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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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第6章 クリスタル探索とイルルヤンカシュ誘掖

 北カフカス山のふもとにある村の宿のとある一室を前に、東カナン12騎士オズトゥルク・イスキアは「うーん…」と頭を悩ませていた。
 朝、みんなと一緒に朝食をとっていると、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が背後に近付いてきて
「あとで私の部屋に来てちょうだい。だれにも気づかれないように、1人で」
とささやいて、立ち去って行ったのだ。
 振り返ったとき、彼女は意味ありげな視線を彼に投げていた。
 さすがに衆目のある場で「どういう意味だ?」と問うことができなかったが…。
「うーむ。あれは、やはりそういう意味なのだろうな」
 あごに手をあて、困った困ったとうなる。
 本来なら今ごろはみんなと一緒に岩場へ向かっているはずだった。彼らは洞窟の奥で発見した、クリスタルに閉じ込められた謎の美女に夢中で、帰りの道中ずっと「朝になったら調査に向かおう」と口々に話し合っていた。その興奮はひと眠りしたあとも冷めなかったらしい。宿の食堂で朝食をとっている間も彼らの話題はクリスタルに集中していた。
 朝食に出たパンを口いっぱいほおばったアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)
「たいちょーお!! 今日こそあのクリスタルの美女の謎を解き明かしましょーね!!」
 と目をキラキラさせて言ってきたときは、オズトゥルクもうなずいて、同行する気満々だったのだが。
「……うむむ。いかん。やはりいかんぞ。いくら美女とはいえ、常日ごろ婦女子に対しては清廉潔白な態度であれと言っている本人が、昨日出会ったばかりの年若い女性の部屋に、誘われたからとホイホイ入っていっては息子たちに示しがつかん。だれかに目撃されて息子たちに告げ口でもされたら、あいつらにそれこそどんな目にあわされるか…」
 などなど。独り言にしては大きい声でぶつぶつつぶやいていると。
「何ばか言ってるの」
 後ろから、木のボトルでゴンッと音がするくらい殴られた。
「うお!?」
 いつからいたのか、祥子がカップが2つ乗ったトレイを手に立っている。後頭部を押さえて痛がるオズトゥルクにため息をつくと、横を抜け、自室のドアを開いた。
「こんな所でうだうだ言ってる方がよほどあやしいって言ってるようなものでしょ。ほら、さっさと入って」
「いや、しかしだな、独身の男女が1つ部屋でいるというのは――」
「この宿、私たちで貸切状態じゃない。シャンバラ人ならたとえ目撃したとしても、その程度で何も極論に結びつけたりしないわよ。
 それに、安心して。あなたを誘惑するなんてそんな気はこれっぽっちも持ってないから。これだってただのお茶よ」
 祥子はさっさとドアをくぐり、テーブルへとトレイを置く。椅子は2つ分設置済みだ。さっさとセッティングする彼女の姿を見て、ふうと息をつくとオズトゥルクはなかへ入り、ドアを少しだけ隙間をつくって閉めた。
 ああは言われたが、やはり東カナンの者としては礼儀を無視するのは難しい。
「変なところで生真面目ね」
 その様子に、くすっと祥子が笑う。
「変ではないぞ。オレはいつでも真面目だ」
「はいはい」
 戯言は適当に受け流して、さりげなくドアに近い側の椅子につく。お茶の入ったカップを口に運び、その縁ごしに向かいの席につくオズトゥルクを見た。
 まだ複雑そうな表情で、ちょっと肩身をせまくしている。こんなクマみたいな図体をしていながら女性と2人で部屋にいるというだけで、まるで子猫のようだ。
