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リアクション
第一章 晴れ渡る青空の下
「……うわぁ」
片野 ももか(かたの・ももか)は目の前の光景に思わず、といった風にもらした。
どこまでも澄み渡る青い空。
その下に広がる鮮やかな紅・紅・紅。
「外……ハイキングとか別にいいよ」
「季節のイベントは大事じゃぞ? 年をとると、月日の感覚が鈍くなっていかんよ」
渋っていたのを、パートナーであるモリンカ・ティーターン(もりんか・てぃーたーん)に半ば強引に連れてこられたももかだったが。
眩しいほどのコントラストは、常は鈍い心をも動かしていた。
「紅葉、綺麗だよねぇ。見渡す限りってのは壮観だぁ……」
ぐるりと頭上を見回したももかの耳に、揶揄するような忍び笑いが聞こえた。
「ほう、ももかにも、紅葉の美しさがわかるのか? てっきり、意味も解らず付いてきておるだけかと……」
「……いま、子供扱いされた気がする」
むぅ、頬が小さく膨らむ。
紅葉狩りは、紅葉を見て楽しむもの。
紅葉を見て楽しくないと、紅葉狩りなんて出来ない。
それくらいはももかにだって、分かる。
だがモリンカはそうは思っていなかったようだ。
(「引きこもりで、秋の味覚もまともに楽しめない、従順な『生ける屍』にも紅葉狩りが楽しめたこと、意外じゃったのう」)
ももかを少しでも『人間らしく』したい、モリンカにとっては思わぬ成果であり。
「一応目が見えて、考えることも思うこともできるんじゃのう。良いことじゃ」
(「うーん、この人の正確な年齢は知らないんだけど……もしかして、子供扱いどころか、赤子扱い?」)
満足げに頬を緩めたパートナーに、ももかは内心で小首を傾げた。
実際は子供扱いでなく屍扱いなのだが、そこまでは思い至らない。
けれど、透けて見えた煩悶にモリンカは更に笑みを深め。
「……考えてみれば、本当にめでたい話じゃ。ほれ、あたまを撫でてやろう」
「うぅ……。や、やめてよ〜。紅葉見ようよ〜」
「そうかそうか、嬉しいか!」
頭をくしゃくしゃと撫でられながらそれでも、ももかはモリンカの優しい手を拒む事は出来なかった。
「そっか、ロクロさん、紅葉狩りとか知らへんねんなあ…よしゃ、カノコが秋のたしなみを教えたる! 優雅にな!」
と由乃 カノコ(ゆの・かのこ)に連れられてきたロクロ・キシュ(ろくろ・きしゅ)。
黒縁眼鏡の奥の瞳と口とを大きく開いたロクロに、カノコは頬を緩めた。
「ザナドゥもおもろいトコやったけど、パラミタや地球にも楽しいトコ、きれーなもの、いっぱいあるんやでっ!」
それをロクロに知って欲しいとそう、思うから。
そして、秋と言えば。
「やっぱり秋は紅葉ですなあ〜」
カノコはニコニコと満面の笑みを浮かべ。
「ロクロさん、お絵描きしよら、お絵描きっ」
持ってきた荷物をほどいた。
この景色を絵く為に。
「お〜っ、やっぱり絶景だな」
「はいっ!」
猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)は大きく答えたウイシア・レイニア(ういしあ・れいにあ)に、ニッと笑った。
澄んだ青い瞳はキラキラと輝き、興奮か感動か頬はバラ色に染まり。
全身で「来て良かったですわ!」と主張しているウイシアに、連れてきた甲斐があったと思う。
「勇平くん、私、お弁当を作ってきたので……」
後で食べて下さい、と恥ずかしそうに口にするウイシアに。
「楽しみにしてる」
勇平は更に笑みを深めたのだった。
「キレイ、だね」
ほぅ、と溜め息をついた皆川 陽(みなかわ・よう)はやはり同じように眼前の光景を見つめるパートナーテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)をそっと窺った。
と、目が合った。
テディにはこの圧倒的なまでの美しさ荘厳さに何も感じないのだろうか?
ここに来たのは主たる自分の「命令」だから、なのだろうか?
