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リアクション
――ルルルルルルルロゥー
「竜さん、悲しそうなの」
イルルヤンカシュを見下ろしながら、ノーンはつぶやいた。
何を言っているかは分からない。何がイルルヤンカシュをこんな行動に駆り立てているのかも。だけど、悲しんでいることはひしひしと胸に伝わってくる。痛いくらいに。
きゅうっとなった胸に手をあて、ノーンは覚悟を決めた。イルルヤンカシュの正面に回り込み、顔を合わせる。
「イルルヤンカシュさん、はじめまして。こんにちは。わたしはノーン・クリスタリア。氷の精霊だよ。
ね? お願いがあるの。そんなふうになるのは理由があるからだと思うけど、どうか落ち着いてほしいの。そして、そんなに悲しんでる理由をノーンたちに教えて? ノーンたちも力になるから」
だがイルルヤンカシュは何の反応も見せなかった。
こんな大きな竜が、ちっぽけな氷の精霊なんかに応えてくれるのか……そもそも人の言語が竜に通じるのかも分からない。
同じ言葉を、もう一度テレパシーで送ってみようとしたときだった。
「あぶないですわ!」
エレノアの声がして、どんとノーンは横に突き飛ばされた。
ノーンと入れ替わったエレノアが化鳥のモンスターが放った攻撃をホワイトアウトで受け止め、散らす。吹雪が化鳥を翻弄している隙に、ノーンを連れてその場から離れた。
「おねーちゃん」
「ノーン、気持ちは分かります。ですが、イルルヤンカシュに近付くのはもう少し待ちなさい。とりまきのモンスターを刺激して、あなたが危険ですわ。今、皆さんがモンスターたちを追い払っていますから」
「う、うん…。ごめんなさい」
「――はああっ!!」
2人の近くでは、ペガサスに騎乗したリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)がソード・オブ・リリアを手に化鳥の群れと戦っていた。
彼らはイルルヤンカシュに近付いてほしくないだけだ。リリアたちとてイルルヤンカシュに危害を加える気はさらさらなく、戦いたくはないが、ギャアギャアとけたたましく警戒音を発し、気弾を発したり鋼鉄をも切り裂きそうな爪で急降下攻撃を仕掛けてくる鳥たちにされるがままになる気もない。
できるだけ死ぬことのないよう気をつけながら剣を操り、あざやかな手綱さばきで攻撃をいなしていたリリアの耳にも、ノーンの切々と訴える声は届いていた。
化鳥たちは数で勝りながらも思うように倒せないでいるリリアを警戒し、体勢を立て直そうと思ったのか、いったん距離をとるように退いていく。そのわずかな隙に、リリアは肩越しにイルルヤンカシュの方を見た。
イルルヤンカシュは小刻みに動き回り、首を振ってはもがくように手で宙を掻き、鳴いている。あきらかに普通の状態ではない。
(イルルヤンカシュ、お願いよ。どうかあなたを案じる私たちの声に耳を傾けて。乱れた心を静めてちょうだい)
少しでもこの思いがイルルヤンカシュへと伝わりますように――。
リリアは強く祈った。
「すごいですね、リリアさんは」
手でひさしをつくり、再び戦いを開始したリリアを見上げて、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)はつぶやいた。
「まるでペガサスと一心同体のようです。あんなに巧みに操れる者も、そうはいないんじゃないでしょうか。
ね? メシエさん。そう思いませんか?」
と、そこでメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の方を見る。メシエはエオリアやリリアには背を向けた体勢で、黙々と地上のとりまきモンスターに魔法攻撃を行っていた。
エオリアに応じて空のリリアを見上げるでもなく、こちらを振り返りもしないその頑なな背中に、エオリアはため息をこぼす。
「……本当は、気付いているんでしょう?」
何を、と問うことはなかった。ただ肩越しに視線を投げる。
その突き刺さるような冷徹な光に圧力を感じながらも、エオリアは退かなかった。
「彼女はああ見えて、幼いんです。こんなことを言ったら、そんなことはないと猛反撃してくるでしょうけど。なにしろ本人は冷静沈着でしっかりしているつもりなんですから。でも違う」
「だから?」
「だから、メシエさんが動かなければ、ということです」
なぜならメシエは気付いているから。自分の思いにも、彼女の感情にも。そして――『今』が永遠ではないということにも。
エオリアはあえて言葉にしなかった。
