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リアクション
■
カフェテラスの隅にて。
アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)は、パラミタ虎のグレッグを足元で眠らせつつ御陰 繭螺(みかげ・まゆら)のたわいない話を聞き流していた。
「……私達に、何か用か?」
不機嫌そうに振り向くアシャンテに、愛美はそれでも例の勢いで話しかけた。
「……繭螺との出会い、か」
運命かな? と呟く。
「それこそが今の私の始まりだからな……」
グレッグの頭をなでつつ、目を細める。
出会ったのは2017年のある日。
タシガン空峡に浮かぶ小島の1つにある名も無き遺跡にて、アシャンテは目覚めた。
起きた瞬間目に飛び込んできたのは、泣きながら心配そうに自分を覗き込む少女……後にパートナーとなる繭螺の顔だった
そして、次に……自分が、何も覚えていない事に気づくのだった。
「そしてボクは、あの時に運命を感じたんだ!!」
繭螺は勢い込んで言う。
繭螺が「剣の花嫁」として実体を持って目覚めたのは、2017年のとある遺跡の中。
最初に目に飛び込んできたのは、自分の足元で全身傷だらけで倒れている女性の姿だった。
慌ててヒールをするも、傷は深く、何とか癒してもなかなか目を覚まさない。
心配で泣き出し、その雫が落ちた時、アシャンテは目覚めた。
その時に、繭螺は彼女に一目ぼれした。
話していると、彼女が記憶が無いと言った。
その時、自分も名前と、自分が剣の花嫁である事以外、覚えていない事に気づく。
だが、何故かアシャンテの事を「アーちゃん」と呼んでいた……。
「……その後、アシャンテ・グルームエッジと自らに名づけた女性と共に、記憶を探す旅に出たんだ!」
「『一目ぼれ』以外は、事実だな」
アシャンテは冷静に告げる。
「でも『互いのことしか分からない』ってのは、『運命の力』だよね? アーちゃん」
アシャンテははぐらかすように笑う。
「もう、アーちゃんってば! はぐらかさないでよ!」
繭螺はプウッと頬を膨らますのだった。
天城 一輝(あまぎ・いっき)はローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)、コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)、ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)と昼食中、愛美達に捕まった。
全員クィーン・ヴァンガードの武装をしていたため、弥が上にも目立ってしまったのだった。
「あ、えっと……マリエル様に、購買ではお世話になっております。ファラール様、お元気でしょうか?」
ローザはその場を取り繕おうとしたが、
「え? あ……うん、元気だけど。身体的・精神的に蒼空学園に通えるようになるのはまだ先みたいよ」
マリエルがそう話していたわ――言って、愛美は物々しい武装に目を丸くする。
「カフェで演習でもあるの? 一輝君。これから?」
「休日返上のミッションで今までかかっただけだ。飯を食ったら帰るから、見逃してくれ!」
その言はスイーツをパクつきながらのものだから、迫力に欠ける。
飯食ってねえんだよ、と生真面目に繰り返した。
「いくら何でも昨日から今日の昼までってのはやりすぎか……実際にやってみたら気持ちが良すぎて気付いたらこれだ。調子に乗りすぎて腰が痛い。でも、オレもまんざらじゃないだろ? しっかりと腰を落として全体重をかけたら機関銃一丁でも壁になれる……て、あれ? どうしたんですか愛美さん。顔が真っ赤ですよ?」
いてて、と一輝が顔をしかめたのは、ローザが足を思い切り踏んづけたから。
「何でもないのですのよ。オホホホ……」
それで、と愛美達に目を向けた。
「私達の契約の馴れ初めでいいのかしら? 甘いものではないのですけれど」
「ええ、是非!」
愛美はペコっと頭を下げる。
「では私から、よろしいかしら?」
他のメンバーが同意したのを見計らい、ローザが口火を切った。
「もう、10年ほど前になりますわ。当時7歳だった一輝と波長が合いまして、パートナー契約に至りましたの。けれど、問題もございましてね……」
フウッと溜め息。
「一輝のお父様は自衛隊でしたの」
「『でした』?」
「もう、その……いらっしゃいませんのよ、この世には」
ローザは顔をそむける。
「パラミタへの侵入にはパートナーとの契約が不可欠だ、という事がマスコミに流れましたの。『次は我が子を使うのか』という被害妄想丸出しのものが、毎日のようにテレビのテロップに流れましてね。お父様はそれを苦に……一輝のパートナーが私でさえなければ、このようなことには……」
「オレが誰であっても、パラミタに来たさ」
フォローを入れたのは一輝だ。
「ローザと一緒で、助かってるぜ!」
「一輝……」
ローザの白磁の肌に、大粒の涙がこぼれおちて行く。
(わわ、お、おおおおおおおお俺は、どうすればいいんだ!?)
