校長室
建国の絆第2部 第3回/全4回
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闇龍の核へ 2 そこには、何もなかった。 闇龍の“核”には逆説的なようだが、何も存在しなかった。 マレーナの光条兵器の光にぼんやりと照らされたそれは、闇ですらなかった。 長さは恐らく数キロに及ぶ、直径数百メートルのそこにあると言えるのは、空間だけだった。 「百合園のお嬢様が、まさか核まで辿り着くまで来るとはなぁ!?」 一人のパラ実生が、ドージェに従う隊列に混じるレロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)に声をかけた。 「私は、私達のヴァイシャリー、そしてシャンバラを守るの!」 百合園生はお嬢様学校のイメージもあり、主戦力が少人数の白百合団ということもあって、どうしても後ろで守られてることが多い。 でももうレロシャンには我慢できなかった。 (百合園だって他の学校と一緒、世界の危機だよ! 一人や二人だけじゃ厳しい、でもドージェさん他何人もの心強い仲間と共に突撃すれば何倍もの勇気が湧くんだー!) 普段眠そうに半分閉じている彼女の目は、しっかりと見開かれて気合いに満ちていた。 「レロシャンが、レロシャンが目を開けたぞ!」 「何だか分からねぇが凄ぇに違いねぇ!」 闇龍までの行程を彼女と共にした周囲のパラ実生がざわめく。 「合体! これが“ザ・ネノノグライダー!”」 レロシャンは叫び──機晶姫のネノノ・ケルキック(ねのの・けるきっく)の背中にしがみついた。 闇龍の核まであと百メートルほどの距離しかない。 「発進! 一気に突破する!」 ネノノの加速ブースターが火を噴いた。 が、身体をぴったりくっつけ、風の抵抗を減らすように飛ぶも、風が吹きすさぶ上にいくら小柄だと言っても人一人乗せているから、その動きはゆっくりとしたものだ。 仕方なく彼女はネノノの背中から飛び降り、第二の手段に移ることにした。 彼女は彼女の中の気を練り──手から放たれた“遠当て”がネノノの背中にぶつかった。 ネノノには、何となく分かっていた。彼女が自分や、百合園のために犠牲になる覚悟もしていることを。タイミングを合わせ、地面を蹴る。 「私なら大丈夫だから〜! 任せる!」 目だけ背後に向ければ、レロシャンの金髪がなびいているのが見えた。……大丈夫、これは別れじゃない。 「百合園サッカー部のエースストライカーだって、たまにはボールになってあげますよ──いきます、ソニックブレード!!」 ネノノは勢いよく風の合間を通り抜け、核へと向かっていった。 グレートソードを進行方向に向けて持ち、身体を垂直に風の中を魚ように真っ直ぐに泳ぐ。チェストメイルとレギンスに、ヒビがぴしぴしと入り、欠片が風に吹き飛ばされる。剥がれ落ちる欠片は徐々に大きくなり、遂にレギンスが吹き飛んだ。 耐えてください、と祈る彼女の横を併走していたスパイクバイクの一団の先頭で、 「サッカーもいいけどよぉ、闇龍とかいうのをぶちのめしたら、帰ったら野球でもしようぜェ!」 風に負けまいと、【D級四天王】吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)がスパイクバイクの上でネノノに叫ぶ。彼はいつものように、あの女は俺に惚れて、守るために特攻しやがったんだな、と都合の良いように解釈していた。 「他校に遅れを取るんじゃねぇぞ〜!!」 彼はスキンヘッドの舎弟に叫びながらバイクを飛ばす。 周囲からぼとりぼとりと、実体化してスパイクバイクに取り付くべたべたの瘴気や怨霊、彼らと戦う味方に向けて、 「てめぇら、俺の歌を、俺の歌を聞きやがれ〜!!」 “恐れの歌”や“驚きの歌”で支援した。 彼は二足歩行の犬型マスコットゆる族・アイン・ペンブローク(あいん・ぺんぶろーく)がスパイクバイクのサイドカーの中に頭を引っ込めつつ、 「うむ、竜司には闇龍対峙で功績をあげて、権力も金も手に入れて貰わんと。そうなればわしも自ずから金持ちになるという寸法ですな」 と金勘定していることには気付いていない。 「良雄〜、てめえも俺の歌を聞いていけ〜!!」 (風が強くってきこえないっすよ!) やっと核に辿り着いて一安心した良雄は、周囲を気にせず口パクで竜司に返す。竜司は彼の元へバイクを飛ばし、無理矢理耳に“驚きの歌”を流し込んだ。 ネノノの剣が核に振るわれた瞬間、ドージェの指がむんずとネノノの足を掴んだ。