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吟遊詩人の美声を取り戻せ!

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吟遊詩人の美声を取り戻せ!

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声を失った吟遊詩人

 ここは百合園女学院。
 瀟洒な建物が立ち並ぶ校内には、生徒たちが集まってなにやらざわめいていた。
 話の中身をよく聞いてみると、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)から受けた依頼を、どうしようかと相談し合っているのだ。

 蒼空学園からやってきた神和 綺人(かんなぎ・あやと)は、話を聞くと感嘆していた。

「え? ラナ・リゼットさんの声が出なくなっちゃったんだって? それは残念・・・・・・吟遊詩人のすばらしい歌声を聴いてみたかったのになあ・・・・・・あ、でも、パラミタミツバチの蜜で、治せるかもしれないそうだね」

 パートナーのクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)も同意する。

「うん、ラナ・リゼットさんといえば、シャンバラでも最近名をあげてきた吟遊詩人さんですからね。彼女のライブを楽しみにやってきたのですけど、喉が嗄れてしまったなんて・・・・・・残念です。ここはやはり、そのミツバチを探すことが先かしら。ラズィーヤさん、確かジャタの森っていってましたね」

 これをきくと芦原 郁乃(あはら・いくの)は、なにかを思い出したよう高原 瀬蓮(たかはら・せれん)に向き直った。

「そういえば、ジャタの森には瀬蓮と野イチゴを摘みに行ったっけ。今回、また一緒に行けるのね。パラミタミツバチの蜜、とれるといいわね」

 瀬蓮が目でうなずき返すと、秋月 桃花(あきづき・とうか)が心配そうに注意を喚起した。

「でも、ジャタの森はうっそうとしていて、野生の動物も多いみたいですね。恐ろしい肉食動物も少なくないんですよね。これは注意深く進まないと・・・・・・桃花、禁猟区を発動しながら進むことにします!」

 十束 千種(とくさ・ちぐさ)蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)も協力を惜しまない。

「では、ワタシは先にたって警戒しましょう」

「ふーん、ならあたしは、千種の後ろから歩きますね。主とあたしで、ラナ様を左右から挟んで護衛しますよ」

 ラナ・リゼットは、郁乃たちの申し出に喜んでいたが、いかんせん声が出ない。感謝の言葉を述べたくても、 「ありがとう」 とかすれた声しか出せなかった。

 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、そんなラナを見てすかさずフォロー。

「ラナ、声が出ないなら無理にしゃべらなくてもいいんだぜ。とにかく、まずは喉を治さないとな・・・・・・音楽で食ってる者としては、こういう話は放っておけないぜ。喉が治ったら、みんなはラナの歌声を聴きたがっているからな。まぁオレは、ちと音楽の方向性が違うので、ライブのほうは遠慮させてもらうけど、ジャングルでの護衛だったら喜んで引き受けるよ!」

 横から、パートナーのリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)も口を挟む。

「わたくしも微力ながら、護衛のお手伝いさせてくださいな。わたくしは吟遊詩人ではありませんけれど・・・・・・シリウスを見れば、音楽の世界がどれだけ大変なことか、よくわかりますから」

「じゃあみんな、出発しようか!」

 シリウスの鶴の一声で、生徒たちはジャタの森へ向けて歩を進めた。

※ ※ ※


 一行は、木々が鬱蒼と生い茂るジャタの森に着いた。
 森というより、もはやジャングルといったほうがふさわしい林相であった。
 足下を見ると、ところどころに食虫植物も生えている。

 生徒たちの先頭に立っている白砂 司(しらすな・つかさ)は、周りを警戒しつつ、慎重に歩を進めていた。

「この森、見た目はまるで熱帯雨林だな。だが、そんなに暑苦しいという感じではない。ところでサクラコ、ラナってのはどんな人なんだ? オレは歌や芸術に関しては、さっぱりわからないからな。今回だって、サクラコが虎に挑みたいっていうから来てるだけだぞ」

 隣を歩く獣人のサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)は、意気込んでいた。

「ラナさん、名前だけ知ってました。なんでも最近知名度が上がっている吟遊詩人さんなんだそうですよ。私は物語を聞くが好きなので、吟遊詩人にどんな人がいるかはチェックしているんです。あ、物語っていっても漫画も含まれますけど。昔の日本漫画はかっこいいし、今では現実になってますからね。おっと、今回の目的は私の力試し! 虎よ、さ、行きますよ! サクラコ・カーディ、推して参りますっ!