一輝はスイーツの食べかすを口の端につけたまま、おたおたとローザの反応に戸惑う。
「ふ、小僧。若さゆえの過ちだな」
軍人の貫禄たっぷりに、コーヒーをすすったのはプッロだ。
「まあ、その甘さも何もかも、気に入って行っていればこその契約だがな」
ということは、次は彼が語るつもりらしい。
「お嬢さん方、あまり面白い話ではないぞ? 何しろ堅苦しい軍人の生き様だからな」
コーヒーカップを置く。
「我は『契約の泉』で覚醒したのだ。魂のままだったが、英霊珠により契約して初めてパートナーである『英霊』になれる、と知った。それでも不安はあった。様々な『英霊』の名が呼ばれたが、我の名は呼ばれなかったのでな。我の指揮官であったユリウス・ガイウス・カエサルにいたっては酷いものだ。『ジュリアス・シーザー』と呼ばれはしたものの、人格が分裂したらしく、見る影も無い」
「じゅ、ジュリアス・シーザー!?」
愛美達は目を丸くする。
「それって、7月の名前の由来になった人でしょ?」
「古代の英雄だったって言う……」
「ああ、我は彼の部下だったのだ」
彼は誇らしげに告げた。
「ガリア遠征時では、ローマ第三大隊の百人隊長であった」
遠い目で窓に目を向ける。
「果たして我はどうなるのか? 百人隊長の当時の力が本当に蘇ってくれるのか? 心配だった。が……」
その心配は杞憂に終わったらしい。
ローマの投げ槍に似た「フェザースピア」を握り締めながら、プッロは呟く。
「ではあたしの番ね!」
頃合いを見計らい、最後の1人――コレットが元気に語りはじめた。
「あたしの話はすぐに終わっちゃうんだけどね」
「うん」
「気が付いたら、森の中に倒れていたんだよね。どうしてそんなところに? と思う前に、おっかない咆哮が聞こえたの。で、振り向くとドラゴンが!」
よほど恐ろしかったのだろう。
コレットは自分の体を抱きしめて身震いする。
「そこに助けに来てくれたのが、一輝だったのね」
一輝を見て、意味深長に笑った。
「一輝が囮になってくれたんだ。でも、ホッとしたの束の間。一歩踏み出した先は崖だったの。私達はそこから落ちて……っ!」
「落ちて?」
「……で、そこから先、覚えてない」
「へ?」
「『記憶喪失』になっちゃったんだ!」
一輝覚えてる? とコレットは無邪気に一輝を振り返る。
「お、覚えてねーな……」
妙にギクシャクとした一輝に、疑いの眼差しを向ける愛美達なのであった。
神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)はレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)、柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)と日本茶に親しんでいた。
「2人との出会いですか? 自分契約時、覚えてないんですよ」
腕組みをして考え込み、駄目だと頭を振る。
「レイスの時は、正気じゃなかったですし……美鈴との時は、気が付いたら契約していたようで」
2人を振り向き、苦笑する。
「レイスの時は、湖の底に何年も鎖で拘束されていました」
「レイスさんが、ですか?」
「いえいえ、自分ですよ。花音さん」
「でも、翡翠さんって、地球人なんですよね?」
そんな「剣の花嫁」の設定に有り得そうな話、とか思う。
「時期が来る時まで、封印のために存在と力を隠されていた、と。そんなところでしょうね」
喉が渇いたのだろう。
茶を一気に飲み干す。
「レイスによって覚醒しましたが、いきなり転送されて、術が発動してしまいた。美鈴の時は、引きづられて先祖に乗り移られ解いたものだから、覚えていませんね……」
「人に歴史ありって、ことだろ?」
面倒臭げに口を挟んだのはレイスだ。
「あ〜俺の時は、翡翠お前、拘束されていたしな? しかも、水中だったから綺麗だったが、死んでいるかと思ったぞ。更に、引き上げたら転送されるわ。大変だったぜ」
