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第十一章 メリークリスマス
「夜の街を疾走する2人組……って一歩間違えば泥棒に間違われるかもしれませんね」
 最早時間がない、御凪 真人(みなぎ・まこと)セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は最短ルートを進んでいた。
 つまり、障害物をバーストダッシュで越えているのだ。
「せっかくのクリスマスなのに何でこんな面倒事しなきゃいけないのよ……いや、べ、別に真人とデートしたいとかじゃないわよ」
「別に良いじゃないですか。人助けも良いと思いますよ」
 別に〜、から重なった言葉は真人には聞き取れなかったようで。
 ただセルファの赤らんだ顔に少し首を傾げつつ、真人はパートナーに邪気のない笑顔を向けた。
「それにクリスマスに幸せを配るってのも良いと思いますよ」
「……ま、しょうがないわね、人助けと言うかサンタ助けよね」
 毒気を抜かれた、というより結局真人のこういう所に滅法弱いセルファは、口調だけは渋々言った。
「それにこれを楽しみにしている子供たちも居るのよね。なら、ちゃんと届けなくっちゃ。がっかりさせちゃダメよね」
 気持ちを入れ替え、そして、セルファは気付いた。
 自分の背のプレゼント袋と、地図を手にしただけの真人に。
「って、何で私がプレゼント全部持ってるのよ! 普通は逆でしょ、逆」
「俺は道と地図を確認してますから。俺が荷物持つと重さで動きが鈍くなりますから、力のあるセルファにお願いしますよ。適材適所ですよ」
 悪気のない笑顔で言われてしまえば、それ以上何を言えよう。
 恋人同士のムーディなクリスマスには憧れるけれど、こうして共に居られるならば。
「ったく、しょうがないわね。その分ルート選択はちゃんとやりなさいよ」
 頬に朱を昇らせながら、セルファは殊更ぶっきらぼうに言って、共に美しい夜の街を疾走した。
「一時の方角、公園脇の二階建て。庭の遊具が目印です」
 市街上空。
 そこにグラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)シィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)の姿があった。
 シィシャの手元で仄かに光っているのは、光術で照らされたリストと地図。
「視認したわ」
 パートナーの指示に答えたグラルダは、シィシャの箒にぶら下がっている袋からプレゼントを取り出し。
「――エンゲージ」
 プレゼントを脇に抱えたグラルダは小さな呟きと共に、息を軽く吸い。
 箒の柄を倒して、急降下した。
 サンタのコスチュームの上に羽織ったボロボロのマントが、バタバタと風を受ける。
 少女のアイデンティティを示すそれは、夜色に交じり合う事無く、確かに其処に存在していた。
「何故このような依頼を受けたのですか」
 目的の子供に配達を終え、再び上昇してきたグラルダにシィシャは問うた。
「プレゼント配ってりゃ、本業のサンタと出会うかもしんないでしょ」
「確かに、書面では本業の人間だという記述がありましたが」
「アタシは毎年待ってた。なのにサンタは一度だってプレゼントを持って来やしない」
 苦々しく告げたグラルダに、シィシャは思い起こしていた。
 クリスマスの深夜、眠気と格闘しながらも、決まって朝まで起きていたグラルダの姿を。
 待っていたのだ、ずっと。
 『良い子』なら貰える筈のプレゼントを持って、サンタクロースが来てくれるのを。
 だから。
「とっ捕まえて直訴してやる」
 そう会話を締め括ったグラルダに、シィシャは淡々と告げた。
「サンタクロースなら私の目の前に居るではありませんか」
 見返したシィシャの翡翠の瞳には、眉を顰めたグラルダが映りこんでいた。
