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リアクション
剣の先端を堂々と地面へ突き出し、レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)は威勢よく呼び掛けた。
「クライス! 負けた方が空京のミスド奢りな!」
「勿論、食べ放題ですよね?」
同じく剣を地面へ向けたクライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)が自信ありげに返し、レイディスはにやりと笑みを浮かべる。
ところで二人は褌一丁だった。日本の戦闘着だからな、とノリノリで提案するレイディスに怯む所を見せまいと乗った結果がこれである。タコと戦う前から程よく筋肉の付いた体躯を晒し、二人は意気揚々と頷き合った。
「じゃ、行くぜ! いやっほー!」
レイディスの掛け声を合図に二人は同時に剣を抜き、走り出す。両者一歩も譲らず、道を塞ぐタコがあれば足を留めずに薙ぎ払い、目的である大タコを目指す。そう、彼らはどちらが先に大タコを倒すかの勝負をしていた。
「そろそろ疲れて来たんじゃないか、クライス?」
煽るようなレイディスの言葉に、クライスは強気な笑みを浮かべたままに返答する。
「食べ放題の前には、丁度良い運動ですよ」
互いに息を上げながらも、決して先を譲るまいと二人は駆け抜けていく。彼らが目指す最奥の空間では、既にとある生徒がタコと対峙していた。
誰よりも早く大タコの元へ辿り着いた東條 カガチ(とうじょう・かがち)は、眼前に広がる異様な光景を呆然と眺めた。
空間を覆い尽くさんほどの巨大なタコが二匹。白い方の脚には、ぐったりとしたヴラドが殆ど衣服を溶かされ切った状態で捕らえられている。
「焼いて食ってみるか……取り敢えずあれ邪魔だな。おーい!」
ぼそりと小さく呟いたカガチは、ヴラドへ呼び掛けるよう声を上げた。一向に反応の無い彼に辟易して足を進めた彼の左右を、二人の人影が駆け抜ける。
「はっ!」
バーストダッシュで天井付近へと駆け上ったクライスは、力強く足で天井を蹴ると同時に再度バーストダッシュを発動した。空からの急襲を仕掛ける彼に、巨大な赤タコは直ぐには反応がままならない。
同時に触手を切り払いながら、レイディスは白タコへと真っ直ぐ向かっていく。次々に再生する触手を爆炎波で切り落とす彼が白タコの胴体へ剣先を突き立てるのと、クライスの刃が赤タコの頭部へ突き刺さるのは、殆ど同時だった。
「くらえ!」
どちらともつかない咆哮が上がり、レイディスの轟雷閃、クライスのアルティマ・トゥーレがそれぞれのタコを襲う。絡めた互いの脚を強く握り合ったタコたちが動きを止めるのを目に留めたカガチは、素早く走り出す。
「生きてるかー、ってこら」
力が抜けて垂れ下がった脚からヴラドを救い上げ、カガチはのんびりとした調子で声を掛ける。薄く瞼を押し上げたヴラドが何を言うよりも早く牙を剥くのを目に留めると、ぱしんと軽く頭部を殴り付ける。
「しょうがねぇなあ、ほら飲め」
それきりぐったりと動かないヴラドに流石に情の湧いたカガチは、おもむろに袖をまくると、剣先で自らの腕を切り付けた。鋭く襲う痛みと共に溢れ出す鮮血をヴラドの口元へ運ぶと、弾かれたように顔を上げた彼は喉を鳴らして飲み下す。
「あ……ありが」
「じゃ、俺はタコ食べに行くから」
喘ぎ喘ぎに礼を述べようとしたヴラドの言葉を最後まで聞かず、だらだらと血を垂らす腕をそのままに、カガチはレイディスの切り落とした焼けた脚の先端を摘まみ上げた。躊躇いもなく、ひょいと口へ放り込む。
「うまい」
「止血をしなさい!」
僅かに理性を取り戻したヴラドが声を荒げ、思い出したようにカガチは腕へ布を巻き付ける。次の瞬間、彼の世界は反転した。
衝撃から立ち直ったタコが、手当たり次第に脚を這わせ、それぞれを捕らえる。足首を掴まれたカガチはそのまま吊り上げられ、離れたところではレイディスとクライスもまたタコの脚に捕らえられていた。未だに力の入らないヴラドも同様で、再び白タコの脚に捕らえられてしまう。
「させない!」
次の瞬間、赤タコがぐにゃりと揺れた。鬼院 尋人(きいん・ひろと)のランスの一撃がタコを貫き、同時に飛び散る粘液が彼の鎧を溶かすが、気に留める様子もなく彼は槍を振るう。
「あ〜れ〜、助けて〜」
ほぼ同時に上がった芝居臭い悲鳴に、尋人は呆れ交じりの視線を向けた。彼のパートナーの西条 霧神(さいじょう・きりがみ)が白タコの脚から逃げ惑う姿が映る。
