First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
教導団仮設屯営 2
「うーん、厳しいですねぇ。人件費と対中送金の為替がネックですぅ」
経理科の皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)が資料の山を前にうなる。
「高額の給金を得ている、要らぬ人材の首を切ればよいでしょう」
皇甫 嵩(こうほ・すう)がそう言いながら、自作のリストラ候補リストを彼女の前に出す。
その人数の多さに、伽羅は愕然とする。
「こんなに無駄な人材が……」
「各国の軍隊より、人脈や利権を狙って投入された者がほとんどでございます。自国のためにばかり動き、教導団の役には、これぱかりも役に立っておりません」
熱心に計算を進める二人だが、彼らに士官のクビをどうこうする権限はない。
これは「万一、北京政府からの支援が途絶え、かつ政府系企業からの受注ボイコットが発生した場合の団財政対策」を事前かつ内々に研究しているのである。
「さぁて、そろそろ休憩にしましょうかぁ」
伽羅は周囲に聞かせるように口にしながら、席を立った。
二人が食堂に向かった後、資料はそのまま、その場に残される。
仮設屯営は手狭で、高級士官でも一般の事務室を使う事が多い。そこを通りがかった士官が何気なく資料に目をやり……とんでもない勢いで二度見した。
食堂で飲茶中だった伽羅たちは、その士官のもとに大急ぎで呼び出される。
「皇甫君、団長に近い立場の君が、うっかりとこんな物を人目に触れる場所に出しっぱなしにしては困る。団長のお立場が危うくなりかねんぞ」
伽羅は内心、がっかりする。士官は昔から団長の部下として従ってきた中佐だ。
「うぅ……北京派の目に触れるはずが……」
彼女のつぶやきに、中佐は眉を寄せる。
「うむ? そもそも北京は、ふたつに分裂しているが。団長を支援する主席閣下と、閣下に背く共産党幹部の二大勢力に北京は割れておる。
主席は他国との協調路線をとって、日本との友好な関係に尽力しておられるが……あの幹部たちと来たら、農村や自治区を叩いて富をむさぼる事しか考えておらん。
自治区でのやり方がシャンバラに通じると思い込んでいるのだからな。ここでは情報統制など、できると言うのに、まったく……」
伽羅が味方という事で、中佐の言葉はかなりグチっぽい。
背後から、それを注意する声がかかった。
「そのような発言は貴君の立場を危うくする恐れがあるぞ」
「ハッ……これは団長。失礼いたしましたッ」
金鋭峰(じん・るいふぉん)団長の登場に、中佐も伽羅も姿勢を正して敬礼する。
団長が、中佐の持つ資料に目をやった。
(これはもしやお説教モードに突入ですかぁ?)
伽羅は不安になったが、団長の言葉は以外なものだった。
「ほう、貴官もこのような試算をしていたか。
シャンバラ教導団もいずれは、余所からの援助無しに独自に運営していかねばならぬ。その為の備えや試算は今からでも必要だろう」
伽羅の表情が明るくなる。しかし団長は続けた。
「だが、こうした人心を不用意に惑わしかねない資料の管理は慎重にせねばならん」
「すみませんでした。今後、気をつけますぅ」
わざと資料を放置した事は言わないでおこう、と伽羅は思った。
金鋭峰襲撃
「何故葦原明倫館からの指摘を無視されたのですか?」
司令室を訪れたクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)の抗議に、金 鋭峰(じん・るいふぉん)は眉根を寄せた。
「悪いが貴官と話している時間はない」
「理由をお答えください。もしあちらの言い分が正しければ、結果、中国がアメリカに負い目を作ることになります」
「…………」
団長は視線を彼女の後ろに移す。そこではパートナーのハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が“禁猟区”を張り巡らせている。
彼の普段温和な顔も、この時ばかりは引き締められていた。本意ではないとはいえ団長と対立する構図に違いない。そして本当に対立しているのは……『ドラゴンキラー作戦』の出所であろうカリーナ・イェルネ。
「そうなれば教導団内の欧州勢力も黙ってはいないでしょう」
白騎士派のクレアが言えば、正論でも脅しのようになる可能性はある。それを分かっていてもなお彼女が団長に突っかかっているのは、時間稼ぎのためだ。最終的な狙撃命令を団長が出すのを、少しでも遅らせたかった。
「中国は現在日本と協調路線にある。この意味は分かるな」
「確かに、空前の繁栄を見せる日本は地球上で大きな影響力を持っています。しかし世論はそれとは別に……」
反論しながらクレアは思考を巡らせる。どうにかして作戦を中断させられないか……。
しかし、たとえ彼がクレアの意を汲んだとしても、この劇をずっと続けるわけにはいかなかった。山ほど仕事はあったし、狙撃部隊が彼らを狙うタイミングがいつ訪れるか分からない。
