校長室
建国の絆第2部 第3回/全4回
リアクション公開中!
黒蜘蛛洞内 2 それからも、アーデルハイト似の少女は一行の後をついてきた。この蜘蛛だらけの洞窟を進めることからも、少女がただの人ではないことを示している。 「何か御用ですか?」 未憂はつとめて優しく呼びかけたが、話しかけられると少女は素早く身を隠してしまう。けれど、一行が危険にさらされたりすると、どこからともなく現れて助けてくれた。何度かそれを繰り返すうちに、少女が助ける相手が限られているのが分かってくる。 「あの歳で幼女趣味があるとはのぅ」 アーデルハイトは妙にしみじみと言った。そう言えば、少女がこちらに注ぐ視線も、幼い女の子にばかり集中している。 自分に注がれている視線に気づき、ジェレイン・アンヴィル(じぇれいん・あんう゛ぃる)は1人でとことこと近づいて行った。自分が行っては少女が逃げてしまうだろうから、クラレンス・スペンサー(くられんす・すぺんさー)はそれを追いかけたいのをぐっと我慢する。 外見7歳のジェレインが近づいてくるのを、少女は嬉しそうに迎えた。 「ねぇ、こんなところでどうしたの? ここはおっきな蜘蛛がいっぱいで危ないから、ジェイ達と一緒にいましょう」 ジェレインが誘うと、少女は考えるそぶりをした。 「あなたのお名前は?」 「わから、ない」 答えが返ってきたことにほっとしながら、ジェレインは言った。 「えーと、じゃあ思い出すまでのお名前をつけようね。大ババ様そっくりさん、じゃ呼びにくいから……アズ、ううん、ア、アゼラちゃんって呼んでもいい?」 「うん」 「ここは危ないところだけど、アゼラちゃんはジェイが守ってあげるからね!」 ジェレインがにこにこと手を差し出すと、少女はその上に自分の手を重ねた。少しずつ、少しずつ足を速めて、ジェレインは少女と皆の距離を詰めていった。 けれど、あと少しという処で、閃崎 静麻(せんざき・しずま)が少女にショットガンを突きつけた。 「あのジジィがすんなりくたばるとは思ってなかったが、やっぱり生きてやがったか。アズール、てめぇはさっさと隠居して、明日の選択権を次の世代に渡しやがれ!」 飛び上がって逃げようとした少女を、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がぎゅっと抱き留めた。 「大丈夫、大丈夫ですよ〜。だから逃げないで下さい〜」 少女と静麻の間には、緋桜 ケイ(ひおう・けい)と悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が身を割り込ませ、少女を銃口から庇った。 「ここでこの者を撃ったとて、何の解決にもならぬ。落ち着くのだ」 カナタに言われても、静麻は銃口を下げなかった。 「アーデルハイトさん、先日使われた復活を阻害する結界、今すぐここで使えるなら使っていただきましょう。ここで長アズールを倒すことができれば、かなり大きな成果となります。必ず討ち滅ぼしましょう」 レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)はそう訴えかけたが、アーデルハイトはばつが悪そうに首を振る。 「いかな私とて、何の準備もなくあの結界を張ることは不可能じゃ」 「ここでは殺せねぇのか? ならとっつかまえて連行すれば良いだけの話だ。アズール、俺はジジババの敷いたレールで未来を決められるなんざゴメンだ。傲慢だろうが何だろうが、未来は今に生まれ今に生きている俺たちで決めさせてもらう。それにはてめぇは邪魔なんだよ」 「落ち着けと言うておろうに」 カナタは深く嘆息した。 「アズール……」 ヴァーナーに抱きかかえられたまま、少女は静麻の口にした名を繰り返し、首を傾げた。 「聞いた、事、ある、ような、気が、する」 「何じゃこやつ、記憶が定かでないのか? 私の顔はどうじゃ?」 アーデルハイトが尋ねると、少女はじっとその顔に視線をあてた。 「かわいい」 そう言って、少女は手を伸ばしてアーデルハイトの頭を撫でた。 「ほうそうかそうか、なかなか見る目があるようじゃのう……とそうではなくて、私に見覚えはないかえ?」 「会った、事が、ある、ような気が、する」 「ふむ、この口調……まさか地祇じゃないじゃろな?」 「アーデルハイト様、そんなことを言うと地祇の人に怒られますよ」 未憂は苦笑すると、少女と視線を合わせた。 「お腹すいてませんか? お弁当がありますよ」 「あ……」 腹部をおさえた少女に未憂はサンドイッチと林檎を見せた。少女は食べ物と静麻を交互に眺め、迷っている様子だった。 「これもあるけどどうかな? ジェイの為に作ってきたんだけど」 クラレンスがクラブハウスサンドを見せると、 「おなか、すいた」 少女はそう言いながらも周囲を警戒し、手を出しあぐねている。 「保護するわけにはいかないだろうか」 ケイに言われ、アーデルハイトも迷う。 「そうじゃのう……こちらに危害を加えようとしている様子もない、というより、幼女を守ってくれておるしのう……じゃが……」 「アーデルハイト、おぬし渾身の計画をもってしても、アズールは倒せなんだ。鏖殺寺院との争いが5000年も続いていることを鑑みても、やはり『戦い』という手段だけでは、この争いは終わらないのではなかろうか。これも何かの機会、こちらから歩み寄り、少しずつ理解しあっていく訳にはいかぬものであろうか」 「むむむ……」 カナタの提案に唸るアーデルハイトに、ヴァーナーも言う。 「心配なら、ボクがずっと手をつないでるから大丈夫です。もし悪いことしようとしたら、ちゃんと止めるです」 「わいもフォローしますわ。だからヴァーナーのしたいようにさせてやって欲しいですわ」 セツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)にも頼まれ、アーデルハイトは心を決めた。 「しばらくの間、連れて行ってみようかの」 「ありがとうです!」 ヴァーナーはアーデルハイトに礼を言うと、少女の手を取った。 「砕音先生のトコに一緒に行きますか?」 「さいおん? 知らん」 「いい先生ですよ〜」 和やかな会話に、静麻は舌打ちして銃を下ろした。 「しょうがねぇな。けど、もし何かありゃあ、そん時はためらわねぇぜ」 銃を構えるのこそやめたけれど、静麻は少女への警戒を解かず待機した。油断していて襲われてはたまらない。 危険は去ったと見てだろうか、少女は未憂の袖を引く。 「おなか、すいた」 「はいはい、今あげますからね」 サンドイッチを少女の手に持たせながら、未憂は気になっていたことを尋ねてみた。 「それはそうと、なぜ私たちの後をついて来たんですか?」 その質問に、少女は一行の中にいる幼女を順に指していった。 「かわいい、かわいい、かわいい……」 「えっ……もしかして本当に幼女趣味?」 未憂はやや引き気味にそう呟いた――。