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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

リアクション

(…………?)
 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)はあるかなきかのかすかさでそれと感じて、水晶翼による飛行を止めた。
 今、彼の周囲は真下で渦巻く濁流のたてる轟音に満ちており、通常であればそんなわずかな異音など耳に届くはずもないのだが、エッツェルはたしかに感じたと確信する。
「彼らも気付いたようですね」
 エッツェルは振り返り、上を見上げた。自分が飛び込んだ大穴――しかしかなりの距離が開いたため、突出した岩壁に邪魔されて、そこは真っ暗闇に塗りつぶされて何も見えない。
 彼の当初の予定では、彼らがやって来るより早く落下したとみられるクリスタルを発見し、持ち去るつもりだった。だがさすがあの巨大なクリスタルを押し流すだけはある激流で、クリスタルの行方は杳として知れなかった。
 ダークビジョンを使用しても、ここまで荒れた水のなかまでは見通せない。
 そしてここに至り、もう1つ気になるものがあった。
 下流に向かって行くにつれ、あきらかに水音が激しくなっているのだ。岩にぶつかる水音はまるで削岩しているかのような爆音となり、地響きとなって周囲の空気を震わせている。まるで狂気に支配されたかのような、猛り狂った水。
(これは、もしかして…)
 ゴッドスピードを発動させ、エッツェルは加速した。
 はたしてその先にあったものは、エッツェルの予想したとおり、巨大な瀑布だった。急角度で折れ曲がった川は垂直に落ちて、雨のような水しぶきを散らしながらさらに奈落の底へ吸い込まれていくかのごとき様相を呈している。
 先まで自分が通ってきた道などとは比較にもならない、さらなる巨大地下水流にはさしものエッツェルも驚愕せずにはいられなかった。
「ここがこの地下水脈の本流というわけですか」
 東カナンの背骨、エリドゥ山脈の地下を無数に走る広大な流れ。海とはいかないまでも、ゆうに小さな町ほどもありそうだ。ここから雨水や雪解け水がアガデのリバルタ地下貯水池やカナンの主たる町の井戸へと流れていくのだろう。大自然の驚異だ。
 しかし今はこの光景に見入っているときではなかった。
 ここから落下すれば、エッツェルの力をもってしてもクリスタル探しは断念せざるを得なくなる。
 エッツェルは己に取り込んだクルーエル・ウルティメイタム(くるーえる・うるてぃめいたむ)の力を発動させた。
 潜在解放。爆発的なまでに威力を上げた暗黒凍気がエッツェルの向かい合わせた手のなかに生じる。精度を上げ、極限まで練られたクライオクラズムはとてつもなく大きな球体と化す。今にも弾けそうなまでにふくれ上がったそれを、エッツェルは下を流れる支流に放った。
 暗黒の凍気は波頭を凍らせ、逆巻く川の姿のままに凍らせていく――。
 そのままさかのぼっていくかに見えた凍気だったが、しかし次の瞬間、表面に亀裂が生じた。重く固いものが引き裂かれるような鋭い音がして、亀裂は次々と凍った水面を走り、砕いていく。
 あちこちで氷山が崩れ落ちるような音がした。亀裂から吹き出した水が凍った水面をすべり、割れた欠片ごと飲み込んで流れる。
「………………」
 エッツェルの目の前、川はたちまち元の激流を取り戻していったのだった。


※               ※               ※


   ♪るーるるっ るるるるーるるー るーるるっ るるるるーるるー

 晴れわたる青空。
 北カフカス山に、耳慣れた女性の軽妙なスキャットが響いてこだまする。
 スキャットが余韻を残しつつ途切れたところでゆるやかな尾根を覆う山の緑を背景に、たまねぎ頭のすてきなおばあさまがマイク片手にフレームイン。
 ゆっくり2秒の間を開けて、おばあさまは、きっと若いころはその道で勇名を馳せたに違いない、マシンガントークでひと息にこんなことをしゃべった。

「本日の物語はですね、東カナンにございます北カフカスという山に現れましたイルルヤンカシュという竜を見物に参りました一行がですね、その竜を追いかけていった先で剣と女性が閉じ込められたクリスタルを見つけまして。
 不思議ねぇ、すてきねぇ、なんて言いながらもお時間の都合で調べられなかったんですけれども、翌朝になってみましたら竜は暴れるわクリスタルはなくなってるわとあらもうこれは大変ね、といった次第でして。竜を餌付けしようなんてちゃんちゃらおかしいことを言っておりましたアルクラント君も、これは無理だということでクリスタルを追いかけるんだそうなのですね。すてきと思ったものを見つけるのはお得意だそうでしてね、それがうまくいくかは分かりませんけれども頑張っていただきたいですわね。私も陰ながら応援しておりますので」