 見ているとこちらの方が気が抜けてくる、どこまで本気なのかよく分からない、ユーモラスな男だった。昨日までの彼だったら、祥子もそれを疑ったりはしなかっただろう。ただののん気で害のない男だと。
 だが今はそうは思わない。彼が深夜宿を抜け出し、クリスタルにクレセントアックスをふるうのを目撃してしまった。殺意は感じ取れなかった。しかし、なかの女性目掛けてふり下ろされた刃に手加減はなかった。その後、落下していくクリスタルを見つめる目にも。
「義弘」
 カップと手で隠した口元で、腰の日本刀――武器形態の白蛇型ギフト宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)――に呼びかける。
「ちゃんと警戒してるよ。さっきも食堂にだれもいなかったし。みんな、もう出掛けてちゃってるみたいだね」
「そう。でも気を抜かないで」
「うん。分かったよ、お姉ちゃん」
 義弘に確認をとり、祥子はカップを下ろすとあらためてテーブルの上でゆるく指を組んだ。
「さて。あなたにご足労いただいた用件についてだけど。私、回りくどいのは嫌いなの。直球で行かせてもらうわね。
 私、あなたの秘密を知っているの――って、ちょっとあなた。いくつ心当たりがあるのよ」
 見るからにぎょっとなり、指折り数えながらあれこれ考え込み始めたオズトゥルクの姿に、祥子は脱力しかけた。
「いやまあ、それは大人の男としてそれなりに…」
 むにゃむにゃと。
「とにかく」こほ、と空咳をして、緩みかけた緊張をあらためて引き締める。「昨夜あなたのあとをつけたと言えば分かるかしら?」
 その瞬間、オズトゥルクの表情が一変した。青灰色の瞳からおどけた笑みが消え、空気が威圧的な重みを増す。
 肌が敏感に感じとる、ぴりぴりした痛み。
「そうよ、私、見たの。一部始終」
 負けまいと笑みを浮かべて見せる。こんなおどしなど、なんてことないと。
「――で? オレに何を求めているんだ? ほかのやつらに黙っていたということは、取引きしたいんだろう?」
「そうよ。このまま黙っていてもいいわ。あなたのことは昨日1日しか知らない。でもシャオたちやルーシェリアたち、みんなと笑い合う姿がすべて芝居とは思えなかった。
 あなたはクリスタルを見つけるため、私たちを利用したかもしれない。でも、それだけじゃないって。だから単純にあなたを責めようとは思わない。ただ、あなたがなぜあんなことをしたのか教えてほしいの」
 反応をうかがっていると、先を促すようにオズトゥルクの片眉がくいっと上がる。
「それだけじゃない。だろう?」
「……そうね。あのクリスタルの女性について、私なりの推論もあるわ」
 ノアから聞いたおとぎばなしの銀の魔女と始祖の剣は、あのクリスタルのなかにいた女性と剣に間違いない。思うに、イルルヤンカシュは元来吉兆の竜ではないのではないか? 魔女が己の身を犠牲にすることで竜の力を幸運を招く力へと転換した。
 禍福は糾える縄の如し。竜の吉兆の力はその強大な禍を招く力の裏返しではないか?
 そしてエンヘドゥ・ニヌア(えんへどぅ・にぬあ)からのハリール・シュナワ護衛依頼。彼女はイルルヤンカシュと対話できる、対話の巫女の血を引く者。彼女がクリスタルの近くで竜と接触すると、魔女の封印が解けて目覚める可能性があった。
 魔女は5000年前の歴史の生き証人。現在の東カナンに不都合なことを知っている。ゆえに抹殺しようとしたが失敗した。だからクリスタルごと地下に落とした……。
「――正直、私は竜を見に来ただけだし、東カナンの内情に興味はないわ。銀の魔女が聖なのか邪なのか、目覚めるべきなのか封じておくべきなのか、判断できない。ただ、史学の徒として真実を知りたいのよ」
「そのためなら命を賭けられる、と」
「ええ」
 気付いていないとは思っていなかった。だれにも知られず会っているということは、祥子の方も身の危険というリスクを負っていることだ。12騎士で1、2を争う実力の持ち主というオズトゥルクの能力を侮ってはいない。
