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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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 クリスタルとともに流されながら、銀 静(しろがね・しずか)は逡巡していた。
 別行動をしている音無 終(おとなし・しゅう)とは精神感応でつながっている。彼の作戦では、コントラクターたちから十分離れた所で岸に引き上げる予定になっていた。しかし、連絡を切ってこのまま我が身ごと本流へ流され、闇に消すことも可能だ。
 終を裏切ることになるだろう。それは想像するだけでもおそろしい。これまで一度たりと考えたことのない発想だ。しかし、命と引き換えならそれも許される気がした。何より、終のためだから…。
 ――静、どうした。今どこにいる。

 終が自分へ呼びかけている思念をキャッチする。
 ――岸へ着いたのか? 場所を知らせろ。そこへ向かう。

(…………)
 答えるべきかどうか。気付かなかったふりをしても、多分終は気付かない。
 ためらったのち。静は答えた。

 ――待って。今、サイコメトリをかけているから…。
 ――え? それは岸についてからでも――

 静は強引にそこで精神感応を切った。サイコメトリに集中する。少なくとも、これで判断を保留にできると半ば安堵しながら…。



 まぶたの闇にだんだんと浮かび上がってくる光景。そこは、多少変わっているところもあったが、あの空洞だった。
 大剣を抱きしめるようにして持った銀の髪の女性と、1頭の竜がいる。その威容、まとった雰囲気。あきらかに並の竜ではない。パラミタ大陸最強とうわさされるドラゴンの1体、グレータードラゴン・ティアマトだろう。
『本当にやるのかい? あたしは立場上人間の世界には必要以上干渉しないようにしているが、あんたはこの地を守るため大きく貢献してくれた。だから力を貸すことにやぶさかじゃないが……今なら気を変えても間にあうよ?』
『大丈夫』
 ティアマトのあきらかに賛同しかねるといった声に、銀の魔女ことエルヴィラーダ・アタシュルクは笑顔で答えた。
『長くてもほんの数十年だもの。平気よ』
『あたしはそんなに楽観視できないと思うけどねえ。人間ってのは業が深いもんさ』
『そんなことないわ。姉さんたちは約束してくれたもの。東カナンが元の平常な姿に戻ったら、すぐに起こしてくれるって』
『そうかい?』
『ええ。アルサイードも約束してくれたわ。あの子にふさわしい未来をくれるって。わたしは、彼を信じる』
 ぎゅっと大剣を握る。かすかににじむ切なさは、目覚めたとき、彼がもうこの地上にはいない可能性を理解してのことか。ティアマトは、それでも考えを変えない彼女の決意にふうとため息をついて、うなずいた。
『たしかにね。あの子は新たな戦乱の火種になりかねない。内乱に魔物との戦いと続いた東カナンが再び内乱に突入するのは致命的だ。この道を選ぶあんたが間違ってるとは言わないさ。あんたが貧乏くじ引いてると思うだけでね。
 あんたにその全てを背負う覚悟があるなら、もう止めないよ』
 エルヴィラーダは答えなかった。口元に刷いた笑みは薄れない。凛とした、静けさをたたえた真の強さ。すべてを理解し、受け入れた者の持つ強さだった。
『さあ、いらっしゃい。かわいい子』
 エルヴィラーダはティアマトの後ろに隠れていた子どもに手招きをした。興味津々、大きな竜の体にぺちぺち触れていた幼い子どもは、エルヴィラーダに呼ばれてそちらに駆け寄る。
 エルヴィラーダは岸壁の前、剣を突き立てると子どもを抱き上げてその後ろに回った。
『神の力、人の力、竜の力。3つの力をもって、あんたたちは眠る。大地があんたたちを隠し、竜があんたたちを守るだろう。
 人間の友エル、良い旅をね』
『時の流れる先で、いつかまた会えたらうれしいわ、竜の友ティアマト』
 エルヴィラーダの体の内側から青い光が放たれる。呼応するように大剣が輝き、ティアマトの力がそそがれた。3つの光は混ざりあいながら強まって、大剣ごとエルヴィラーダと子どもはクリスタルのなかに閉じ込められる。


 すべては、5000年前の出来事……。