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リアクション
蛇の湯 2
一同は湯あたりしないうちにと、湯船からあがり、休憩する事にする。
幸い、教導団による攻撃や偵察は受ける事がなかった。
ヘルは、冷水を浸したタオルにくるまれ、寝かされる。その横には、キラキラと輝くスフィアがあった。
これならば闇龍の攻撃を受けても、スフィアの力で街は完全に護られるだろう。
呼雪はヘルがくてってしまった為、「俺も一緒に行きたいと思っていた」と言いそびれたまま、タオル巻きの蛇をうちわで扇いでいた。
他の者も、床に寝そべったり水を飲んだりと思い思いに身体を休めている。
呼雪は傍らでゆっくり水を飲んでいる砕音に、改まって尋ねた。
「思ったより元気そうで安心しました。
……先生に聞きたい事があります。もちろん、言えない事は無理しなくて良いので……」
「ああ、できる限り答えよう」
砕音がうなずくのを見て、呼雪は切り出した。
「闇龍に対抗する為に作られ、使われずに終わる筈だった殲滅塔が、何故地球を砲撃したのか疑問です。ヒダカの故郷には狙われる何かがあったのですか?」
「いや。手元にある資料にも、ヘルに読み取ってもらったヒダカの記憶にも、その島に特別な何かがあったとは思えない。
ただ島の位置は、地球の大都市や飛空戦艦の基地と、殲滅塔との直線状にある。おそらく流れ弾か誤射、あるいは反射された攻撃が島にあたったと考えるべきだろう」
聞けば聞くほど、新たに聞きたい事が出てくる。
「地球の大都市や飛空戦艦の基地……?
当時の地球にも防衛機能があったのですか?」
「ああ。シャンバラの援助により、未開の状態だった地球人もパラミタの優れた文明を手に入れ、栄えていた。地球とパラミタが分かれた際に、大地や海に沈んでしまったらしいが。
当初はシャンバラと協調体制を取っていたが、シャンバラ女王が闇龍を封じて没した後、シャンバラに対して宣戦布告したそうだ。
その裏には、シャンバラの追い落としを狙うエリュシオン帝国の働きかけがあったようだ。地球の国家はいわばシャンバラが統治する植民地状態だったが、帝国が独立国家として承認するから味方してシャンバラを攻撃するように、と求めたんだ。
植民地と言っても、人権侵害的な事をシャンバラが大々的にやった訳ではないようだ。むしろ、当時の社会で蔓延していた、迷信を元とした生贄や奴隷制度などを廃止させていたようだ。
だが、それら文化を捨てさせられて不満に思う者も相当数いた。そうした者たちが帝国に味方して、シャンバラに反旗を翻したようだ」
後ろで話を聞いていた天音が、感心したような、しかしどこか芝居がかった態度で言う。
「そうした事は歴史の授業として教えるべきじゃないかな?」
「……エリュシオン帝国や、古代文明発祥地を持つ地球の国々は反発するだろうな。
こんな事をいきなり授業で話したら、校長に呼び出しを食らって厳重注意か停職か。
『そんな過去の事よりも、生徒が冒険で生き残る為に、先に教えるべき事があるでしょう?』って言われるんだ」
御神楽環菜(みかぐら・かんな)校長に、そう言われたらしい。
「目に見えるものだけを追い掛けていては、大切なものを見失うぞ……」
呆れた様子の呼雪に、砕音が補足する。
「断片的な知識で、生徒が先走った行動に出ないように、という狙いもあるらしい。
どうも彼女は、鏖殺寺院発の情報はいっさい利用しない、という信念があるようだ……。理念としては美しいが、それを手玉に取られた状態だからな」
「誰に?」
砕音は黙って首を振った。呪いで言えない事だ。
呼雪は別の質問に変える。
「地球にもパラミタのナラカに当たるものがあったのではないですか?
魂の循環が上手くいっていないのでは?」
砕音はすまなそうに答える。
「あるだろう、とは思うが、俺には分からないな」
すると天音が聞いた。
「魂が循環するのなら、死亡した女王の魂はどこに行ったんだろうか?
