葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

リアクション公開中!

【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

リアクション



■第27章


 はたして壱ノ島に残り、伍ノ島太守殺人事件の調査を独自で行うべきか迷っていた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、パートナーマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)の説得もあり――内心では自分でも分かっていたため――当初の予定どおり伍ノ島へ観光に来ていた。
 壱ノ島を離れたあとに知ったことだが、伍ノ島太守コト・サカに続き、壱ノ島太守モノ・ヌシまでが殺害されたという。
 マリエッタの買い物を待つ間になんとなく目を向けていた街頭テレビのニュース速報でそのことを知ったとき、これは絶対関連がある、何か深刻な事件が起きているのだと思い、ゆかりのなかで壱ノ島へ取って返し調査したいという気持ちがまたムクムクと沸き起こったが、すぐさま打ち消した。
(いけないいけない。ここにいるのは教導団大尉水原ゆかりじゃなくて、ただの一般人水原ゆかりなんですから)
 自重するように心のなかで自分に釘を刺し、首を振っていると、となりからすっと差し出される気配がした。
 マリエッタがプラスチックの小さなスプーンが刺さった三種のジェラートを両手に持って、片方を差し出している。
「はい、カーリーの分」
「……ありがとうございます」
 受け取り、2人並んで街のなかを歩く。食べ歩きってちょっとはしたないかもしれないけど、たまにはこういうのもいい。
「大丈夫? カーリー」
「何がですか?」
「無理してないかなぁ? と思って」
「してません」
 と言い切ったあと、少し考えて。
「……そりゃ、少しはそうかもしれませんけど、それじゃいけないって分かってますから」
 ゆかりの返答に、マリエッタはふふっと笑う。
「いきなりは無理だもんね。それに、そういうのってカーリーらしくもないし」
 ジェラートを口へ運ぶ手を止めて、え? ととなりのマリエッタを見下ろす。
「それって――」
「ふふっ。なんでもなーい。
 それより、あれ見てあれ! すっごくかわいくない!?」
 道を渡った向こう側にあるショーウィンドウを指さして目を輝かせると、マリエッタはいきなり走り出した。
「ちょっと! 危ないですよ!」
「平気平気!」
 振り返りもせず返答をして、足はためらいもなくまっすぐ目的の品が飾られたショーウィンドウの前まで進む。
「ほらこれ!」
 マリエッタが指差したのは、マネキンが着た華やかな夏用のワンピースだった。パステル調の明るい色に薄手の生地は軽やかさを演出し、それでいてショート丈の上着のラインやフレアスカートの重ねに隠れた切込みが少し大胆で女らしさをアピールしている。
「いいですね」
「ね! でもちょっとあたしにはサイズ的に無理かなぁ。これ、背の高い女性向けっぽいし」
 ちら、とゆかりを見る。
「カーリー着てみてよ!」
「ええ? 私がですか?」
「絶対似合うから! ほらほら!」
 突然のことにまだゆかりがとまどっているうちに、マリエッタは背中を押してブティックのなかへ強引に押し込んだ。
「すみませーん。表のワンピースを試着させてくださいっ。
 ほら、もう言っちゃったから。着てよね?」
 有無を言わせずワンピースごとゆかりを試着室に突っ込んだマリエッタは、彼女がワンピースを試着している間にさらに棚から数着選んで次々にゆかりに試着させた。そのほかにも、その服に似合うのはこれだと、あれやこれやアクセサリーなど小物を持ってきては一緒につけさせる。
「カーリーは長身でスタイルもいいから、やっぱり何着ても映えるわね。いいなぁ。
 あ、その服にはこっちのストラップの付いたサンダルの方が合うかも。手にはフレスよりバングルかな? ここにあるの、試しにつけてみて!」
「あ、あの、あの……マリー?」
 いいからいいから、と出てきたばかりの試着室に押し込むと、シャッとカーテンを引く。
 もちろんマリエッタも何の考えもなしにこういったことをしているわけではなかった。何かといろいろと考えすぎて、自傷行為――あの行きずりの情事なんてその典型だ――に走るゆかりを気遣って、そういったことを考える暇もなく忙しくさせようという作戦だった。
(もちろん半分は趣味だけどね)
 着せ替えごっこって超楽しい。
「これでいいですか? マリー」
 幾分うんざりした顔で出てきたゆかりに「うん」とうなずく。
「じゃあそれも買って。あたしも何か買うから、こっちの服着ていろいろ行きましょ!」
 その宣言どおり、マリエッタは観光パンフレットを手に、その後もゆかりをあれやこれやと目につく場所があれば片っ端から引っ張り回した。
 そして
「ちょ、ちょっと休憩させてください……っ」
 と根を上げたゆかりに向かい、にっこり笑ってこう提案をしたのだった。
「ここを少し行った先においしいオープンカフェがあるってパンフに載ってるから、そこでお茶でも飲んで。そのあとサファリツアーへ向かいましょ」