「ごめん、自分でよろしく。……っ!」
しかし突き放す言葉を投げた尋人は、次の瞬間己の胴を包むタコの脚に目を見開いた。大きさの割に素早い動きに、長物では対処が追い付かない。
「たかがタコが、俺をどうするつもりだ?」
挑発気味に言葉を投げかける間にも、四肢の動きは拘束されていく。視界の端に同じく捕まったパートナーの姿を捉え、しかし騎士としての誇りは決して捨てまいと、怯む心を振り払って尋人は真っ直ぐにタコを見据える。
「カガチ!」
そんな時、遅れて到着した椎名 真(しいな・まこと)が驚いたように叫んだ。逆さ吊りになりながらもひらひらと手を振り返すカガチの様子に、一先ずは安心したように吐息を零す。双眸を細めて光条兵器のクロスボウを抜き放つ彼の傍ら、共にこの場に到着した白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は場の全体を視界に収めようと一歩下がる。
「……冒険小説の挿絵みたいになりそうだね」
得意の絵に起こして考えた珂慧は、眠たげな表情のままに呟いた。静かにダガ―を引き抜き、「僕が囮になるよ」と一歩歩み出る。吸血鬼のパートナーを持つ彼に、白タコの脚もうねうねと反応を示す。
「じゃ、あたしはこっちを援護するわね」
同じく同行していたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、至れり尽くせりの能力で次々と投げ槍を取り出しつつ声を上げた。その隣の和泉 真奈(いずみ・まな)も穏やかに頷き、真と珂慧の二人にパワーブレスを掛ける。
「嬢ちゃん、俺にもそれ、頼むぜ」
威勢よく上着を脱ぎ捨てながら、原田 左之助(はらだ・さのすけ)は薙刀を片手に快活な声を掛けた。パワーブレスの光が身を包むのを見ると、「ありがとよ」と満足げに声を返す。
「白菊、無理はなさらないように」
剣を片手に紡がれたクルト・ルーナ・リュング(くると・るーなりゅんぐ)の忠告に、珂慧は軽い調子で頷いた。とんとん、と爪先で二回大地を蹴ると、それを合図に走り出す。
「食べられるのは、君の方だよ。あんまり美味しそうじゃないけど」
白タコの脚が珂慧へ迫り、一本を切り払った彼へすぐに次の脚が向く。踊るように身を回して二本目も切り捨てた珂慧へ迫る第三の脚を、ミルディアの投げ付けた槍が貫いた。
「あっ……このデカブツ!」
伸ばされた赤タコの脚が咄嗟に身を交わしたミルディアの脚を掠め、滑らかな太股が露になる。薄らと頬を染めたミルディアが一歩飛び退いたところで、タイミングを合わせた真奈は勢いよくバニッシュでそれを吹き飛ばした。その隙にも、ミルディアは怯まず槍を投げ続ける。
槍の援護を受けてクロスボウを放つ真は、心配そうにカガチの様子を窺った。同時に彼へ迫る赤タコの脚が見え、真は目を見開く。友の危機に居ても立ってもいられず飛び出した彼へ、しめたとばかりに赤タコの脚が襲い掛かった。
「しまった……!」
捕らわれた真の上衣がどろどろと溶け、がっしりと筋肉の付いた体躯が露になる。比較的幼い顔に比べて酷く逞しいそれを気にしたように息を詰める真の様子に、薙刀を振るう佐之助はいち早く気付いた。
「おいおい、何やってんだ!」
ヒロイックアサルトの一撃で真を捉える脚を切り飛ばし、真を救い出した佐之助は、すっかり外気に晒された真の裸体に眉を下げる。
「寒いだろ、着とけ。ほら、気合入れていくぞ!」
真が肌を晒したがらない理由を知りながらも敢えて別の理由を述べ、佐之助は先程脱ぎ捨てたばかりの己の上着を真へと投げ付ける。ぱんと背中を叩いて再びタコへと向き直る佐之助の上着を纏いながら、真は力強く頷いた。
「あ……」
袖の溶けた珂慧の腕へ白タコの吸盤が貼りつき、悪寒を伴って血を吸い上げる。小さく声を漏らした珂慧は、むっとそのタコ脚へ噛み付いた。がじがじと齧る彼に負けず劣らず白タコの脚が絡み、その足をクルトの一撃が切り落とす。
しかし斬っては生えるタコの脚に、次第に一同は劣勢に追い込まれつつあった。捕らわれたレイディスやクライス、尋人が力を尽くして攻撃を放ち、真やミルディア、珂慧たちが合わせて攻撃を仕掛けるも、再生力の高いタコはすぐに体勢を立て直してしまう。やがてその場の全員がタコの脚に捕らわれると、タコたちは殆ど奇声に近い、魔物らしい咆哮を上げた。
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