リアクション
(…………?) ※ ※ ※ ♪るーるるっ るるるるーるるー るーるるっ るるるるーるるー 晴れわたる青空。 北カフカス山に、耳慣れた女性の軽妙なスキャットが響いてこだまする。 スキャットが余韻を残しつつ途切れたところでゆるやかな尾根を覆う山の緑を背景に、たまねぎ頭のすてきなおばあさまがマイク片手にフレームイン。 ゆっくり2秒の間を開けて、おばあさまは、きっと若いころはその道で勇名を馳せたに違いない、マシンガントークでひと息にこんなことをしゃべった。 「本日の物語はですね、東カナンにございます北カフカスという山に現れましたイルルヤンカシュという竜を見物に参りました一行がですね、その竜を追いかけていった先で剣と女性が閉じ込められたクリスタルを見つけまして。 不思議ねぇ、すてきねぇ、なんて言いながらもお時間の都合で調べられなかったんですけれども、翌朝になってみましたら竜は暴れるわクリスタルはなくなってるわとあらもうこれは大変ね、といった次第でして。竜を餌付けしようなんてちゃんちゃらおかしいことを言っておりましたアルクラント君も、これは無理だということでクリスタルを追いかけるんだそうなのですね。すてきと思ったものを見つけるのはお得意だそうでしてね、それがうまくいくかは分かりませんけれども頑張っていただきたいですわね。私も陰ながら応援しておりますので」 そして再び美しい空の青と山の緑の対比を映しつつ、再び流れだす、どこかで聞いたスキャット。 ♪らーらーらーらー その隙に、たまねぎ頭のすてきなおばあさまはそそくさとその場から立ち去った。 「え、何? 今の人」 横を小走りで抜けていったおばあさんに、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は目をぱちぱちさせる。 どこかで見覚えがあるよーな…。 「シルフィア、きみ知ってるかい?」 アルクラントの問いに、やっぱり同じような表情であっけにとられていたシルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)はゆっくりと首を振っ見せる。 「一体…」 「しッ。アルク、反応してはだめ。振り返らないで」 もう一度よく見ようとしたアルクラントをエメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)が止めた。 「ツッコんだら負けよ」 「え? いつの間に勝負になってたの?」 「いいから振り向かない。さっさと私たちもクリスタルの探索に向かうわよ」 エメリアーヌの言葉に「えーっ?」と完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)が不服の声を上げる。おばあさんが歩くたびにぽこぽこ前後に揺れている黒いたまねぎ頭から目を離して、エメリアーヌを見上げた。 「ニャンさんのとこ、行くんじゃないの? マスター、ニャンさんを餌付けするって言ってたよね!」 「ああ、それは後回しだ、ペトラ」 ペトラが昨夜からずっと楽しみにしていたのを知っていたアルクラントは、なだめるような笑顔で言う。 「さっき、アリスさんから連絡をもらっただろう? 昨日見つけたクリスタルの女性が大変なことになっているんだ。私たちも探索に加わろう」 「うにゃう…」 「ニャンさんはいなくなったりしないよ。まだ2日あるからね」 「……うん。分かった! マスターがそう言うんなら、僕も頑張ってあのクリスタル探す! それで、明日こそ一緒にニャンさんにおいしーの食べてもらおうね!」 ペトラは大きくうなずいて、にこっと笑う。 「ああ、そうしよう。ありがとう、ペトラ」 アルクラントは猫の顔をしたフードの上からペトラをなでた。ペトラは照れたように、少し恥ずかしそうに笑う。 ペトラを相手に前かがみになっていた体を正すと、シルフィアがじーっと見つめていることに気付いた。 「どうかしたかい?」 「ううん、なんでも……ただ、意外だと思って。