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リアクション
5章 「狂気」
〜森・人型の木付近〜
「……ごめんね、できれば傷つけたくはないんだけど」
切断した木の根に申し訳なさそうに声をかけるブレイブの男性……エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)。
向かってくる木の根を最低限のみ斬りつけ、その戦闘力を奪っていた。
直後、エースの頭上を炎が通る。
その先にあったエースを狙っていたであろう木の根を焼き尽くした。
「やはり君は、面白い……いや、青臭いと言うべきかな」
吸血鬼の紳士がそこに立っていた。
彼はトランスヒューマンのメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)。
手をかざし、向かってくる木の根を彼は容赦なく焼き払っていく。
その様子をエースは難しい顔で見つめていた。
「なんだ……襲ってくる木の根にも敬意を払えというのか? 君は」
エースに歩み寄りながらメシエは責め立てるように言う。
「どこまで甘いんだ、君たち人間は。この状況下で謝って済むと……本気で思っているのね?
ああいう植物は、人間のように感情で許すなんて事はしない……彼らはもっと現実的だよ」
「……現実的?」
嘲笑するように笑い、彼は答える。
「ああ。簡単なことだよ。害を受けた対象を完全に滅ぼせばいい。それで自らへの危険は無くなる」
「そんな……ッ!!」
エースはわかっていた。彼は嘘を言わない。遥かに長い悠久の時を生きてきたのだ、その知識に間違いは無いのだろう。
「だけど……許されないなんて、やってみないとわからないじゃないかッ!」
「そうだとも、やってみればいい」
「……え?」
否定されると思っていたエースは驚き、一瞬思考が止まる。
「人間の可能性だよ……時に人は思わぬ結果を生む、だからこそ私は面白いと思う。
それに、本当に無理だと思っているなら、ここに来る前に止めているだろう?」
「あ……」
二人がそんなやり取りをしている間に、一人の女性がこっそりと焼け落ち、動きを止めた木の根に近づいていた。
「あの二人が見ていたら、きっと止められちゃうし、たぶんタイミングは今だけよね」
彼女はパラディンのリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)。
花妖精である彼女は、理由もなしに木が人に襲い掛かるとは思っておらず、むしろ木は被害者であると思っていた。
「少しだけ私に見せてね、あなたの心を」
そっと、木の根に触れる。
彼女の心に無数の声が届く。何十、何百、何千、何万、何億の悲しみの声。
その声は告げる……ただ深い哀しみを。憎悪を。怒りを。
心を繋げた彼女の心にも、それは伝染し、侵食を開始する。
全ての感情が否定され、黒く黒く、塗り潰されていく。
抗えない……拒めない……絶対的な黒。光の届くことのない闇。漆黒。
「うぅ、あアああァァぁぁ嗚呼ああアああーーーッッ!!」
リリアは声を上げ、頭を抱えてその場にうずくまる。
その声に気づき、エースとメシエはリリアの元に駆け寄る。
「なんだッ!?」
「しまった! 目を離した好きに、心を繋げたのだッ! このままでは狂気に飲まれてしまう!!」
「飲まれると、どうなる!」
「心を破壊される……壊れた心は……二度と元には戻らんッ!」
「そんな……」
抱き抱えるメシエの腕の中で苦しそうにリリアはもがいている。
「アああッ! はァァッ! くぅあああああッ!!」
体からは汗が吹き出し、腕や足が痙攣している。目の焦点は既にあっていない。
「少々危険だが……しかたあるまいッ! エース! これからテレパシーを応用し、彼女を救う!」
「そんなことができるのかッ!?」
「やったことは無い……逆に飲まれる危険性もある。しかし、方法が他に思いつかんッ!」
いつになく真剣なまなざしをしたメシエの頼みを聞き、エースはメシエが彼女とつながる間、
木の根から守り通すことを約束する。
苦しむ彼女の額に手を合わせ、静かに目を閉じるメシエ。
エースはアーグネーヤを構え、再び襲い掛かってきた木の根に向きなおる。
「……狙ったようなタイミングだな、でもこれ以上先には行かせないッ!」
二本の木の根が交差するように同時に攻撃を仕掛ける。
彼は木の根に向かって真っ直ぐに跳躍。すれ違いざまに二本の木の根を真っ二つに斬り裂く。
アーグネーヤを構え、渾身の突きを放つと、数本の木の根をまとめて貫きその活動を停止させる。
しかし、木の根は森の奥からさらに数十本伸びてくる。
エースは手を振りかざすと、意識を集中させた。
「……我は射す光の閃刃ッ!」
彼の手から発せられた眩い光は鋭い刃となり、木の根を襲う。
木の根は近づくことさえ敵わず、ズタズタに引き裂かれ、光に包まれて消滅していく。
「これで全部かな……さすがに、ちょっと疲れたよ……」
息を整えるエースは振り返り、リリアの様子を見る。
静かな寝息を立てており、もう苦しそうな様子はなかった。
「なんとか、間に合った……まったく、今度ばかりはさすがの私も焦ったよ」
「……すぅ、すぅ」
「よ、よかった……」
エースはその場に座り込む。緊張の糸が解け、体に入っていた力が一気に抜けていった。
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