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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

リアクション

 明暗が入り混じった複雑な空模様の黄昏の空を背景に、隠れ身を用いて先行するペガサスが1頭。
「ここからは空賊らしくいかせてもらうわ」
 だれに気づかれることもなく船の上空まで騎獣を進めたリネンは、甲板の様子を確認してから新生のアイオーンを手に一気に強襲をかける。真下にいた1人に背後から袈裟懸けに斬りつけると同時に、すぐ近くにいた2人も打ち払った。
 新生のアイオーンは鞘に収まったままで、船員たちはいずれも斬られてはいない。だが鋼の棒で急所を打たれれば、その衝撃は大の男を昏倒させるに十分だ。
 船員たちは、文字どおり突如降って沸いたかのようなナハトグランツとリネンの登場に目を瞠り、驚愕しながらも、さすが訓練を受けた兵士らしくすぐさま隠し持っていたナイフを抜いた。
 そのうちの1人、いかにも彼らのリーダー格といった風格の男が声を張る。
「動くな!!
 きさま、何者だ! まさか船の積荷を狙っての海賊か!?」
「積荷が目的、というのは正しいわね。でも海賊ではないわ。私は『シャーウッドの森』空賊団副団長、『天空騎士』と畏れられる空賊よ」
「『シャーウッドの森』空賊団? 聞いたこともないわ!」
 そう返されてもリネンは驚かなかった。7000年鎖国していてつい最近国交を回復したような、言うなればバラミタでは田舎も同然の地で知られていないのは当然。リネンのプライドはわずかも揺るがない。
「ではあなたたちがこの地で最初に私の名声を知る者になるわけね。
 さあかかってきなさい。名にし負う天空騎士の技と力、その身の隅々まで刻みつけてあげるわ」
「生意気な小娘め!」
「いまだ」
 船員たちの注意が完全にリネンの方に向いたのを見計らって、フェイミィとユーベル、そしてセレンフィリティセレアナがそれぞれ武器を手に甲板へ飛び込んだ。
「っだあ!? きさまらァ!!」
 ダンッ! と下り立つ足音に、たたらを踏んで何人かが肩越しに振り返る。
「『シャーウッドの森』空賊団、アイランド・イーリの操舵手ですわ。
 島で鍛えた力、あなたたちで試させてもらいましょう」
 ソード・オブ・バンズをかまえたユーベルが先頭に立ち、いまだ体勢を整えられずにいる男たちへ斬り込んでいく。フェイミィは一歩遅れるかたちでユーベルの後ろにつき、天馬のバルディッシュの長いリーチを活かして自分たちを囲もうとする男たちを近づけさせまいとした。
 銃を抜き、中距離から彼女たちを撃とうとする者たちにはソーラーフレアを持つセレンフィリティと、セレアナが両手の青のリターニングダガーで邪魔をする。さすが実践豊富な教導団員らしく、物陰に隠れて撃とうとする1人も見逃すことなく、正確な射撃で着実に彼らを行動不能へ追い込んでいった。
 その光景を、ナ・ムチたちは上空からトトリで見守る。
 船の者たちは突然現れた5人の奇襲に応戦するので精いっぱいで、時間差で現れた上空の者たちに気づいている様子はない。
「ね? 味方にすればこれほど頼もしい者はいないと言ったでしょう」
 鉄心はナ・ムチに告げる。
「あなたが敵を深刻な相手として慎重になるのは分かります。どんな相手であれ、敵を侮るのは愚か者のすることです。ですが、味方の力も同等に認めてください。私たちは決して何の理由もなく、軽い気持ちで味方になると広言しているわけではないんです」
 ナ・ムチが何か言おうとしたとき、巽が降下の合図を送ってきた。
 今はツク・ヨ・ミ救出だけを考えるべきだ。そうナ・ムチが思い直し、機首を下に向けたのを見て、鉄心やかつみもそれに倣う。
「いくぞ、ティア!」
「ほいきた!」
 ほとんど落下と言っていいほどの急降下で、風森 巽(かぜもり・たつみ)ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)はメインマストへとまっすぐ突っ込んで行った。たしかにスピードは出るが、普通ならどんな乗り手でも操縦不能、きりもみを起こして甲板へ激突しそうな荒業だ。一番それと知るナ・ムチとスク・ナが息を飲む前で、巽とティアはトトリを乗り捨て、メインマストの周囲に何十本と張られたロープをくぐり抜けると見張り台にいた男2人を蹴り落として着地する。もちろん、こんなアクロバティックなことを可能にしたのは、巽の軽身功、それに風術とティアの空飛ぶ魔法↑↑が微妙なバランスを保ったおかげだ。
