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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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「なに!?」
 驚き、目を瞠る。
 それは影に潜むものに跨った玄秀ティアンだった。
 もとより彼らとダリが交戦している隙を狙い、すり抜けていく作戦だったのだろう。とっさに動けずにいる下の彼らの様子にくつりと嗤って玄秀は天井の隅とダリの楕円を描いた背中との隙間に影に潜むものを操る。
 当然ながらダリが見逃すはずはない。背中のイボがバチンと次々に破裂して、にゅるんっとなかから触手が現れた。複数の触手はヘビのように宙で身をうねらせながら影に潜むものに巻きついて捕えようとする。
 その様子を見ても玄秀はあわてる様子を見せず、冷静に対処した。
「広目天王」
 召喚された式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)は宙空に現れるや否や広目天の霊眼で触手に攻撃を仕掛ける。光にひるんだ一瞬で敵の数を把握し、その数だけ分身を生み出すと剛腕の強弓で同時に射かけた。
 地に着地すると同時に洗礼の光を用いる。しかしその光は主に、彼らの目的を見抜いて制止しようとしたコントラクターたちに向けられたものだった。それはダークビジョンを用いていた分攻撃力を増して、コントラクターたちの目をくらませる。
 広目天王が足止めをしたその一瞬で、2人を乗せた影に潜むものは彼らの攻撃の届く域を走り抜けてしまっていた。
「……くそっ!」
「待て陣! 先にこいつをやってからだ! でないと前後で挟み撃ちにあうぞ!」
 反射的、飛び出して行きかけた陣をベルクが止める。フレスベルグがダリの喉笛に食らいつき、鉤爪で掻きむしっていているのを見て、全員に号令をかけた。
 応、とうなずき、それぞれが己の最も得意とする魔法、武器をかまえる。
「……しかたありませんね」
 もはやこうなっては自身とグラキエスだけを守るより、全力でダリを倒すのが得策と、ベルクの案に乗ることにしたエルデネストはグラビティコントロールで向かってくる舌や触手たちに負荷をかけて床に押しつぶす。重力波による圧を受け、ダリの動きがあきらかに鈍った。
「いまだ! 全員ありったけぶち込んでやれ!!」
 咆哮するベルクの指し示す一点に向かって全員が放った発光する一撃は互いを巻き込んで集束し、増幅しつつダリの皮膚にぞぶりとめり込んで、ぎゅるぎゅると錐もみしながら内へ押し入っていく。
 ダリがしゃがれ声でグケェと苦悶の悲鳴をあげた。次の刹那光はそれをも飲み込む勢いで厚い背を貫き、天井までも届く。そしてそこを砕く破壊音を響かせたのだった。




 壁が崩れる重い音が通路を反響しながら届いたとき、玄秀たちはすでに祭壇の間に到達していた。
 かつてオオワタツミの荒魂が封じられていたという場所は崩落した天井や壁の瓦礫で埋まり、国家神の住まう神殿としてかつては荘厳であったに違いないのだが、今となっては地上の神殿跡同様見る影もない。
 だが玄秀は特に何の感慨も感じられず、索敵のための一瞥ですませると、祭壇と思われる台へと近づいた。
「これがマフツノカガミか」
 直径50センチ弱。厚みは2センチほどだろうか。円形の物が乗っている。7000年の間に堆積した土埃を払って持ち上げようとした直後。
「そうだ」
 彼の独り言に対する返答のような低い声が背後で起きた。
「!!」
 振り返った玄秀の目に、顔の上半分を仮面で隠した男の姿が入る。露わとなっている口元にはしわが刻まれ、壮年であるように思われるが……。
 男が近づく気配は全く感じ取れなかった。それどころか、姿を目にしている今も男の気配は感じ取れない。たしかに生身として存在しているのに。
 そして男の足元にはティアンが倒れていた。
 男に右腕を掴まれているため完全に倒れ伏してはいない。傷もなく、血はどこからも流れてはいないようだが、その閉じられたまぶたはぴくりとも動かず、眠っているのか、それとも死んでいるのかすら判別できなかった。
「……きさま、何者だ」
 動揺を悟られてはいけない。必死になっているのも気づかれないよう、平常心を装って誰何する。
 だが男はそんな玄秀の努力を児戯と嘲るかのような笑みを口の端に刷いた。
「そんなことはどうでもいい。おまえも名乗らずともいい。興味はない。
 ただ、マフツノカガミをおまえに持って行かれては少々困る。そこに戻してもらおうか」
 ――主。

