田教官、という名前が出たせいで、オリガはピク、と反応してしまう。
(ってことは教官も……!)
ここに戻ってくるのだろう。
「紫音、キー貸しいな。今から機体制御プログラムデータを組んで記録してみるわぁ」
何やらその場で作業をしているようだ。そして紫音はリフトでまた機体へと上がっていく。
そして、やはりその男は姿を現した。
「あれは五月田教官! やはり」
身体が硬直する。
クリスマスのことを考えると、日本人(名前からはそうだが、実際の国籍は分からない)の教官長も、イブの日のことは多少意識しているはず。
「あ、あの教官長。スポーツドリンク作ったんですが……」
目を合わせず、おずおずと差し出す。
「おう、ありがとう」
平然としてそれを受け取った。
「ところで、あの、く、く、空京にベトナムで救出したメアリーさんが来てますね! 『MARY SANGLANT』の新作発表会らしいですよ! はい、私も好きなブランドですわ!」
この時間だと、発表会はもう終わってる頃だろう。
「そうか。しかし、一度拉致されたのに、よく外を出回れるものだな。今はシャンバラも何事もないからいいようなものだが」
いつもと変わらない、堅物な雰囲気のままだ。
「美味いな、これ。もう一本貰ってく」
彼女のスポーツドリンクを取り、そのまま行ってしまった。特に何事もなく。
「もう! 綾小路さん、今のどう思いますか!?」
「え、何のことどす?」
見ていなかったらしい。
五月田教官は鈍感なのか、それともあんまり恋愛沙汰を意識しない人間なのか。
ただ、自分の作ってくれたものは素直に「美味しい」とは言ってくれた。やや複雑な気分だ。
とはいえ、段々と煮え切らない思いが込み上げてくる。
「ん……!」
苛立ちも混ざっており、思わず自分が作ったはちみつ漬けを自分の口の中に放り込む。
「うっ甘酸っぱい……」
* * *
「お疲れ、沙耶」
クローディア・アッシュワース(くろーでぃあ・あっしゅわーす)がコックピットから降りてくる沙耶を出迎える。
ここからは、オーバーホールだ。
沙耶と彼女は整備科が本科であることも手伝って、このまま整備を行う事が出来る。
「そうそう、一応整備科長から聞いたけど、イコンの性能向上……覚醒は、本来機体が持ってるエネルギーをフルに使うことで起こるものだって」
人間で言うと、普段眠っている潜在能力を解放することと似たようなものらしい。火事場の馬鹿力、ってやつだろうか。
「だからすごく強力だけど、その分機体の稼働時間は減るし、有り余る力だから扱い切れない人も多いだろうって」
そういえば、と沙耶が尋ねてくる。
「例の新型機のこと、何か分かった?」
レイヴンのことである。
「起動時に覚醒を行うことによって発生したエネルギーでBMIっていうシステムを安定起動させることによって、低シンクロ率で稼動させることが出来るようになってるらしいよ」
試運転も成功したと聞いているし、当面の不安はない、はずだ。
「一度くらい整備させてもらいたいな」
やはり整備科の一員としては、興味の尽きない機体のようだ。
そこへ、
シャーリー・アーミテージ(しゃーりー・あーみてーじ)がやってくる。
「例のF.R.A.Gについて調べてきました」
それを知らせる。
「『Force of Rebellion to Armed Groups』、意訳すると『武力持つ者達への反逆者』といったところでしょうか。その略称がF.R.A.Gです。パイロット科長や五月田教官は昔一緒に戦ったことがある、と言ってました」
しかし、あまり深くは分からなかったらしい。
「分かっているのは、全員が家族を持たない者達で、ゆえにF.R.A.Gのメンバー同士が家族のようなものだったということくらいです。あとは、十四人の契約者の他に、幼い少女が一人メンバーにいたそうです。契約者ではないため、表向きは伏せられていたようですが」
結局彼らが寺院勢力に加担した理由は分からず仕舞いだったが、新たにそのことが分かった。
「そういえば、転入生に契約者じゃない女の子がいたよね。たしか、ヴェロニカ・シュルツっていう」
年齢的にも、近いものがある。
「……でも、さすがにないよね。漫画やアニメじゃあるまいし」
まさかね、といった感じでその可能性を打ち消した。
* * *
「あれ、ゼドリはどこへ行ったんだ?」
訓練が終わり戻ったかと思えば、姿が見えない。
裄人はコックピットに座り、問いかけた。
「ケルベロス・ゼロ……お前はどう思う? オレ達地球人は、本当にお前に乗る資格があるとおもうか……? オレ達が来なければ戦争も大規模にならなかったんじゃないのか……?でもオレ達はシャンバラの人達を助けたいんだ」
答えは返ってこない。
静寂が訪れる。
彼は気付かない。そんな彼とイコンの様子を憎しげに見つめ、冷笑したパートナーの姿には。