そう思うとツキン、と胸が痛んだ。
(「無理なのかな。少しでも昔みたいに、また仲の良い友達みたいな関係に近づけたらいいなって、思うのに」)
最近、陽とテディは上手くいっていない。
(「でも、そう思うのも、ただのボクのワガママ、なのかな」)
テディの求愛を陽が拒んだから。
家族が欲しいが故のそれは、陽自身を求めるものではなくて、それに傷ついて。
(「テディにとって、求婚を受け入れないボクは、要らない存在でしかないのかな……。ただ今のように、ひたすら、上司と部下みたいな関係でいるしか、出来ることはないのかな」)
考えれば考えるほど、暗く重く気持ちが落ち込んで行く。
そんな自分を鼓舞するように、陽は一度頭を振った。
……そんなことないって、思いたいから。
だから、勇気を振り絞り、ぎこちなく微笑んだ。
「キレイだよね」
陽のそれに、テディは優しく目を細めた。
求愛を拒絶されて、今の自分と陽を繋ぐのは主君と騎士というただ一つの関係性だけで。
だからこれだけは絶対に手放せないと思う。
自分がこうあることでしか彼の傍にいられないというのなら、ずっとずっと、こうして彼を守り続ける騎士として、生きていくと心に抱えたから。
(「……それがどんなに重たい荷物だとしても、他の関係に変えたいとココロから願っても、それは自分にはもう許されない望みだから」)
だから、陽が……主が望むならば。
「……うん、本当に……キレイだ」
テディは『昔みたいに』微笑み、紅葉へと視線を移した。
微かに伝わってくるホッとしたような嬉しそうな陽の気配に、テディは胸に走る痛みを押し殺しながら。
意識だけは主に注いだまま、二人、同じように真っ赤な紅葉を眺めた。
「やっぱり来て良かったな」
「だろう?」
武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は得意げな武神 雅(たけがみ・みやび)にコクリと頷いた。
ここ最近の忙しさは筆舌に尽くし難く。
スケジュールを上手くやりくりして1日休みを作ってくれたのは、見かねた雅だった。
「まずは一献……もう、飲める年になっただろう?」
紅の絨毯に敷物を広げた雅は、牙竜が腰を下ろすと同時に杯を手渡した。
そして、牙竜が杯を煽るのを横目に、持ってきた重箱を開く。
「紅葉を見ながら飲むも悪くないな」
頭上を見上げ微笑んだ牙竜は、広げられたそれに動きを止め。
「人の料理が珍しいか愚弟?」
ふふん、と向けられた笑みにようやく、ぎこちなく首肯する。
「……みやねぇ、料理できたのか。初めて見たわ」
正直、雅が料理が出来るとは思っていなかった。
出来たとしても冷凍食品ばかりだろう、という予想は呆気なく覆され。
重箱に並ぶのはどれも手の込んだ品々で、本気で予想外だった。
「男を虜にするのは『話術』でその気にさせて『食事』で餌付けし『色気』で最後まで行く……と三つの要素が必要なので、私も日々磨いてるのだよ」
「……あ〜、なるほど」
苦笑をもらした牙竜は雅の視線に促されるように、非常に美味しい料理へと手を付け。
(「酒は飲めるようになってから少し嗜むようになったが、まだ、旨さが真髄がわからないのが悔しいな」)
合間に注がれた透明な甘露に、少しだけ悔しく思う。
その意思はやがて、ぼんやりと霞んで行く。
就いた役職と責任、成すべき事……溜まった疲れは、想像以上だったらしい。
「仕事の疲れが溜まってるようだな…寝てしまうとは…無茶を通すために奔走したからな…ふむ、膝を枕にしてやろう」
やがて安らかな寝息を立て始めた牙竜の頭を、雅はそっと膝へと乗せた。
「こうして姉弟だけで過ごすのは久しいな」
呟いてからふと、自嘲めいた微笑が浮かんだ。
実際には、姉弟と言ってもただ外見の特徴が似てるだけの……他人だ。
「どこぞの変態金持ちに売られる商品だった、私を助けてくれたのがオマエだったな…行き場のない私を引き取って姉と振る舞うことを受け入れてくれたな」
今まで口にした事はないけれども。
「……感謝しているぞ」
零れた思いは自分自身驚くほど真摯に甘くて。
「……寝てるよな?」
確認してから雅は、ほんのりと色付いた頬を誤魔化すように、日本酒を口にした。
はらりはらりと零れおちる紅の葉。
牙竜の頭に落ちた一枚をそっと取りながら、雅は笑みを零した。
静かな静かな、待ちわびた穏やかな時間。
それがこの直ぐ後に壊される事になるなんて。
牙竜も雅も誰も、予想なんてつかなかった。
「眩しいくらい、良い天気だよな」
やはりゆっくり過ごす為に訪れたジルヴェール・ローレン(じるべーる・ろーれん)は、目を細めた。
涼やかな空気、鳥のさえずり、艶やかな紅葉。
堪能すべく、レジャーシートを広げて寝転がった。
眠気は直ぐに、やってきた。
その後、聞こえて来たのは轟音と、鳥の羽ばたく音。
それからややあって、悲鳴。
「まぁどっかの誰かがなんか起こしたんだろ? 他の誰かやらがなんとかしてくれるだろう…ふあぁ……」
大きな欠伸を一つ落とし、ジルヴェールは夢の中へと旅立つのであった。
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