「でも、タイミングが良過ぎない?」
愛美は首を傾げる。
「なぜレイスさんはそこにいたの? 『運命の導き』とか?」
「……翡翠は、俺の恋人が転生した姿なんだよ」
「え? それって」
「うん、だからそういうこと。で、美鈴は古くからの友人」
美鈴に目を向ける。
「という訳で美鈴の時も、俺もその場所にいたけど。駆けつけたら、お前倒れているから、運んだしな」
「そうだったんですか! 自分全く覚えてないんですけど?」
「覚えてないのは……しょうがないです」
ばつが悪そうに申し出たのは、美鈴だ。
「封印解除した時……マスター気絶しましたし。私は氷の中に封印されておりましたものですから」
「え? そうなんですか?」
「はい、マスター。その上マスターは、ご先祖様方に憑依されておりましたし。お陰で私の封印は無事解かれたのでございますが」
「封印って、そんなに簡単に解けるものなんだ」
「いえ、小谷様」
美鈴は微苦笑で頭を振る。
「どうやら翡翠が、封印した人のご子孫のようでして……」
だから術と血で封印が解けたのだという。
「何だかいろいろと複雑な『運命』なのね」
「まあ、うちって色々と厄介ですから、小谷さん」
翡翠は急須を手に取る。
「自分は一旦席をはずしますが、よろしければ色々2人に聞いてみてはいかがですか? 他人の体験は、聞いていてもためになりますし。面白いですねえー」
フフッと笑って、厨房へ消えて行く。
「翡翠はいい奴だよ。今も昔もな」
レイスの次の言は、2人の相棒達に聞かれない小声で。
「しかしだな。奴の自分を犠牲にする癖は、ちっとも治って無い。また、繰り返しのは、勘弁だな」
だが、確かに、と相槌を打ったのは美鈴だった。
「昔から他人を守るためなら、自分が傷ついても平気でしたね? そうですね……別れの運命は、もう2度と」
愛美達は丁寧に礼を言って、その場を去る。
彼女達を見送って、2人は「運命の人、か」と呟くのだった。
「ん〜こんな話が、役に立つとは、思えないがな」
「ま、生かすのも……本人次第でしょうね」
神崎 優(かんざき・ゆう)はいつものように水無月 零(みなずき・れい)と話しているところで、愛美達に尋ねられた。
「零との馴れ初めねえ」
メガネをつまんで押し上げる。
「晴れた夜だったかな? その日は満月で、俺は1人星空を眺めていたんだ。どこからか女の声が聞こえてくる。また霊の類かな? って、とっさに思ったね。出くわしちまったか、て。俺は辺りを見渡したんだ。何もなかった。けれど何かがそこにいることだけは、分かったんだ。だから『そこにいるのは誰だい?』って。したら、ビックリした様な声が返ってくるじゃないか! 『自分の声が聞こえるのか?』ってさ。『何故こんな所で彷徨っているのか?』て、続けざま尋ねたんだ。するとそこに翼の生えた女性が現れて、自分の事、シャンバラの事を聞かせてくれたんだ」
「その女の子が、零さんだったのね?」
優は頷く。
「運命的な物を感じたから、契約したんだ。だから、この出会いは必然で何か意味があるものだって、思っている」
「零さんは? どうして優さんだったのかな?」
「『運命』だと思うわ、愛美」
零は恥ずかしそうに、それでもきっぱりと言い切った。
「色々な人、呼び掛けながら彷徨っていたの。でも、誰も気づかなかったわ。だから優を見つけた時も、ダメ元で呼び掛けたの」
「やっと気付いてもらえたのね?」
「うん」
それは嬉しそうに、零は答えた。
「『私の声が聞こえるの?』って。『聞こえている』って、優は返してくれたの。嬉しかったわ。『やっと出会えた』って思ったから。だから彼に自分の事とシャンバラの事を話して、一緒に来てくれないか? ってお願いしたの」
「優さんが了承してくれたんで、ここに来た訳ね?」
零は頷いた。
「だから私は……優に出会う為に、彷徨い続けていたんじゃないかって。今でもそう思っているの。優が、私の『運命』なんだって」