「ティア、ここは任せた」
 巽はすぐさま甲板へつながる太いロープの1本を軽く引いて強度の確認をとると、それを手に下へ向かう。やはり風術の風が下から押し上げて、難なく巽は甲板へ降りた。
「うん! 任されるよ! だからタツミはセッちゃんのことよろしくね!」
 口元に手をあて、下に向かって叫ぶ。返事のように親指を突き立てた腕を上げて見せる巽に満足そうにうなずくと、ティアは今度は甲板に舞い降りたほかの者たちと合流しようとする巽の進路を邪魔する者たちに向かって神威の矢を射かけていった。
「巽さん、こっちこっち」
 ドアの前で七刀 切(しちとう・きり)が待っている。
「ウァールたちは?」
「船倉の方に向かってる。鉄心さんたちがサポートについて行ったよ」
「じゃあ俺たちは予定どおり上に向かうか」
 ツク・ヨ・ミの居場所の予想は、下の船倉、上の船長室と意見が2つに割れていた。どちらもあり得ることだった。そこで二手に分かれることにしたのだ。どちらにしても、船内の敵を二分できる。
 ばたばたと船員たちが走り回る足音が上下階からするなか、七刀 切(しちとう・きり)ルーン・サークリット(るーん・さーくりっと)柊 真司(ひいらぎ・しんじ)ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)の4人とともに、上階の船長室へ向かって階段を駆け上がる。
 彼らの後ろで重い鉄製のドアがばたんと閉まったとき。床からにじみ出るように黒い人影が甲板に立ち上がった。
「現れたわね、ヤタガラス」
 まるで雨後のタケノコのように、次々と現れてくる影にリネンは目を走らせる。どうやらミサキガラスはいないようだ。まだ出る幕はないと温存しているのか、それともツク・ヨ・ミのそばに張りついて動かないのか。
「こいつらに有効なのは光輝属性攻撃のみよ。それも力は削れるけど、致命傷にはできないわ。肌が接触すれば暗闇に浸食される。みんな注意して!」
「了解!」
 敵ヤタガラスは5体。それぞれが1体受け持つと目算し、じりじりと距離をとり始める。彼らの誘導に乗って、ヤタガラスがゆらゆら揺れながらそれぞれに接近しようと動き始めたとき。そこにぱたぱたと走り込んでくる軽い足音を耳にして、フェイミィは「ん?」とそちらに視線を向けた。
「げっ!?」
 いつの間に甲板に飛び乗っていたのか。それすらも気づかない近距離に、小さな子どもがいる。
「ばっ……、こっち来るな! 向こうへ行け!!」
 両手を突き出して無邪気に駆け寄ってくる黒髪、オッドアイの少女に、フェイミィはぶんぶん手を振って見せたが、少女は全く意に介していないようである。
 ヤタガラスも少女に気づいて、くるりと方向を変えた。
「ちくしょおっ!」
 少女へ向かって伸ばされた腕に向かって光の閃刃を飛ばす。ほぼ同時に
「深優!!」
 と少女を呼ぶ女性の声がして、少女の体が後ろへ引っ張られる。次の瞬間、ヤタガラスは光条兵器の光を受けて八つ裂きに散らされていた。
 ぱちん、と小さな音を立て、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は刀孤月をしまう。
 霜月に散らされたヤタガラスはすぐ先で再び集束し、黒い人影となったが、霜月の放った光を警戒してかすぐさま襲ってこようとはしなかった。そこにフェイミィが追いつき、天馬のバルディッシュを振り下ろしてヤタガラスの注意を自分へ向けさせる。
「てめえの相手はこのオレだ!」
 それを見て、霜月は背後の妻クコ・赤嶺(くこ・あかみね)と2人の娘赤嶺 深優(あかみね・みゆ)に肩越しに視線を走らせた。
「クコ、深優は無事ですか?」
「ええ。
 まったくこの子ったら! 危ないでしょう、何考えているの!」
 雷を落とす母を見て、深優は首をすくめる。ヤタガラスとか、化け物よりもずっとずっと、深優は怒る母がおそろしかった。
「だって〜……」
「だってじゃありません!」
「クコ、今はそれくらいに」霜月が助け舟を出す。「ここはまだ安全ではありません」