てっきりまた根拠のない自信で、クリスタルの女性もイルルヤンカシュも両方救ってみせるとか宣言すると思ったのに」 「根拠のない自信、か」 アルクラントはやわらかな笑みを浮かべ、言った。 「離れた場所で同時に起きていることには対処できないさ。向こうはほかの者たちを信じて、彼らに任せよう。私たちはクリスタルの探索だ」 「ええ」 「それに、ね。こうして動いていれば、私たちはあのクリスタルに再び出会えると思うんだ」 「ほら、やっぱりまた根拠のない自信」 今度はシルフィアが笑う番だった。くすくすと、耳に心地よいシルフィアの笑い声に、アルクラントはますます笑みを大きくする。 (進展がないとか本人は不満に思ってるみたいだけど……なんだかんだ言ってもお似合いの2人よね) まるで同じ思いを共有しているかのように視線を合わせる2人に、エメリアーヌはそっと嘆息をついた。 「失せ物探しね」 おもむろにバッグを覗き込み、人形のついたストラップを取り出す。 「さあ、いよいよこれの出番ね」 つまんだヒモの先でぶらぶら揺れている、アル君人形をつっついた。水上の町アイールの『ステキハウス』で手に入れることができる、探索グッズだ。 「あっ、それ! 僕も持ってるよ! はい!」 ポケットをごそごそして、ペトラがやはり同じ、アル君人形ストラップを引っ張り出す。ヒモを指に引っかけ、ぐるんぐるん回した。 「おそろいだね! エメリー!」 「そうね」 「これならきっとあのクリスタル見つけられるよ! なんたってマスターの力が2倍だもん!」 「3つあるわよ」 シルフィアも自分の分を取り出した。 「うにゃー! これでさいつよだよ! さあ行こう! 早く早く、マスター!」 ペトラは待ちきれないといった様子でぴょこぴょこ跳ぶと、前に向かって駆け出す。 「あんまりあわてると転ぶわよ。山道なんだから気をつけるの」 「はーーいっ」 返事はいいが、速度は緩まない。無邪気で元気いっぱいの、いつものペトラだ。むしろ自然に囲まれた開放感あふれる場所に来て、ますます元気になっているように見える。 3人はペトラに続くように歩き出した。 「元気ねえ。 探索って言うけど、大体これ、アルクがすてきと思うものにしか反応しないんでしょ。クリスタルの探索には反応薄いんじゃないかしら」 出した本人が言うのも何だけど。探索グッズといえばこれくらいしかないのだからしかたない。 「アルくんは何にすてきって感じるの?」 「うん? クリスタルに閉じ込められた謎の美女と大剣というだけでもわくわくしてこないかい?」 「ああ、そうね。崖に隠された洞窟でひっそりと、クリスタルのなかで大剣に守られている女性って、何かすてきなお話がありそう。それが失われるなんて、たしかに残念よね」 「そうだね。とても残念だ。そんなことがあってはならないと思う。 何百年、もしかすると何千年間、あの女性はああしてだれかに見つけられるのを待っていたのかもしれない。イルルヤンカシュはその守りについていたのかも。そうして導かれた私たちが彼女を見つけた。はるかな時を隔てて、本来であれば会うことのなかった者たちが出会う――これは、ひょっとすると運命にそう定められていた出会いなのかもしれない。 そう考えると、すてきじゃないかい?」 「すてきね」 アルクラントの描く情景を想って、シルフィアはほうっとため息をつく。 「クリスタルは地下水流に落ちているという。この山はエリドゥ山脈の1つだ。山の水脈は地下を複雑に走るが、おそらく山々が重なり合う裾のあたりで山脈を走る本流と合流するはず――」 そのとき、くぐもった破壊音がした。 固い何かが割れるような音。かすかだが、足元の地面が垂直に揺れる。 「なに? 地震?」 足をすくわれかけたエメリアーヌが立ち止まって、音のした方を探す。 「あっちだ」 アルクラントはまさに今自分が見ていた方角を指差した。 「今のはあきらかに自然の音じゃないな。行ってみよう」 「ペトラ、こっちよ」 「はーいっ」 4人は音が聞こえてきた場所へと向かった。 |
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