校長室
建国の絆第2部 第3回/全4回
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シャンバラの明日は 「教導団はーシャンバラ人の声を聞けー!」「聞けー!!」 「地球人の地球人による地球人の軍隊はいらないー!「いらなーい!!」 「護るべき民を虐殺するような軍隊はー出ていけー!」「出ていけー!!」 第一師団空京仮設屯営の門前は、シュプレヒコールに包まれていた。 数万人の市民が屯営に押し寄せ、空京警察がてんてこ舞いで警備にあたっている。 児玉 結がシャンバラ大荒野の民に、教導団に執拗に狙われた事を話した為、またそれぞれ名は明かさぬままだが鏖殺寺院回顧派首魁エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)や甲斐 英虎(かい・ひでとら)が、ネットを介して真実の情報を放出した結果だろう。 シュプレヒコールがやむと、今度はシャンバラ人の美少女が段上で涙ぐみながらの朗読を始める。 「地球の皆さんは、女王様を探して、私たちの国づくりを助けてくださるのだとばかり思っていました。それはみんな嘘だったんですかッ?! シャンバラ大荒野やヴャイシャリーを滅ぼして、女王陛下まで殺そうとするなんて、侵略者のする事です! 最低です! 私たちの土地から出ていってください!!」 感情的になった少女は泣き崩れ、教導団をなじるヤジや怒号が巻き起こる。 さらに上空には、何頭ものドラゴンが群れ飛んでいるのが見える。 ドラゴンはパラミタの守護者であるのに、『ドラゴンキラー作戦』などという愚かな名前の作戦をしたのが悪い、という意見もあったが、真実ではなかろう。 上空のドラゴンの中には、大荒野の民に崇められていたドラゴンも見られる。 またヒラニプラから教導団には「シャンバラの民を傷つけ、女王陛下のお心に反する行為をこれ以上つづけるならば、基地を返還してヒラニプラから撤退を求める」とまで通達があった。 なおツァンダでは、御神楽環菜(みかぐら・かんな)とツァンダ家の良好な関係のために、市民が押し寄せるほどの事態にはなっていない。 もっとも街の上空にはドラゴンが舞い、苦言を呈しに学園を訪れる商人や貴族は多かった。だが環菜はトレードと今後の事態打開に忙しいと、代わりに応対に出たのはミルザム・ツァンダだった。 仮設屯営の研究室では、第一師団技術科少佐カリーナ・イェルネ教授が兵営の方をながめて、近くにいた技術科下士官に聞く。 「なんだか今日は兵士の数が少ないわね?」 「シャンバラ人兵卒が待遇改善を叫んで集団ボイコットしましたからね……」 下士官は疲れた表情で返す。 団長を始め、主だった将軍や役職にある者は、事態説明や謝罪の為にシャンバラ各地や空京市内各地に出かけている。 「あらあら、ちょっとした廃校の危機だわね」 カリーナはおかしそうに笑って、研究のレポートをまとめようとPCに向かう。 だが、しばらくキーを叩くうちに、いぶかしげに動きを止める。 「ねえ、あなた、兵士の集団ボイコットって、誰か扇動でもしたのかしら?」 「チェーンメールが出回ったんですよ」 下士官は自分の携帯を見せる。カリーナはメールを読む。 「地球人が士官以上を占め、シャンバラ人が兵卒として使われるだけの軍隊が、シャンバラの軍隊たりえるか? シャンバラの民が地球人の従者扱いされるだけの軍隊に、女王の軍隊としての責務など果たせない! ……ふうん、まあ、この手の物は彼の分野だわね」 カリーナは携帯を放り出すと、小さな木片をポケットから取り出し、折った。何も起きずに、その木切れを捨てると、やにわに研究室の整理を始める。 「あの……少佐? 何かお探しですか?」 「探し物じゃないわよ。今日で、ここを引き払う事にしたわ」 「……はぁ?」 下士官は話が見えずに戸惑う。カリーナは清々したように一人ごちる。 「もともと半年前に、とっとと身バレする予測だったのに、シャンバラ無能団のおかげで何兆ドルも儲かったわ。でも、こんなショボい研究室にいるのも苦になってきたところだったのよ。手を組んだラングレイと白輝精と戦ってまで残りたい場所じゃないわ」 「あの、少佐、何をおっしゃっているのです?!」 下士官に彼女が何を言っているのかは分からないが、何か尋常でない事態だという事には気づいていた。カリーナは平静とした様子で答える。 「何って? こんなショボイ軍隊の軍事機密でも、エリュシオンや地球支部はけっこうな額で買ってくれたって話だけれど? それとも鏖殺寺院の方の話? だったら、ラングレイが一般兵士を遠ざけた上で、ここの通信網を乗っ取ったのよ。それに白輝精じゃなきゃテレポートサイトの一斉遮断なんてできないわ。ラングレイに対する人質も、白輝精が出てきたら効き目ないもの」 「あ、あなたは、まさか鏖殺博……」 下士官が言い終わる前に、崩れた壁と天井が彼をグシャリと押し潰した。 ドラゴンの咆哮が響き渡る。カリーナに従う四頭のドラゴンだ。 そして現れた漆黒の影──ナラカ城を襲った謎の人型兵器が、屯営の上空に現れた。 「ば、馬鹿な?! レーダーには何もッ」 どこからか、そんな悲鳴が響く。カリーナはドラゴンの背に乗りながら、顔をしかめる。 「本当に馬鹿よねえ。古王国期のテクノロジーの産物が、地球の『最新鋭』レーダーなんかに映るわけないじゃない。ああ、こんな能無しの巣窟から離れられて、ほっとするわ」 その言葉は、本心から言っているようだ。 数人の契約者が彼女に向かって走ってくる。 「カ、カリーナ様、私も連れていってください」 「愚物に興味はないの。無能団の仲間割れ劇場は面白かったわ」 カリーナは当然のように、誰も連れずにドラゴンを飛びたさせる。 漆黒の機体は機関銃の掃射で、ドラゴンの離脱を援護した。 カリーナが言ったように、レーダーは何の反応もなく、役に立たなかった。 空京警察の高速飛空艇が後を追おうとしたが、あっと言う間に突き放されて見失ってしまった。 後刻、被害の把握にあたった下士官たちは、教導団が保有するレアメタル類がごっそり盗まれて無くなっているのを発見した。 また魔槍グングニル・ガーティも姿が見えなくなっていた。