校長室
建国の絆第2部 第3回/全4回
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女王アムリアナ 「テティス、せっかく蘇ったというのに……もう、苦しみながら戦うのはやめて……」 ジークリンデの瞳から、涙が零れ落ちる。 「アム……リアナ……さま?」 自分が口にした名前に、テティス自身が驚く。 目の前にいるのは、ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)だ。 記憶の中のシャンバラ女王アムリアナ・シュヴァーラに比べれば、外見は何歳も若く見える。 だが、女王の血肉から作られた十二星華として、テティスにはジークリンデこそがアムリアナ・シュヴァーラ本人だと確信する。 思えばジークリンデという名前は、アムリアナ女王の幼名だ。 神子が女王の魂を封じた事で、すべての者の女王に関する記憶もまた封じられていたのだ。 テティスの手から、ガランと魔剣がすべり落ちる。剣はいつの間にか、環菜に力を解放される以前の形態に戻っていた。 「あ……私……女王様を、斬った……?」 テティスの声音に皇 彼方(はなぶさ・かなた)がびくりとする。 しかし愕然として打ち震えるテティスに、女王は笑いかけ、腕を広げて見せた。 「大丈夫。あらかじめ魔剣封じの紋章を、砕音さんから託してもらっています。今の力の無い私でも、このおかげで何の傷もありません。 あなたにも怪我はないようですね。良かったわ、テティス」 アムリアナ女王は彼女の髪をそっとなでる。そう、まるで母親が我が子を慈しむように。 「アムリアナ様……私、私……」 泣き出してしまったテティスを、女王はぎゅっと抱きしめる。 立ち尽くす者、驚愕に膝をつく者の間を、テレス・トピカ(てれす・とぴか)がとことこと歩み出る。 「そうだよね。リンデちゃん、女王様なんだよね。忘れちゃってて、ごめんね」 「気にしないで。私自身も思い出せなかったのです」 アムリアナ=ジークリンデにほほ笑みかけられ、テレスの表情がぱぁっと明るくなる。 「じゃあ、あらためて……おかえりなさい!」 「ありがとうございます。ただいま、かしら?」 女王はいまだ泣きじゃくるテティスを抱えたまま、あいた手でテレスを抱擁した。 さらに、そこへ近づく者がいる。 魔剣の主高根沢理子(たかねざわ・りこ)は、地面に転がる魔剣を拾い上げた。 「リコ……」 アムリアナ女王の呟きに、リコはへへっと笑った。 「今になって、なんで私があなたのパートナーだったのか分かった気がするの。 私ならジーク……じゃない、アム……アーデル……違う、アー……」 テレスがリコに向かって、こそっとささやく。 「アムリアナ・シュヴァーラ」 「そう、それ! アムリアナの気持ちを、少しは分かってあげられると思うんだ」 女王は噴き出した。これまでと変わらないジークリンデの笑みのように見えた。 「リコったら。あなたは今まででも、十分私の支えになってくれたわ」 「じゃあ……これからも、よろしく!」 リコはジークリンデの手を取った。二人のパートナー契約は、女王がその力に目覚め始めた事で、復活していた。 シャンバラ女王アムリアナ・シュヴァーラの、断片的とはいえ覚醒を受け、シャンバラの大地と民もまた覚醒を迎えた。 空気に、大地に五千年ぶりに力が戻っていく。 草原の草花も、森の木々も、畑の作物もみるみる生気にあふれていく。 魔法使いたちは、世界に流れる魔法の力が増していくのを感じ取った。 その魔力が大地に埋もれていた古王国期の遺跡を、次々と回復かせていく。「遺跡」とはいえ、それは古びた残骸ではなく、真新しく魔力に溢れた魔道プラントだった。 そして一般のシャンバラの民も、彼らの女王アムリアナの帰還を心で感じ取っていた。 「女王様がご帰還なされたぞ!」 七大都市でも、農村やオアシスでも、人々は歓喜の声をあげ、たがいに喜びあった。 街頭に飛び出した人々は、女王と祖国を称える詩を歌い、彼らの認めるただ一人の女王の名を高らかに呼んだ。 「アムリアナ! アムリアナ! アムリアナ!!」 シャンバラの民の大合唱が、町々にこだまする。 首長家や貴族が、まして異世界人である地球人が、自分達の都合で名目上の王を立てようとしても、シャンバラの民も大地もそれをけして受け入れはしないだろう。 シャンバラ女王とは国そのもの。 国家神である真の女王がなければ、浮遊大陸パラミタでは国家として成り立たない。 その意味を理解していた地球人は、あまりに少なかった。 ツァンダの街でも、人々は街路に繰り出し、広場に集まり、アムリアナ女王の名を称えていた。 ミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)は蒼空学園から、歓喜するツァンダの人々を眺めていた。 「よかった……」 ミルザムは微笑を浮かべ、つぶやく。 「気を抜いてもらっては困るわね」 背後から、聞きなれたクールな声。 「え……?」 ミルザムはきょとんとした表情で、御神楽環菜(みかぐら・かんな)を振り返った。 ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)がいつになく取り乱した様子で校長室に飛び込んできたのは、つい先ほどの事だ。 ルミーナは環菜に取りすがるようにして、それを伝えた。 「今すぐジークリンデ様の殺害命令を取り消してくださいっ! 彼女は、ジークリンデ・ウェルザングは……私たちが探していたシャンバラ女王アムリアナ・シュヴァーラ陛下御本人なのです!!」 ルミーナもまた過去の記憶が蘇ったのだ。 その驚愕の知らせに対し、今ミルザムの前にいる環菜はあまりに落ち着いて見える。 「あの……ジークリンデ様の、殺害命令は……?」 おずおずと尋ねたミルザムに、環菜は言った。 「現地のクイーンヴァンガードに至急、停止を命じたわ。代わりに可能な限り、女王を保護しなさいと命令した」 環菜が言葉を終える。 部屋に、アムリアナ女王の名を叫ぶ民衆の声だけがこだまする。 居心地の悪さに、ミルザムが口を開いた。 「もう本物の女王陛下は見つかったのですよね。ならば私は……」 「あなたは女王候補として待機していなさい。 アムリアナ女王が蘇ったとはいえ、その力はまだ封じられたままで完全じゃない。 神子が女王を完全に復活させられるか、まだ未知数よ。 それに復活した女王が、闇龍を封じて、五千年前と同様に命を落としたら……次の女王が必要だわ。 あなたの女王のスペアとしての任務は終わってないの」 ミルザムの足が力をなくし、彼女はかくりとヒザをついた。 女王が見つかってなお、彼女の役目は終わっていなかったのだ。