アムリアナ女王は地球人の誰かに転生してる?」
しかし砕音は首を振る。
「いや、神子が女王の魂を封じた事で、女王の魂は循環せずに留まっていた。
その後にパラミタと地球が分かれて、前後に地球で死亡したパラミタ人の魂も同じように循環の輪から外れて、そのままになってしまったけどな。その為に、五千年前に死亡した者が今になって復活してるんだ」
天音は首をかしげる。
「すると、逆にキュリオの魂が君の側にいても、おかしくはないのかな」
砕音は虚を点かれたようだ。
「はぁっ?! それはもしや……キュリオの墓が、アフリカの開発ブームで破壊されたとか?! ううっ、俺がロクに墓参りにも行けない身分なばっかりに……」
砕音はへこんでいるが、天音には何か違うような気がする。
「シャンバラの住人は死後、ナラカに行くと言うけど……そのナラカとの番人だと伝えられる黄泉之防人なら、何か視えたりしないかな?」
これはヒダカに聞いてみなければ分からない。
砕音に入浴後のマッサージを施していたラルクが、先ほど浮かんだ疑問を思い出す。
「そういやぁよぉ……神子って特別な力があるっていうが……それと契約してる地球人にも何かしら影響があるんかなー? 砕音もキュリオが神子だったなら、なんか知らねぇか?」
「……ドラゴンアーツや光条兵器のように、パートナー契約で地球人が相手の技能を使えるようになるだろ。それと同じように、神子の契約相手も神子と同じ封印に関わる力が備わるようだ。
俺が以前から、何かを封印したり、封印を解いたりしているのは、その力が元になっている」
天音が眉を寄せ、言葉を挟んだ。
「ちょっと待ってくれないか? と言う事は、パートナーの死後もパートナーの技は使える、という事かい?」
砕音は力なく首を振った。
「それは症例が少なすぎて、分からないな……。神子の力だから特別なのか、個人差によるものなのかは分からない」
天音は上の方を見て黙り込む。
そうやって何か考えているのか、それとも何か視えないかと試しているのかは、他の者には分からない。
ふたたび呼雪が砕音に尋ねた。
「闇龍は本当に封印しなければいけない存在なのですか? 本来の信仰対象とは異なるモノでしょうか?」
「それは鏖殺寺院にとって、という事かな。
例えるなら、本来の鏖殺寺院は自然崇拝に近いので、ここでは山の神を崇めていたとしよう。
麓の町が山の木を切りまくり、そのせいで起きようとしている土石流が闇龍だ。
呪いで歪んだ鏖殺寺院は、砂防ダムを破壊して、神の怒りに触れた町を破壊しようとしてる。
本来の鏖殺寺院なら、そして今なら回顧派は、町の人と協力してどうにか土石流を抑えようとするだろう。
だが神の怒りを抑えたからと言って、山の神への信仰が消えるものでもなく、土石流が二度と起きない訳ではない。むしろ植林や森の整備など早急に手を打たなければ、また、ふとしたきっかけで災害は起こる。
……それに……山の土が汚染されて、植物が生えないまでになっていたら……」
砕音が暗い表情で、言葉を切った。
そして困ったように、無理やり笑う。
「駄目だな。こんな事ばかり考えてるから……」
彼は自身のスフィアを取り出した。闇の中に浮かぶ輝き。もしくは闇に飲まれそうな光の状態だ。
ツァンダのスフィアは、光とも闇ともつかない状態だった。
辛そうな砕音の両肩を、ラルクが両手でがっしと支える。
「砕音、あんま自分を責めるな? 少しばかし俺にも頼ってくれよ? 元気がないお前を見てるのは辛いからよ」
「ん……ありがとう」
珍しそうにヘルのスフィアをいじっていたファルが、砕音を見上げる。
「スフィアはヒダカさんが書き換えてくれるから大丈夫だよ!
それに先生は色んな事を教えてくれて、とっとも面白いから、へこまなくてもいいんじゃないかな?」
砕音は苦笑して、ファルの頭をなでる。
「熱心な生徒がいてくれて嬉しいよ」
ファルの目がきらきらっと輝いた。
「じゃあ、ボクも質問していい?
斬姫刀は『姫』を斬ったから付いた二つ名なのかなって。
それ(姫を斬る)自体が、仕組まれた呪いを発動させる仕組みだったのかな?」
砕音は優しく笑いかける。
「そうだな。名前はそのまま意味だと思っていい。その為に作られ、それを成し遂げた剣だ。
呪いは二種類ある。ひとつは剣を振るう者に、その名に従う運命を科すもの。
五千年前に斬姫刀でダークヴァルキリー様を斬って封じたのは、彼女に近しく、信頼された騎士だったそうだ。
女王派、まあ、女王の名を利用する悪臣としか思えないが、そいつらが騎士を騙して持たせたらしい。
騎士は運命、というか呪いには抗えなかったが、剣の魔力を最小に抑えてダークヴァルキリー様を殺さずに封印するだけに留めた。
その後、魔剣はダークヴァルキリー様の封印を固める術具として使われた。ここで、ふたつ目の呪いが発生する。
魔剣は、斬った騎士と斬られた姫の悲しみを受けて、魔力に歪みが出ていた。そこへシャンバラの民による、鏖殺寺院やダークヴァルキリー様への恐怖を吸いあげて、やがては魔剣自体が強い呪いを帯びるようになった。
その剣を振るう者は、正気を失って悲劇をもたらす、という呪いだ。
まあ、この二つ目の呪いは、高根沢が剣を抜いた直後に俺が封じてる。おかげで魔剣の威力も激減したが……」
「わーっ、すごいお話だね」
ファルがぱちぱちと手を叩く。
砕音がずっこけているのも気にせず、彼はヘルに言う。
「これって前にヘルが話してくれたお話のつづきになるのかな?」
(そうだねぇ。ちぇっ。僕が、騎士と姫の悲恋のメロドラマにして話そうと思ってたのにー)
ボヤく蛇の頭を、呼雪が指先で軽く押し込む。
「子供にメロドラマを話し聞かせるな」
(ん? あれ? メロドラマじゃなくてロマンスだった。言葉を間違えたよ、ははは)
天音が砕音に聞く。
「情報公開を目的としたサイトを開いている友達がいるんだけど、この話や質問を教えてもいいかな?」
砕音はうなずく。
「ああ、広く知ってもらえるに越した事はない」
天音は新たに得た情報を、サイトを運営する甲斐 英虎(かい・ひでとら)に伝えた。
英虎は情報を求めるメールへの答えに、それら新情報をつけくわえる。
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