言わなくてもメシエは悟っている。――いや、もしかすると、とっくに悟っていたかもしれない。彼はかつて、それを身をもって経験した。その苦さは今もときおりよみがえって、彼を苦しめている。そんなとき、メシエは口を閉ざし、何も言わなかったが、それと感じることがよくあった。
「おせっかいだな」
「そうですね」ふふっと笑う。「僕はたぶん、そういうのがひとよりほんのちょっと強いんでしょう」
ひとが見落としがちな細かなことによく気がついて、いろいろと気配りのきく人。執事気質。エオリアはひとからそう評価されていた。実際スケジュールを組んだり、必要な物をそろえたりと、そういう雑事が得意だし、性に合っていると自覚もしている。
それはつまり、それだけひとの観察に長けているということだ。心の機微に敏感で、相手が何を思っているか、気持ちを汲みとるのがうまい。
今もこちらの事情に踏み込まれているというのに、そうやってほほ笑まれると不思議と怒りは沸いてこなかった。日ごろの彼のなせる業、人徳というものか。
メシエは苦笑を隠し、「考慮しておこう」と言うにとどめた。
エオリアはうなずいて、モンスターを捕獲するための檻作りに戻る。そうしてメシエが弱らせ、ヒプノシスで眠らせたモンスターを檻へ順々に移していった。
しかしモンスターの数は多い。檻はすぐふさがって、数が追いつかなくなる。檻の耐久力を思えば目覚めたときに簡単に破壊される見当がついて、入れることができないモンスターもいる。
「そちらは他の方に任せるとして。もっと檻を作らないといけませんね」
きょろきょろと周囲に目をやり、目についたつるを取ろうと手を伸ばしたときだった。
「あー、ちょっと待ってエオ! それ、俺のつるだから!」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が待ったをかけた。
彼はイルルヤンカシュの足止めをねらっていた。できるだけイルルヤンカシュを傷付けないように、周囲の木々に巻きついたつる性植物の成長を増進し、後ろ足をねらって巻きつける。
しかしイルルヤンカシュは大きく、力が強くて、少々のつるではすぐちぎられて、動きを止めることはできなかった。それを何度か繰り返したあと、エースはさらに巻きつけるつるの数を増やすべく、距離を広げてつるをここまで這わせてきたのだった。
もちろんこれは植物として不自然な成長だ。本来であれば何年もかかって成し遂げることを、急スピードでさせている。
「ごめんね、騒々しくして。無理をさせるけど、少しだけ力を貸しておくれ」
エースは山の緑たちに向けてつぶやいた。
このまま森が破壊され続けたら、再びこの地は2年前のように荒れた土地に戻ってしまうかもしれない。ここまで回復した緑を失わせることは、この山の全ての生き物にとって本意ではないだろう。それは植物だって同じだ。
そう信じて、エースはエバーグリーンを用いる。
「これならどうだ」
成長しながらたどり着いた数十のつたを、イルルヤンカシュの左の足首あたりへタイミングを合わせて一気に向かわせた。そうする間もつたはつた同士より合わさり、さらに太く柔軟性を増しながらするすると巻きつく。今度はイルルヤンカシュが足を前に出そうとしても千切れることなかった。
「よし!」
成功の手応えを感じたエースは、さらにもう一方の足も止めようとつたを操る。
しかし――――
――ルルルゥーッ!
イルルヤンカシュは怒ったような鋭い鳴き声を発すると大きく体をねじり、さらに暴れだした。罠に囚われた動物のように、足に巻きついた不快な拘束を解こうと躍起になっている。
――ルルルルルルッ
その姿にとりまきモンスターたちが反応した。
イルルヤンカシュの足に巻きついたつたに一斉にとびつき、かじりとろうとする。つたはぶつんぶつん音をたてて切れていった。
しかもそれだけではない。モンスターたちの怒りの矛先はエースにも向いた。
「うわ!」
オークやオーガ、ゴブリン、そのほか名も知れない有象無象のモンスターが敵意をむき出してエースをとり囲む。
エースはすかさずエメラルドセイジをかまえ、何匹かのモンスターを射たが、モンスターたちにひるむ様子はなかった。
「エースくん、伏せて!」
かわいらしい少女の声が後方が飛んでくる。エースが従った直後、激しい銃弾の雨が彼の上を飛び越えて水平に流れる。モンスターは機関銃による掃射を受けて先頭の一群が倒れると、あわてて後退し散っていった。
「ありがとう」
振り返り、機関銃の後ろで連射態勢をとっていたミリィに礼を言う。ミリィはぐっと親指を突き出して、なんてことないと返した。
――ルルルルルルルロゥー
拘束を逃れ、再び自由になったイルルヤンカシュが後足立ちをして、高く鳴く。
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