そう言って零は嬉しそうに、そして愛おしそうに、優をいつまでも見つめ続けるのだった。
ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は水無月 瑠璃羽(みなづき・るりは)とカフェテリアで休んでいた。
彼女達自身は百合園女学院だが、蒼空学園には知り合いが多いのでよく立ち寄るのだ。
が、この日は不幸にも愛美達に捕まってしまった。
「え? 運命の人? 瑠璃羽との出会い?」
見た目7歳の少女は、可愛らしく小首を傾げる。
「あたしね、パートナがいなかったんだ。だから親のコネで、『小型結界装置』を持って、百合園女学院に受けに行ったんだけどね……」
「『小型結界装置』? へえー、やっぱりお金持なんだ!」
愛美の反応に、瑠璃羽は素直に頷く。
「でね。合格発表の日に、合格してるのに思いっきり落ち込んでいた剣の花嫁のおねーさんがいて、あまりにも気の毒だから話し相手になったのが全ての始まりかな? そのおねーさん、剣の花嫁の事を『自分が剣を振り、主を護る』種族とずっと勘違いしていたみたい」
クスッと笑う。
「もう笑いを堪えるので精一杯! しばらく話していたら、突然、おねーさんが一言、『わらわの主になってくれはりますか?』って。これにはビックリしちゃったよ。だけど、何かこの出会いも運命的だったから、と思って即決したんだ。契約のお陰で、機械を持たなくても学校に通えるようになったしね」
「瑠璃羽さんは? その……」
「ネーとの出会いどすか?」
愛美達はうんと頷く。
「ネーのおっしゃる通りですわ」
瑠璃羽はゆるゆると答える。
「百合園女学院の件も。正直、『百合』という校名に反応して受験したんどす。可愛い、ちっちゃな妹のような主と出逢えるとええと思ったんどすぇ。わらわは可愛い女の子は全身全霊を持って己の太刀で護りたい、そう思っとります。ただ、合格したものの、わらわは剣の花嫁。家族は剣に長け、軽々と太刀を振り回すことが出来るんどすが、うちには剣の適性がなかったんどす。失意の中にいるわらわの前に舞い降りた、小さな雪の結晶――それがわらわの主、ネーなんどす。高校生には見えないその小柄な体格、癒しのオーラを醸し出す可愛らしさ、澄んだ声が発する子供っぽい口調。ぎゅっと抱きしめたまま離したくない、そんな存在にめぐり逢えたんどす」
「もう、瑠璃羽たら!」
2匹の血統書つきの猫の様な2人は、愛らしくじゃれ合い続ける。
結城 沙耶(ゆうき・さや)は1人授業の疲れを癒しているところ、愛美達に話しかけられた。
「え? パートナーとの馴れ初めですか?」
「うん。マナの『運命の人』捜しの参考にしようと思ってるんだ!」
瀬蓮が補足する。
「え……、で、でも……」
引っ込み思案な沙耶は辞退しようとしたが、愛美は腕をつかんで離さない。
(こっ、これは! 話すまでは逃げられませんわね……)
という訳で、パートナーとの契約のきっかけを話すこととなった。
「私は、裕福な家の一人娘でしたの。生まれた時からの婚約者もおりまして……いつか彼と幸せな家庭を築く事を夢見ていましたわ。けれどお父様には敵がおりましたの。彼らに全てを壊され、私は1人ぼっちになってしまいました。パートナーと契約したのは、そんな時のことですわ。理由は『1人は嫌だから』。だから私は親類の家に身を寄せつつ、今も自分の居場所を探しておりますの……」
「そうだったの……」
「ご、ごめん、ごめんね! そんな辛い話をお尋ねしてしまって」
「いいえ、花音さん、瀬蓮さん。よいのですよ。今は仲間もおりますし……」
つっと沙耶は顔を上げる。
周囲には大勢の人垣が出来上がっていた。
けれど、ここは入り口付近だ。
通行人達の邪魔になってしまう。
「ああ! そうですね!」
気付いたのは、花音だった。
「窓辺に行きましょう! 愛美さん。ちょうど席も空いたようですし」
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