 背後の影から広目天王が命令を求める声がするも、玄秀は返事を返さない。今うかつなことをすればティアンが……。
「――断る、と言ったら……?」
 慎重な声に、男は小首を傾げてみせる。と、ふいにその姿が三重にぼやけた。
「……? 目、が……」
 おかしい。そう口にする前に、玄秀はその場に両手をついていた。
 おかしいのは目だけではない。
「なに、を……」
「未熟な子どもだ。何をされたかも分からぬのなら、知る意味もあるまい」
 そのままずるずると床に倒れ込み、動かなくなった玄秀の体を男が抱き上げる。
「そこの従者」男は広目天王の潜む影に向かって言葉を投げた。「この女を連れてついて来い。なに、心配は不要だ。おまえの主人は金縛りにあっているだけだ。このままここへ放置するわけにもいかないからな、地上で解放してやろう」
 男は広目天王がそれに黙して従いティアンを抱き上げる一時、床に転がったままのマフツノカガミを拾い上げ、元の祭壇へ戻した。
 そして何か意味ありげな笑みを浮かべて見つめる。
「さあ行くぞ」
 男は玄秀たちが入ってきた入口とは反対側の闇に向かって歩き出した。




 コントラクターたちが駆けつけたとき、祭壇の間には人の気配はなかった。
「よかった! マフツノカガミがあった!」
 まっすぐ祭壇の台へ駆けつけたコハクがマフツノカガミを持ち上げ、みんなに見えるようにかざす。そして、さっそくサイコメトリをかけてみた。
「……うん。間違いない。これがヒノ・コさんの言っていたマフツノカガミだよ」
 まぶたの裏に展開した7000年前の光景に、コハクはホッと胸を撫で下ろす。
 じっと見守っていた美羽も、それを聞いてようやく笑顔になれた。
「よかったぁ。てっきりあの人たちに持って行かれちゃったのかと思ってた」
「やつらが先に着いたのは間違いないんだ。なのにここにはいないってどういうことだ?」
 ベルクのいら立った言葉に、同意するようにグラキエスもうなずく。
「アウレウス、どうだ?」
「――は。いえ、何も感じ取れません。ここにはあのヒダル1匹おらぬようです」
 大帝の目も用いて索敵を行っていたアウレウスは、この広間にいるのは自分たちだけだと確信して、グラキエスたちを振り返った。
 ヒダルはダリが彼らに倒されたのを見て恐れおののき、クモの子を散らすように暗闇へ逃げ込んでしまった。あの様子では、もう二度と襲ってくることはないだろう。
「何がなんだか分かんねーが、目的のカガミは手に入ったんだし、とりあえず上に戻るとするか。いつまでもこんな辛気くせーとこにいたってしゃーねぇし」
 頭をガリガリっと掻いてコハクの元へひょこひょこ歩いて行った陣は、「何があるか分からねぇし、俺が持っておく」と言ってマフツノカガミを受け取った。高い戦闘力を持つコハクや美羽がこういった物を持っていては、もしものとき、十二分に戦えないと考えたからだ。
 しかし帰りの道中、彼らの懸念していたような襲撃はなかった。そのことに一度ならず全員が首を傾げたが、玄秀たちがどうなったかについて満足に説明できる者もおらず、それについては考えることを放棄するしかなかった。
「おかえり。みんな無事なようだね」
 階段を上がって外に出た彼らを、ヒノ・コがにこやかに出迎える。
「ただいま! ヒノ・コおじいちゃんっ!!」
 ティエンがうれしそうに抱きつく後ろから、マフツノカガミを持った陣が近づく。
「カガミ、ちゃんとあったぜ、じいさん。
 あまり時間がないって言うから聞きそびれてたが、こうして手に入れた今、これが何に必要なのか、ちゃんと説明してくれるんだろうな?」
「うん。いいよ。危険なヨモツヒラサカを下りてカガミを取ってきてくれたきみたちに対して、わたしにできるのはそれくらいしかないからねぇ」
 にこにこと笑顔でマフツノカガミを受け取るヒノ・コ。
 ここにいるだれも、気づいていなかった。
 ヒノ・コの目的がヨモツヒラサカを下りてマフツノカガミを回収することにあると知りながら、なぜ敵は何の妨害もしてこなかったのか。
 もしそれについて、ちらとでも疑っていれば、これは防げたかもしれなかったのだが。
 それを彼らが知ったのは翌日のこと。
 前夜の達成感など粉微塵に吹き飛ばす衝撃がコントラクターたちを襲うことになる。


 そうしてもはやとりかえしのつかない、考え得る限り最悪の状況へと事態は急変していったのだった――――。







『【蒼空に架ける橋】第3話「忘れられない約束」 了』

担当マスターより

▼担当マスター

寺岡 志乃

▼マスターコメント

 こんにちは、またははじめまして、寺岡です。

 10日余分に日数をいただきながら、この体たらくぶり。大変申し訳ありませんでした……。
 決して努力を怠っているわけではないつもりなのですが、結果がすべてですね……。本当にすみません。われながらなさけないです。

 あと残り2回(か、3回)となりました本キャンペーンですが、どうか寛大な心でおつきあいいただければ大変ありがたく思います。
 ……難易度はかなり急上昇しておりますが。



 それでは、ここまでご読了いただきまして、ありがとうございました。
 次回ガイドはできるだけ早く出したいと思っております。そちらでもまたお会いできましたらとてもうれしいです。
 もちろん、まだ一度もお会いできていない方ともお会いできたらいいなぁ、と思います。

 それでは。また。