 サクラコがお約束のセリフを力強く言い放つと、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)も元気よく応えた。

「カーディさん、気合入ってる。よしっ! 道中の安全はまかされた! あたしだって歌や踊りは大好きだし、ラナさんの役に立てるなら何かしたいもんね! ・・・・・・とはいっても、あたしは人を守る程度のことしかできないから、やっぱり護衛かな」

 そういって、ミルディアは周囲や上下に目を配り、虎などの出現に警戒を怠らなかった。

 同じく護衛を買って出たシュネー・ベルシュタイン(しゅねー・べるしゅたいん)は、ミルディアとの並び位置を調整するなど、てきぱきと行動していた。
 だが、シュネーのパートナークラウツ・ベルシュタイン(くらうつ・べるしゅたいん)は、少々のん気な様子で、吟遊詩人ラナ・リゼットに見惚れていた。

「何だか美人がいるニャー! ミーに任せればどんな敵もイチコロニャー! シュネーと一緒に人食い虎からラナ・リゼットを守るニャー!」

 お調子者のクラウツに、シュネーは「またか」という表情を見せたが、楽しそうに森を歩いているのはクラウツだけではないようだ。

「ジャタの森ならイングリットにお任せにゃ〜♪」

 お菓子をボリボリ食べながらこう言うのは、スカートの下からスクール水着をのぞかせている、獣人のイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)であった。
 隣では、高原 瀬蓮(たかはら・せれん)を守るようにしてパートナーの秋月 葵(あきづき・あおい)が歩いている。

「あー、グリちゃん、美味しそうにお菓子食べてる〜。あたし、瀬蓮ちゃんが心配でここに来たけど、うーん、やっぱり幻の蜂蜜は魅力的よね。市場にも出回ってないみたいだしさ」

 美味しいもの目当てなのは、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)たちも同じだった。

「君らもやっぱりパラミタミツバチの蜜に惹かれてやってきたんだねぇ。今回、ラズィーヤさんからの依頼が薔薇学にも来たので、気軽な感じで来てみたんだけど、なんだか楽しそうだねぇ」

「そうね、弥十郎ちゃん。でも、この森には人食い虎や剣歯虎(サーベルタイガー)も出るから気をつけないとね」

「え? そんな動物もいるの!?・・・・・・こ、これは素敵な食材ばかりだ! 蜂蜜は殺菌作用があるし、滋養回復には最適。それに、ロイヤルゼリーも採取できるかも・・・・・・虎のほうは、皮は毛皮になるし、肉は漢方薬になるんだ。人を襲う虎なら退治しても大丈夫だよね?」

 こう意気込む弥十郎に、農業書の賈思きょう著 『斉民要術』(かしきょうちょ せいみんようじゅつ)も知識を披露する。賈思は真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)の左耳にぶら下がりながら考えを述べた。

「虎は退治してもよいと、ラズィーヤさんが仰ってましたわ。それより、パラミタミツバチですが、養蜂ができないかしら? 農作物の受粉にも十分使えますし、農業の発展に役立てるかも」

 しかし、高原 瀬蓮(たかはら・せれん)は首を横に振った。

「それは素晴らしい考えね。でも、残念ながら養蜂は難しいかも。だって、パラミタミツバチって大きいのよ。オスで30〜50cm、女王バチになると1メートルもあるんだって」

「い、1メートル!!? ああ、それじゃ養蜂はムリですね・・・・・・」

 斉民要術は、少し残念そうにしたが、すぐに気を取り直して前を向いた。
 やがて、ハチミツ探索の一行は、森の奥へと分け入った。