「参謀会議での決定に一兵卒が異議を唱えると言うのか?」
だから彼はそう言って会話を終わらせようとしたのだが、意外な人物が彼の仕事を妨げることになる。
「お気をつけ下さい……殺気を感じます!」
ハンスが声を上げると同時に、窓の外から地面を揺るがすバイクの排気音が聞こえてきた。
「ヒャッハァー!」
「ヒャッハァー!」「ヒャッハァー!」
「ヒャッハァー!」「ヒャッハァー!」「ヒャッハァー!」
窓の外をハンスが見れば、屯営の門扉を突き破って、スパイクバイクの群れが敷地内になだれ込むところだった。
突然の襲撃とこだまする歓声に周囲にいる教導団員達はあっけにとられている。その間に彼らはバイクを止めると、担いだ火炎放射器の炎や銃弾を手当たり次第施設にぶち込んでいった。
慌てて教導団員が制圧にかかろうとするが、相手は数百人からなる。悲鳴や怒号が飛び交い、反撃には多少の時間を要しそうだ。屋外に出ていた教導団員が数人向かっていくが、何もないところから発射された炎に焼かれ火だるまになる。
それは“光学迷彩”と“迷彩塗装”で姿を隠していた猫井 又吉(ねこい・またきち)だった。
「俺が足止めしてる間に思う存分やってくれよなぁ!」
彼らは旧生徒会派のパラ実生だ。首魁はパートナーの猫ゆる族に応と答える。
「関羽がいねぇ今がチャンスだ。今度こそ首を取ってやるぜ!」
首魁・S級四天王でもある国頭 武尊(くにがみ・たける)はパワードスーツを着込み、手当たり次第にパワードレーザーを発射していた。
むちゃくちゃな所行だが、これは彼らにとってはちゃんとした理由がある。
──教導団は難癖付けてパラ実生や現地の人民を弾圧している。教導団こそが害悪であり、その大将たる金団長の方が脅威だ!
武尊はそんなつもりなどなかったのだが、旧生徒会派の中心人物である彼の行動に呼応したパラ実生が集まって今回の襲撃となった。
ハンスの肩越しに外を見やる団長に、一組のパートナーが声をかける。
「団長、窓際は危険です。パートナーに先導させますから、下がってください。必要とあらば自分が影武者に」
ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)が扉の入り口に立っていた。クレアと同じくカリーナ派閥のクーデターを危惧し警護に当たっていたのだ。
「万が一に備え、脱出経路も確認してありますわ」
クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)が扉を開けようとするが、
「不要だ。すぐに彼らは去ることになるだろう」
団長はそれを制した。
果たして団長の言葉通りになった。
一時は押された第一師団だったが、すぐに指揮官の命で隊列を組んで彼らを包囲する。
もとより武尊も勝てる戦とは思っていない。又吉の合図で身を翻した。
「兄貴、こっから逃げてくだせぇ!」
パラ実生が武尊に呼びかける。
「あっしらが兄貴の壁になりやす」
「兄貴の役に立てるなら本望ッス!」
「済まねぇな──っと、最後に一撃ぶっ放すか」
くるりと振り向き、彼はレーザーの“とどめの一撃”を団員にぶち込んだ。
こうして無事、武尊と又吉は撤退することができたのだった。教導団も敷地外への追撃はしない。市民と要らぬ衝突を引き起こすのは避けたかったからだ。
「……これで分かっただろう。何らかの襲撃を貴官らが危惧していたということは、私もレーザーの塵になる可能性がある、と知っていたからだ。私は、中国では英雄として称えられているが、君達と同じ、一人の人間に過ぎない」
椅子に身を沈めた団長は、すっかり冷めた緑茶を口にして静かに話し始める。
団長の、それは本心なのだろう。
表情こそ変わらず厳しかったが、高官達に囲まれている時には見せない口調だった。
「私の立場は傀儡に映るかもしれない。しかし、この立場だからこそ可能な事もあるのだ。シャンバラにも、そして本国にも道を誤らせてはいけない。その為に、私は今ここに在る」
飲み干した緑茶に、ヘンリッタがお代わりを注ぐ。それで再び喉を潤して、
「確かに闇龍も、地球上の国家の拡大主義もシャンバラの脅威。だが、それら派手な動きにばかり目を取られず、シャンバラの地にひたひたと迫る脅威にも我々シャンバラ教導団は備える必要があるのだ」
「本当の脅威……」
「貴官らが賢明であればいずれ分かる時が来る。……いや、既に気付いているのではないかな」
その場にいた誰もが、脅威とやらが何であるか訊ねることはしなかった。今訊ねたところで団長は答えはしないのを知っていた。言葉にはっきりと出さずとも団長の意を汲むことが信頼を得ることになることも、また。
士官候補生らは敬礼で応え、団長も敬礼で応えた。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last