核に身体ごと突進し、ソニックブレードを放ったたネノノは、くいと引っ張られて剣を手放してしまう。 「何するん──あっ!」 ネノノのグレートソードは、確かに闇龍の核に振るわれた。けれどそれはダメージを与えるどころか、核の中に取り込まれた瞬間、ばらばらに分解されて核の中を漂ったのだ。しかも漂ったかと見えた瞬間に、分解されて消えてしまう。 もしそのまま突っ込んでいたら、ひとたまりもなかったろう。ネノノの背に冷たい汗が滑り落ちた。 が、汗はすぐに引いてしまった。 「闇龍の核は真空だったんだァ〜!!」 ネノノの右横に、突然ピエロの顔が現れたのだ。 「衝撃的瞬間に遭遇できそうだぜぇー」 「わっ、な、何ですかっ」 「ドージェの取り巻きにボコられた事のあるナガンも今ではドージェの取り巻きの一員なんだぜェ!」 ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)はドージェの肩に“奈落の鉄鎖”を巻き付けぶら下がっていたのだ。 「学校の垣根なぞいい! 助け合いの精神は大事じゃん! 流石ドージェの兄貴じゃん!」 今度は左横に、凶刃の鎖でぶらさがったクラウン ファストナハト(くらうん・ふぁすとなはと)が現れる。片手に抱えた火炎放射器は、先ほどドージェの位置をパラ実生に教えていたものだ。 二人とも意地でもドージェが闇龍を倒す瞬間を目撃したいと、こんな方法でドージェにしがみついていたのだった。奈落の鉄鎖も凶刃の鎖も、常人ならずたずたにされているところだが、ドージェだから問題ない。 勿論ただの野次馬ではない。ブランコのようにドージェの肩から垂れた鎖を二人で交互に揺らしながら、足元の舎弟達と共にドージェの露払いをしていた。 「ここから先は危険ですわ」 ようやっと地面に降ろされたネノノに、同じく腕から降りたマレーナが言う。 「ドージェ様はここで核を押さえ込まれます。下がってください」 ドージェはナガンとクラウンを同じように指先で摘み地面に降ろす。 それで彼らは、その核が、ドージェですら止められるとは限らないと知った。 ごくりと喉を鳴らし、ナガンとクラウンがSPリチャージをかける。 「受け取ってくだせぇドージェの兄貴ィ!」 ドージェはこくりと頷くと、両手を広げた。 そしてゆっくりと、闇と真空の境界、闇龍の核に組み付いた──。 同じ頃、記憶を思い出しながら旧シャンバラ王宮の中を巡っていたアムリアナ女王がハッとする。 「いけない! 闇龍がもう……!!」 気は満ちた。 悲しみ、憎しみ、苦しむ「気」が。 闇龍が目覚めの咆哮をあげる。その咆哮は、闇に覆われたスフィアの都市、キマクとヴァイシャリーに襲いかかる。 ドージェが闇龍の核に、掴みかかった。 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」 闇龍の核に組み付いたドージェの、皮膚が肉片が飛び散っていく。 それはみずから分解されながら、時を稼ぐに等しい。 旧王宮の祈りの間。 そこに飛び込み、闇龍を止めるべく祈りを捧げるアムリアナ女王の全身から、赤い血しぶきが飛ぶ。 「私たちが……止めている間に……早く、神子とスフィアを……ッ!」 後を追って駆けつけてきた生徒たちに、女王は必死に告げる。 その頃、キマクでは住人たちが、不安そうに空を見上げていた。 キマクオアシスとその周辺の空間が、グラグラと揺らいでいるような奇妙な状態だ。しかし、それ以外に何も起きてはいない。 眩暈のような景色以外は、静かな日常がそこにある。 しかし、それはドージェとアムリアナ女王によって寸止めされた、今しも破壊される直前の止まった光景だ。 旧王宮では、アーデルハイトが生徒達に発破をかける。 「ボサッとしている場合か?! すぐにでもスフィアを書き換え、神子を集めて女王陛下にかつての力を取り戻していただかなければ、何百万人もの民が死ぬ事になるぞ!」 暗闇の中、林 紅月は透明な球体を手の平に乗せ、空ろな瞳で球体の中の空白を見つめていた。 「……ナラカ城からの想いが変化させたか」 暗い声で一人ごちる。 魔道空間をのぞきこめば、砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)が親しい仲間や協力者に「ありがとう」と伝言を送っているようだ。 ツァンダのスフィアも、ナラカ城から送られた想いによって明るく輝いたらしい。 紅月は大きく息を吐き出した。 「……しかし、喜びも悲しみも……もうじきすべては闇に飲まれる。 消え行く前の一瞬の輝きなど、その後に続く虚無の前には空しいだけだ……」