 数秒の間、互いの真意を探るように目と目を合わせる。次の瞬間、ふーっとオズトゥルクは息を吐き出し、それとともに先までの威圧感は消失した。
「あー、メンドクセーな!」うなりながらがりがりっと頭を掻きむしる。「あのな、さっきから黙って聞いてれば、まあずい分空想を展開させられるもんだ。女の想像力ってすごいわ、やっぱ。オレには思いもつかん」
「ちょっと! どういう意味よ、それ!」
「もっと単純なんだよ。どんなことだって、大元っていうのは単純なんだ。あっけないほどな」
 もう一度、大きくため息をついて、憤慨する祥子をちらと見る。
「あの少女がねらわれているのは単に、すべてを手に入れた妹への女の嫉妬だ。魔女の再来と勝手に期待して、勝手に失望した者たちの見当違いな恨みが娘にいっているにすぎない。ばかばかしいが、人間ってのはそういうモンだ。あいつらには少女が唯一の巫女の後継者とか、そんなことすら思い浮かばないほど恨みつらみを募らせているんだ」
 吐き出すように言う、その表情、声から、彼が本気で厭わしく思っていることが分かった。
「失意は、強い力ね」
「同じくらい厄介なのが善意だ。この件は、すべてが2人の人間の善意から始まった。5000年前ならよかった。あるいは、4900年前とか、4800年前とか。だが5000年後の今は違う。すべては欲にかられたアタシュルクの不手際だ。反逆行為と言えなくもないな。しかしそれを言ってもしかたない。それをした巫女たちはとっくにみんな墓のなかだ」
「何を言いたいの」
「ああ気にするな、今のは愚痴だ」
 ずずず、と背もたれに預けた背中をずらし、だらしなく格好を崩したオズトゥルクは、祥子を斜にあおぎ見た。
「魔女は何も悪くない。あの子も悪くない。むしろ彼らは犠牲者だ。だが悪くなければそれですむほど世界は優しくはない。オレたちの住む世界は惨酷だ。これも単純だな。世界は単純で、惨酷なんだ。あんたもそれは知っている」
「…………」
 祥子は沈黙し、伏せていた目をよそへそらす。
 オズトゥルクは床の一点を見つめ、そこについたしみに意識を集中させたような顔をして、淡々と話し始めた……。



 ひと気のない、静かな宿で、唐突すぎるほど突然に、ばんっと大きくドアが開く音がした。
 ばたばたと飛び込んできた、数人の足音。しかしそれは男性のたてる重い靴音ではなく、女子どものものだとすぐに察することができる。足音はせわしなく1階を走り回っていた。ばたんばたんドアが開閉する音からして、何かを探しているようだ。
「なんだ?」
 ただごとではない様子にオズトゥルクは面食らい、急ぎ廊下へ出る。直後、
「おじさん! どこ!?」
 息せききって自分を呼ぶ佐野 悠里(さの・ゆうり)の声が聞こえた。
「なんだ? ユーリか?」
「ああ、おじさん! やっぱりまだ宿にいたのね! よかった」
 階段の上から覗き込んでくるオズトゥルクの姿を見て、悠里が見るからにほっとした表情で胸に手をあてた。
「悠里殿?」
「オズさんが見つかったんですぅ?」
 オズトゥルクの声に重なって、アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)の声もする。走り回っていたのはこの3人で、オズトゥルクを捜していたことが分かった。
「師匠、お母さん、おじさんこっちにいたわ!」
「どうした? 何をそんなにあわてている?」
 階段を下りかけて、ふと祥子のことを思い出して部屋を振り返る。
「私は一緒に行かない方がいいでしょ。説明が面倒だし。……あとで合流する」
 祥子は今得た情報を処理するのにいっぱいというふうに頭に手を添え、軽く首を振って見せた。オズトゥルクは理解できるとうなずき、階段を下りて行く。
「おじさん! あのね!」
 ぎゅっとそでを掴む悠里の脇に手を回し、ひょいと持ち上げた。
「きちんと息を整えて。ゆっくりしゃべれ、オレはここにいるから」
「そんなこと言ってられないの!」
 ぎゅむ、と顔に手を突っ張って、悠里は言った。
「クリスタルがなくなっちゃったんだからっ!」