「……そうね。霜月、空木を呼んでちょうだい」
 霜月が「空木」と名を口にすると、彼の影からじゅるじゅると黒いスライムのような湧き出した。特定の形を持たないその影は、霜月の願いに呼応するように、走りやすい四つ足の獣の形となる。
「深優を安全な場所へ。おまえは深優を守っていなさい」
 霜月の命令を受け、空木は深優の襟首をくわえると目にも止まらぬスピードで甲板を飛び降り、駆け去って行った。
「あーーん〜……」
 つまらなさそうな深優の声が、すっかり暗くなった桟橋の向こうから聞こえてくる。
「まったく。あの突撃思考はだれに似たのかしら。ほんのちょっと目を離しただけで、もう姿が見えなくなるなんて……肝が冷えたわ」
 ふう、と息をついて立ち上がるクコに、霜月はこっそり心のなかで「あれはどう見てもクコの……」と答える。もちろん声に出しては言わないが。
「潜入するのはもう無理なようです。こうなったら自分たちはここでできる限り彼らの気を引いて、足止めをしましょう」
「そうね」
 応えると同時に、クコは高く跳び上がった。船内の廊下といった、限られた空間でなく、外で戦う方が獣人としての本領を発揮できる。宙に張られたロープを足場に向きを変え、ヤタガラスに向かって急降下するや、勢いよく踏みつぶす。クリムゾン・パッドはヤタガラスを縦二分するように散らした。浸食しようとした黒い影は、クコの身を包む炎のごとき吹き上がったオーラが寄せつけない。そのままこぶしをふるい、集束してまた人影に戻ろうとするのも待たずに散らしていくクコのスピードと攻撃はすさまじかった。だがやはり光輝属性を持たない攻撃は、ヤタガラスを散らすことはできても力を削ることはできない。
 フェイミィの武器、天馬のバルディッシュを真似て腕の先にバルディッシュをつくりだし、クコに向かってふるい始めたヤタガラスを見て、霜月が間に割り入った。
「ここは自分とフェイミィさんで対処します。クコは船員たちをお願いします」
 ヤタガラスは全部で5体。しかしここにはヤタガラスだけでなく、船員たちもまだ数名ながら残っている。ヤタガラスのみに集中するわけにもいかないことで、各々が苦戦しているのを見て、クコはうなずいた。
「分かったわ!」
 というのは実は方便で、霜月としては、わけが分からない敵よりクコには人間を相手にしてもらっている方が自分の心理的負担が少なくて済むというだけの話である。ただの人間であれば、どんな武器を持っていようがクコが負けるはずはない。
「これで敵に集中できます」
 ふっと感情の消えた表情で霜月は体を落とし、ギリギリまでヤタガラスを引きつけたところで孤月を鞘走らせた。刀身を輝かせる光が黒いバルディッシュを寸断し、その持ち主ごと切り刻む。
 上の方では、浄化の札、呪い返しと試してみたがいずれも効果がないと判断したティアが、すっぱり敵をヤタガラスから人間へと切り替えて、神威の矢を放っていた。
「これでもくらえーっ!」




「むう……」
 操舵室から甲板の様子を見下ろして、この船の船長は渋面になった。
 侵入者はわずか数人であるというのに、どう見てもこちら側が押されている。
「まったく、あいつらは何者だ。こんなことは聞いてないぞ……」
 海賊が現れたと、すでに弐ノ島の港湾管制塔には救援を乞う通信を行っていた。しかしなぜか港湾管制塔は一切返答を返さず、コールを受信しているかもあやしい。
 真相はともかく、この船は肆ノ島の貨物船として正規に入港している船だ。取引も積荷も本物、船員や船の偽装は完璧。港湾管制塔は通信に応じる義務、船を守る義務があるはずだ。
「……くそ。もう一度救援コールを送れ。それでも返答がなければ、周囲の船にコールしろ。この港は港湾法違反だ、入港した船を守らないと厳罰に問われると全方位に叫んでやれ!」
 そのとき、床と擦れる音がして、後ろのドアが開いた。
 黒衣をまとった外法使いが入ってくる。いつもながら男がまとった背筋がひやりとするような気配に鳥肌が立つ思いで船長は一瞬言葉を失い、ごくりと唾を飲み込んでから振り返った。
「何の用だ」
「船を出しなさい」
 丁寧な口調だが、それは命令だった。
「何を……正気か!? まだ甲板には気を失った部下がいるんだぞ! あんたのあの化け物どもはともかく、ヘタをすれば雲海に投げ出されてしまう! それともあんたがあいつらを使って、助けてくれるとでも言うのか?」