「…………さ、ラストスパートやっちゃいましょう」
 口を開き掛けたグラルダは一度押し黙ってから、そう告げた。
 残された時間は少なく。
 サンタクロース達はそうして、聖なる夜空を空飛ぶ箒で駆け続けたのだった。

「フレデリカさん大丈夫?」
「……ッ! 大丈夫です」
 サンタ周防 春太(すおう・はるた)の問いに、件のサンタクロース・フレデリカは慌てて笑顔を作った。
 けれど、ぎこちないそれはバレバレな作り笑顔で。
 サンタ狩りや、サンタが子供達を傷つけようとした事にフレデリカは動揺していた。
 それに、「自分達は良い子でないからプレゼントを貰えない」と語った、子供達。
「……行きましょう、子供達が待っています」
 それでも、今は……使命を全うしようとするフレデリカに、春太も頷いた。
「うん、子供達、楽しみにしていますからね」
 その直後、こっそり尋ねた家。
「……プレゼントを待ってる、子供」
「うん、ようこそサンタさん達♪」
 サンタクロースを待っていた滝宮 沙織(たきのみや・さおり)は、春太とそう変わらない年だった。
「ジングルベル、ジングルベル、クリスマス♪ 今日はイブの日! イブと行ったら、サンタクロースだよ! 今年はサンタさん、どんなプレゼント、くれるかな? 楽しみ♪」
 ツリーを飾り、ツリーの下に大きな靴下を用意し、部屋を飾り付けた沙織は、サンタクロースが来るのを楽しみに待っていた。
「あっサンタさん達、寒いでしょ。これ、良かったらどうぞ♪」
 差し出したのは、温かな甘酒だ。
 プレゼントを配って身体が冷えているだろうな、と用意しておいたのだ。
「ほらフレデリカさん、いただきましょう」
「あ……りがとうございます」
 春太に促され、フレデリカは手を出した。
「サンタさん、いつもいつもありがとう♪」
 屈託のない感謝と、手から伝わる温かさにフレデリカはキュッと一度唇を、向けられた言葉を噛みしめてから、その表情を緩めた。
 少し泣きだしそうに、嬉しげに。
 それを見て取り。
「ね、サンタさん少しだけでいいの……一緒にいてくれない?」
 沙織はおずおずと尋ねた。
 やはりクリスマスイブに一人は寂しかった。
 だからせめてもう少し、もう少しだけ一緒にいて欲しかった。
 それに……この目の前のサンタさんにももう少し、時間が必要なような気がして。
「では僭越ながら、一曲……御拝聴下さいね」
 同じ気持ちなのたろう、春太は尺八を取り出した。
「これが一番のクリスマスプレゼントだよ」
 尺八の音色と嬉しそうな沙織の笑顔に、フレデリカもまたようやく笑顔を取り戻したのだった。

「はい、プレゼントです」
「……サンタ、さん?」
 赤いミニスカートに膝上までの赤いブーツ。
 可愛らしいサンタの衣装を着た赤羽 美央(あかばね・みお)は、そぅっと人差し指を唇に当て、微笑んだ。
「朝になったら庭も見て下さいね」
 プレゼントを手にした子供は、まだぼんやりした夢心地の表情で、それでも嬉しそうにコクコクと大仰に頷いた。
(「見られてしまいましたが、夢を奪わないで済んだようですね」)
 お髭のおじいさんでなくてごめんなさいね、心の中でちょこっとだけ謝る。
 と言っても、愛らしいサンタさんに子供も喜んでいるようだが。
 その姿に、美央の脳裏に蘇った、幼い頃の記憶。
(「子供の頃にずっと待ってたサンタクロースになれるなんて、なんか感慨深いですね」)
 美央は子供に手を振ると、庭に待たせておいたペガサスにまたがった。
 羽ばたきと共に見下ろすと、窓に駆け寄ったのだろう、手を降る子供の笑顔。
 それから、美央が庭に残したもう一つのプレゼント。
 雪だるまを見つけて、あの子は喜んでくれるだろうか?
「喜んでくれたら、嬉しいですね」
 そっと降る雪に目を細め、美央は次のお宅へと向かうのだった。
 プレゼントと雪だるまを、幸せと喜びを届ける為に。