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リアクション
「戦えない生徒達は、戦える生徒から離れないように、落ち着いて避難して下さい」
薔薇の学舎の校内に、緊迫した放送が響き渡る。同じ内容を数回繰り返した高谷 智矢(こうたに・ともや)は放送器具の電源を切ると、焦ったように窓の外を見遣る。
校門付近で御影の仕掛けた罠が炸裂し、同時に何人もの生徒達が決して学舎へ侵入させまいとタコを切り払う。しかし、圧倒的にタコの数が多い。彼らは何かを求めるように、真っ直ぐ学舎の中を目指す。
「……何か、学舎内にタコを引き寄せているものがあるんじゃないかな」
校門の内側、恐る恐るといった風に呟いた皆川 陽(みなかわ・よう)の言葉に、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は目を輝かせる。
「さっすが僕のヨメ! じゃあそれ探しに行こうよ!」
はきはきと促すテディの誘いに、しかし陽はうーんと唸る。
「闇雲に探しても……」
「危ない!」
陽の言葉の途中、鋭い声がそれを遮る。咄嗟に陽を庇うよう身構えたテディの視線の先、いつの間に校内へ忍び込んでいたのか背後から陽へ飛びかかろうとした一匹のタコが、不意に上がった爆炎に飲み込まれる。
「怪我はありませんか?」
放送室を飛び出した智矢が、予め仕掛けていた罠に火術を放ち発動させたのだ。両手で頭を抱えていた陽は暫くの間の後に怖々顔を上げ、自分に迫る危険が取り除かれたのを確認すると、ようやく智矢へ視線を合わせた。
「あ……ありがとう、ございます」
安堵の笑みを浮かべる智矢の傍ら、テディは面白くなさそうに肩を震わせる。このままでは、陽に良い所を見せられない。彼に自分の必要性を見せ付けてやらねばならないというのに。
「むっ……危険来い! じゃんじゃんこーい! おいでませモンスター!」
「……テディさん……」
テディのその発言に、陽は未知の生物を見るような目を向けた。有り得ない、と口以上に物を言う視線を受け、テディはうっと言葉に詰まる。
「ほ、ほら僕が守ってやるからさ! 原因探し原因探し!」
気を取り直したようにぐいぐいと腕を引っ張るテディに促されるまま、智矢へ一礼を施し、陽は学舎内へと向かっていった。
「校長の肖像画とかじゃない?」
「タコが欲しがるかなあ……あっ」
天井を見上げながら歩く陽は、不意にぐにゃりとしたものを踏み締めた。堪らず前のめりに床へ倒れ込む陽を、素早く回り込んだテディが受け止める。にやりと口元に笑みを湛え、自信満々のテディは剣を抜いた。
「見せ場はっけーん! さあ来いモンスター!」
「こんな所までタコが……」
怯えたように口走る陽を庇うように立ち、テディは剣を振り被る。迫る紅白ペアのタコを真っ直ぐに見据え、余裕の面持ちのままに、テディは剣撃を繰り出した。
「僕のヨメに手を出そうなんて、百年早い!」
チェインスマイトで素早く振るわれた刃がタコを捉え、真っ二つに切り裂く。飛び散る血液が陽に掛からないようにと盾にするよう剣を掲げ、テディはにっと歯を見せて笑う。
「どーよ!」
「……今のタコ、捕まえてどこに向かうのか見れば良かったかも……」
困ったように呟かれた陽の言葉に、あ、とテディは目を丸めた。
「露出狂ばかりだな……」
小型飛空艇からタコまみれの戦場を見下ろし、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は呆れたように呟いた。タコの行動を探るように高みから全体の様子を見下ろすうちに、ダリルはふと眉を寄せる。
「……試す価値はあるな。ルカ、俺だ」
携帯を手に取り、同じく小型飛空艇で離れた位置を飛行するルカルカ・ルー(るかるか・るー)へ呼び掛けると、続けざまにダリルは声を上げる。
「奴らはどうも吸血鬼を狙っているように見える。試してくれ」
「了解よ。……ちょっとご同乗願うわね」
それを受けたルカルカが高度を落とし、まさに白タコに囲まれていた一人の吸血鬼を浚い出した。衝撃で一度吹き飛ばされたタコたちは、正確にルカルカの飛ぶ軌道を追うように動きだす。
「ビンゴね。エース!」
「はい女帝、原因は分かったのか?」
ルカルカの連絡を受けたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の問い掛けに、曲芸飛行さながらの飛行でタコを誘導し時に回避しながら、ルカルカは見えないことを承知で頷く。
「うん、きっと狙いは吸血鬼! それでタコたちが学舎に引き寄せられている理由としては……」
「『闇の帝王』と呼ばれる程の吸血鬼……ラドゥ様が危ない!」
薔薇の学舎校長のパートナー、高名な吸血鬼ラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)。叫ぶように述べると同時に通信を切断し、エースはパートナーのクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)を伴い学舎へと駆け戻る。通話の切れた携帯を暫し呆れたように眺めると、ルカルカは即座に意識を切り替えた。
「エースたちがラドゥを連れ出すまで、タコを洞窟方面へ誘導するわよ!」
「ああ。……こっちだ」
同じく吸血鬼をタコの群れから救い出し、ダリルはタコの群れへとバニッシュを放った。一斉に自分を見上げたタコから、逃げるように飛び出す。同じくタコの気を引いたルカルカと時に並び、時に離れて、二人はタコたちを学舎とは逆の方向へ誘導していった。しかし、矢張り何かに惹かれるように、群れの大半は学舎への道を辿り続ける。
「見付けたよ、エース!」
クマラが嬉しげに声を上げる。小型飛空艇で学舎へ辿り着き、勘や他の生徒の目撃証言を頼りに学舎内を探し回っていた二人は、避難もせずに食堂でジェイダスの肖像画を眺めるラドゥを見つけ出した。
「……何だ、騒々しい」
明らかに不快気な視線を向けるラドゥへ、エースは恭しく一礼を施す。
「ラドゥ様。実は折り入ってお話が……」
「タコが云々という話なら、聞き飽きた」
事も無げに返すラドゥに、エースはぎょっと目を丸めた。傍らのクマラは焦ったように口を開く。
「早く逃げないと、タコの群れに埋まっちゃうヨ!」
「貴様たちが食い止めれば良い事だろう。ジェイダスの学校にタコの一匹でも乗り込ませてみろ、私が貴様らを喰ってくれる」
再び肖像画へと目を戻したラドゥが不機嫌に告げる言葉に、クマラはうっと怯んだ。取り付く島もない様子の彼へ、エースは追い縋るように言葉を掛ける。
「そのタコたちの狙いはラドゥ様のようなんですが……」
「……何?」
ぴくり、とラドゥの片眉が上がる。僅かに興味を示した彼へ、畳み掛けるようにエースは要求を続けた。
「ですから、もし宜しければ俺の小型飛空艇でタコを誘導するのを手伝って頂けませんか?」
「……下らん。私の身が危ないというのなら、貴様たちがそこの入り口で盾になって私を守れ」
悩むような間を置いた後にやはり首を横に振る彼の姿を最後に、エースとクマラは食堂を後にした。
「どうする、エース? 他の吸血鬼さんを連れて、洞窟の方に行く?」
クマラの問い掛けに、エースは左右に首を振った。学舎内部へタコの侵攻を許してしまっている以上、ここにラドゥ一人を置いておくわけにはいかない。
「いや。ここでラドゥ様を守ろう」
扉の前へ陣取りライトブレードを構えるエースに、クマラも頷くとタコのにおいを探るように身構えた。
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