 そして再び美しい空の青と山の緑の対比を映しつつ、再び流れだす、どこかで聞いたスキャット。

   ♪らーらーらーらー

 その隙に、たまねぎ頭のすてきなおばあさまはそそくさとその場から立ち去った。



「え、何? 今の人」
 横を小走りで抜けていったおばあさんに、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は目をぱちぱちさせる。
 どこかで見覚えがあるよーな…。
「シルフィア、きみ知ってるかい?」
 アルクラントの問いに、やっぱり同じような表情であっけにとられていたシルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)はゆっくりと首を振っ見せる。
「一体…」
「しッ。アルク、反応してはだめ。振り返らないで」
 もう一度よく見ようとしたアルクラントをエメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)が止めた。
「ツッコんだら負けよ」
「え? いつの間に勝負になってたの?」
「いいから振り向かない。さっさと私たちもクリスタルの探索に向かうわよ」
 エメリアーヌの言葉に「えーっ?」と完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)が不服の声を上げる。おばあさんが歩くたびにぽこぽこ前後に揺れている黒いたまねぎ頭から目を離して、エメリアーヌを見上げた。
「ニャンさんのとこ、行くんじゃないの? マスター、ニャンさんを餌付けするって言ってたよね!」
「ああ、それは後回しだ、ペトラ」
 ペトラが昨夜からずっと楽しみにしていたのを知っていたアルクラントは、なだめるような笑顔で言う。
「さっき、アリスさんから連絡をもらっただろう? 昨日見つけたクリスタルの女性が大変なことになっているんだ。私たちも探索に加わろう」
「うにゃう…」
「ニャンさんはいなくなったりしないよ。まだ2日あるからね」
「……うん。分かった! マスターがそう言うんなら、僕も頑張ってあのクリスタル探す! それで、明日こそ一緒にニャンさんにおいしーの食べてもらおうね!」
 ペトラは大きくうなずいて、にこっと笑う。
「ああ、そうしよう。ありがとう、ペトラ」
 アルクラントは猫の顔をしたフードの上からペトラをなでた。ペトラは照れたように、少し恥ずかしそうに笑う。
 ペトラを相手に前かがみになっていた体を正すと、シルフィアがじーっと見つめていることに気付いた。
「どうかしたかい?」
「ううん、なんでも……ただ、意外だと思って。てっきりまた根拠のない自信で、クリスタルの女性もイルルヤンカシュも両方救ってみせるとか宣言すると思ったのに」
「根拠のない自信、か」
 アルクラントはやわらかな笑みを浮かべ、言った。
「離れた場所で同時に起きていることには対処できないさ。向こうはほかの者たちを信じて、彼らに任せよう。私たちはクリスタルの探索だ」
「ええ」
「それに、ね。こうして動いていれば、私たちはあのクリスタルに再び出会えると思うんだ」
「ほら、やっぱりまた根拠のない自信」
 今度はシルフィアが笑う番だった。くすくすと、耳に心地よいシルフィアの笑い声に、アルクラントはますます笑みを大きくする。
(進展がないとか本人は不満に思ってるみたいだけど……なんだかんだ言ってもお似合いの2人よね)
 まるで同じ思いを共有しているかのように視線を合わせる2人に、エメリアーヌはそっと嘆息をついた。
「失せ物探しね」
 おもむろにバッグを覗き込み、人形のついたストラップを取り出す。
「さあ、いよいよこれの出番ね」
 つまんだヒモの先でぶらぶら揺れている、アル君人形をつっついた。水上の町アイールの『ステキハウス』で手に入れることができる、探索グッズだ。
「あっ、それ! 僕も持ってるよ! はい!」
 ポケットをごそごそして、ペトラがやはり同じ、アル君人形ストラップを引っ張り出す。ヒモを指に引っかけ、ぐるんぐるん回した。
「おそろいだね! エメリー!」
「そうね」
「これならきっとあのクリスタル見つけられるよ! なんたってマスターの力が2倍だもん!」
「3つあるわよ」
 シルフィアも自分の分を取り出した。
「うにゃー! これでさいつよだよ! さあ行こう! 早く早く、マスター!」
 ペトラは待ちきれないといった様子でぴょこぴょこ跳ぶと、前に向かって駆け出す。
「あんまりあわてると転ぶわよ。山道なんだから気をつけるの」
「はーーいっ」
 返事はいいが、速度は緩まない。無邪気で元気いっぱいの、いつものペトラだ。むしろ自然に囲まれた開放感あふれる場所に来て、ますます元気になっているように見える。
 3人はペトラに続くように歩き出した。
「元気ねえ。
 探索って言うけど、大体これ、アルクがすてきと思うものにしか反応しないんでしょ。クリスタルの探索には反応薄いんじゃないかしら」
 出した本人が言うのも何だけど。探索グッズといえばこれくらいしかないのだからしかたない。
「アルくんは何にすてきって感じるの?」
「うん? クリスタルに閉じ込められた謎の美女と大剣というだけでもわくわくしてこないかい?」
「ああ、そうね。崖に隠された洞窟でひっそりと、クリスタルのなかで大剣に守られている女性って、何かすてきなお話がありそう。それが失われるなんて、たしかに残念よね」
「そうだね。とても残念だ。そんなことがあってはならないと思う。
 何百年、もしかすると何千年間、あの女性はああしてだれかに見つけられるのを待っていたのかもしれない。イルルヤンカシュはその守りについていたのかも。そうして導かれた私たちが彼女を見つけた。はるかな時を隔てて、本来であれば会うことのなかった者たちが出会う――これは、ひょっとすると運命にそう定められていた出会いなのかもしれない。
 そう考えると、すてきじゃないかい?」
「すてきね」
 アルクラントの描く情景を想って、シルフィアはほうっとため息をつく。
「クリスタルは地下水流に落ちているという。この山はエリドゥ山脈の1つだ。山の水脈は地下を複雑に走るが、おそらく山々が重なり合う裾のあたりで山脈を走る本流と合流するはず――」
 そのとき、くぐもった破壊音がした。
 固い何かが割れるような音。かすかだが、足元の地面が垂直に揺れる。
「なに? 地震?」
 足をすくわれかけたエメリアーヌが立ち止まって、音のした方を探す。
「あっちだ」
 アルクラントはまさに今自分が見ていた方角を指差した。
「今のはあきらかに自然の音じゃないな。行ってみよう」
「ペトラ、こっちよ」
「はーいっ」
 4人は音が聞こえてきた場所へと向かった。