 世迷い言を。そう言いたげな酷薄な笑みが外法使いの口元に浮かぶ。船長もまた、外法使いがそう返答するのは分かっていた。
「このままでは積荷を奪い返されてしまいます。われわれが一番に考えなくてはならないのは、何を犠牲にしようとも積荷を連れ帰ることです。
 さあ、船を出すのです」
「……断る。あんたに協力しろと言われたが、部下の命を引き換えにとまでは言われていない。もしそのつもりだったならおあいにくだ、こっちにはあんたにそこまで協力する義理はない」
「しかたありませんねぇ」
 外法使いはふうとため息をつくと、窓の外の甲板へ向き直った。左手に握り込んでいた衣嚢(えのう)の口を開いて手を突っ込むと、頭がい骨を取り出す。
「さあ、そこに転がっている人間たちを殺しなさい」
「きさま何を!?」
「あの者たちが生きているから船を出せないのでしょう? 死んでしまえば飛ばせますよね?」
 ぞっとする笑みを浮かべた外法使いに船長は絶句し、二の句が継げなくなる。
 真司たちが到着したのは、まさにそのときだった。
「声を聞きつけてきてみれば。
 味方の命すらそれだなんて。とんだクズね。外法使いってみんなこうなのかしら?」
 見下げはてたゴミと言わんばかりの視線でルーンは目の前の男を頭の先から靴の先までじろじろ見ると、フンと鼻を鳴らす。
「きさまら、どうしてここに……!」
 動揺する船長に、真司は威嚇のように22式レーザーブレードを軽く持ち上げて切っ先を向けた。まだ彼の方が話が分かりそうだ。
「俺たちはべつにあなた方を皆殺しに来たわけじゃありません。あなた方が話していた積荷……少女を返してくれれば、おとなしくひきあげます」
「ククッ」答えたのは外法使いだった。「愚かなことを。生半可な覚悟で彼らがこんなことに加担していると思っているのですか? 連れて戻らねばどんな制裁が待っているか、彼が知らないとでも?」
 外法使いは船長を見る。
「あなたもいい加減、腹をくくりなさい。こんな子どものような者たちにいいようにやられ、部下は倒され、請けた任務も果たすことができず……そんな傭兵に、何が残るんです? さあ、船を――」
「……うるさいっ!
 相手はたった5人だ! やってしまえ!」
 船長の号令に、室内にいる男たちが全員銃を抜いた。一斉に鳴り響いた耳をつんざくような銃声よりも早く動けたのは、この部屋に入って以来ずっと周囲の者たちの様子をうかがっていたヴェルリアだった。
 素早く前に出て、アブソリュート・ゼロで生み出した氷壁がそのすべてを受け止める。近距離とはいえ、分厚い氷を貫通できた弾はなく、氷壁が消えると同時に床へ落ち、金属の音をたてて転がった。
「ごめんなさい……っ」
 ヴェルリアは続けてショックウェーブを放ち、周囲の人間たちをはじき飛ばす。男たちは次弾を撃つ猶予もなく後ろへ飛ばされ、激しく体を打ちつけて銃をこぼし、その場にうずくまった。
「まったく往生際の悪い人たち」
 憤慨するルーン。
 彼らの前、ヴェルリアのショックウェーブをまるでそよ風のようにすかした外法使いがくつくつと笑う。
「やれやれ。しょうがないですねぇ。これを使うしかありませんか」
 衣嚢に先に取り出していた頭がい骨を戻し、かわるように取り出したのはひと回り小さく、茶色く変色した頭がい骨だった。
「こいつは大分年を経ていましてね。できれば使いたくなかったのですが」
 頭がい骨を持つ外法使いの手の影――いや、頭がい骨の影そのものが動いて立ち上がる。その影は外の5体と違い、灰色をしていた。
「これはミサキガラスではありませんが、ほぼ同様の力を持っています。こいつならあなたたちを十分八つ裂きにする力があるでしょう。――行きなさい」
 外法使いの指令を受けて、灰色のヤタガラスはざあっと身を伸び上げながら真司たちへと向かってきた。
「ルーンさん、後ろへ下がって!」
「ヴェルリアもだ!」
 交代して前へ出たは、背負っていた大太刀我刃切者をひと息に抜き放つ。
 灰色のヤタガラスはそれを目にした瞬間、全長2メートルの長大な刀身を持つ刀を出現させた。そしてそれを待ち構える切に向け、大上段に振り下ろす。光と影がぶつかる衝撃波が耳鳴りのように空間を走り、遅れて剣げきが響いた。