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【四州島記 巻ノ一】 東野藩 ~調査編~

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【四州島記 巻ノ一】 東野藩 ~調査編~

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序章  本部にて

「うむ、おぬしが五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)じゃな!わらわは白姫岳の精 白姫(しろひめだけのせい・しろひめ)じゃ!」

 白い着物姿で、偉そうに踏ん反り返っている小娘を、一瞬何事かという顔で見る円華。
 その顔が、見る間にほころんでくる。

「まぁ、可愛らしい!初めまして、白姫ちゃん♪」
「ちゃんではない!白姫様と呼べ!」
「何を偉そうに。お前みたいなちみっこいの、誰がどう見てもちゃんで充分だ」
「あぁ〜、や、やめぇ〜〜!おぬしよりずっと長生きなんじゃぞ〜〜。軽く五千年くらい――多分じゃが」

 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)に後ろからヒョイと抱きかかえられ、ブンブン揺さぶれる白姫。

「あ、エヴァルトさん。お久し振りです……って、アレ?エヴァルトさん、その身体!?」
「あ、円華さん!こちらこそご無沙汰です。いや〜、後でまた話しますけど、あれからいろいろあって……」
「ウンッ、ンンッ!」

 ワザとらしく咳払いする白姫。 

「あ……。えっとエヴァルトさん、その白姫――」
「ちゃんで結構です」
「白姫ちゃんですけど、もしかして――」
「そう!わらわは二子島の姉妹島が一つ、白姫岳に住まいし地祇、白姫が分霊(わけみたま)じゃ!」

 ピョン、とエヴァルトの手から飛び降りた白姫は、再び胸をそびやかす。

「ん――?なになにどうしたのさっきから……あ、エヴァルト君ついに生身に戻ったんだね!」
「そうなんですよ〜」

 何事かと顔を出した御上 真之介(みかみ・しんのすけ)と、挨拶を交わすエヴァルト。

「あ!あのですね御上先生。こちら――」
「二子島に巣くう邪なる意志を討ちし者、火口を塞ぎし面妖なる物体を破壊した者、封じられていたわらわを解放せし者……一人一人に感謝を述べたいところであるが、生憎とその暇(いとま)がない。故に此度はその代表たるお主への礼を持って、皆への礼とすることで許してたもれ。五鈴宮円華、そしてその仲間達よ、大儀であった!誉めてつかわす!いつでも二子島を訪れるがよい!」

 突然人の話を割り込んで始まった白姫の長口上に、シーンと静まり返る一同。

(ふっふっふ……。わらわの寛大にして威風堂々たる言葉、皆感じ入っておるわ!)

 白姫は沈黙の意味を完璧に勘違いして、一人悦に入っている。 

「えっと……。この子もしかして、エヴァルト君の身体に入ってた――」
「白姫じゃ!存じ置くがよいぞ真之介!」
「先生と呼べ、先生と!」
「あ〜〜、だから揺さぶるな〜〜!」
  

「ティル・ナ・ノーグの探索中に、生身に戻れたんだ……いや戻れたというか、肉体と機械と、勇気をエネルギーに変換する機晶石が融合して、新しい身体になったというか。――まぁとにかくそのおかげか、勇気が高まると全身が緑色に発光するようになった」

 《殺気看破》で周囲を警戒しつつ、全身に勇気を漲らせるエヴァルト。
 その身体が、鮮やかな緑の光を放つ。

「で、あの二子島の地祇……白姫は居座る必要が無くなったから帰ったんだが、なんと分霊生み出していったんだ。それがコレ」
「コレとはなんじゃ、コレとは!」

 白姫は両手をぶんぶん振り回してエヴァルトを叩こうとするが、片手で言い様にあしらわれている。

「ま、とにかくそんな感じなんで、改めて白姫共々よろしくお願いします――ほらお前も頭下げろ」
「わらわはもう挨拶は済ませたのじゃ!」
「あれのドコが挨拶だ!」

『何だか、エヴァルトさんと白姫ちゃん、まるで兄妹みたいですね』
『あ、円華さんもそう思います?僕はなんだか父娘みたいだなと。言うと2人とも怒り出しそうなんで、黙ってましたけど』

「何じゃ二人ともコソコソと!一体、何を話しておる!」
「ウフフ、なんでもありません♪」
「『二人共中がいいな』って、話してただけですよ」

「「誰がこんなヤツと!」」

(息がピッタリなんだものな〜)
(ホラ、やっぱり仲がいい♪)

 いがみ合う二人を、微笑ましげに見つける円華と御上であった。



「残念だけど、ローズ君。君が東州公の遺体の法医解剖に参加するのは、無理だそうだ」

 御上の言葉から発せられた言葉は、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)にとって意外なものだった。
 理由を問いただそうとするローズの機先を制するように、御上が言った。

「公の解剖は、もう終わったんだよ」
「え――。お、終わってしまった?」
「うん。公の遺体は亡くなった次の日には空京に送られて、その日の内に解剖されてしまったそうなんだ」
「そ、そんなに早く……」
「うん。最終結果はまだ出ていないけど、今の所死因の特定につながるような新しい知見は得られていないらしい。これから、さらに血液や組織などを日本に送って、薬毒物検査や病理組織検査なんを行うらしい」

 確かに、言われて見ればその通りだ。
 鑑定結果の精度を少しでも高めるためには、少しでも早く解剖する必要がある。まして今回のように、死因がはっきりしない場合は尚更だ。
 冷静になって考えれば、当然気づいて然るべきことである。
 しかし、ローズは諦めない。

「そうですか……。そ、それなら、検査のお手伝いを――」
「それも無理だよ。検査は、日本の然るべき機関で行われるんだ。幾ら医学の心得があるとはいえ、君はまだ一介の医学生だ。関係者でも無い、ましてやプロの検査官でも無い外部の人間が、参加させてもらえるはずはない」
「あ……。そ、それは、そうですよね……」

 思わず、ガックリと項垂れるローズ。
 そんなローズをいたわるように、冬月 学人(ふゆつき・がくと)が彼女の肩をポン、と叩く。

「……でもローズ君。どうしてまた解剖の手伝いをしようと?」

 目に見えて落ち込んでいるローズを気遣って、御上が声をかける。

「いえ……。私はただ医者の卵として、「少しでもお役に立てたら」って……。それだけなんです……」

 話しているうちにも、ローズの言葉はどんどん小さくなっていく。

「そうか……。じゃあもしよかったら、調査団の医療チームに参加してもらえないかな?」
「医療チーム――?」
「うん。東野藩の人達の健康状態や栄養状況の確認なんかが主な仕事だ。東野は比較的治安が安定しているから、そういった心配はあまりないけど、未知の風土病が存在するかもしれないから、それなりに危険はある。どうだろう。興味ないかな?」

 御上は、二子島での彼女の献身的な医療活動をよく覚えている。
 それを踏まえての提案だった。

「あ……!ごめん、返事はすぐでなくてもいいから」

 逡巡している様子のローズを見て、御上はすぐにそう付け加える。

「す、スミマセン。ちょっと、突然だったもので……」
「気にしなくてもいいよ。ちょっと、前向きに検討してみて欲しい」

 その言葉に促されるようにして席を立つローズ。
 後ろ手にドアを締めると、力なくドアにもたれかかった。

「残念だったね、ロゼ……。ロゼ?」

 心配そうな学人の声も、彼女の耳には入らない。

(私は、どうしたらいいんだろうか……)
 
 足元の床を見つめながら、ローズは、大きなため息を一つ、吐いた。