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リアクション
■タシガンの戦い2
白砂 司(しらすな・つかさ)は黒毛に白毛を交えた大型騎狼で戦場となっている森の中を駆っていた。
戦場、といっても味方は見られない。
そこに居るのは龍騎士だけで、彼らは明らかに様子がおかしかった。
戸惑うように旋回する者たち、何かを求めるようにバラバラと自分勝手に降下していく者たち、そして、互いに決闘のようなことを始める者たちが増えていく……
「錯乱しているのでしょうか?」
騎狼の後ろでサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が言う。
司は眼鏡の奥の目を細めた。
「これがウゲンのフラワシの力か……」
(これだけの数の龍騎士に影響を与えられるとは、確かにケタ外れに強大な力だ。
ウゲンへの忠誠と引き換えに得られる力。
……見極められれば良いがな)
濃霧の蔓延る森の間では龍騎士たちが地上でも同士討ちを行っていた。
その激しい戦闘と言い争いの中を駆けていく。
「彼女が愛するは我ただ一人。そして、我はその愛を裏切るわけにはいかん!!」
「何を世迷言を。彼女の愛は唯一、俺にのみ注がれるもの。
貴様の妄言など、その身ごと我が槍で砕いてやる!」
「残念ですが、雪の舞う丘で私たちは約束したのです。この戦いが終わったら永遠を誓い合うのだと」
「彼女は既に我と永遠の契りを交わしておるわ!!」
そういった言葉が、そこかしこで聞こえていた。
「……な、なんだか、すっごい悪女さんが居るみたいですねっ」
サクラコが、あわわわ、と口元を押さえながら言う。
司は状況に目を走らせつつ、七曜の能力の本質を探っていた。
「テンプテーション……
いや、記憶を植えつけているのか……?」
と――
「我が伴侶をこそこそと付け回す卑劣漢め!!」
「うぉあっ!?」
激昂した龍騎士によって前方の木が吹っ飛び、二人の目の前に陽が転がり出した。
「サクラコ!」
「はい! サクラコ・ガーディ、推して参りますっ!」
龍騎士と陽の間に司とサクラコが割り込む。
薄く切り結んだ後、龍騎士の一撃が彼らを蹴散らす。
司の乗った騎狼とサクラコが空中で身を翻して、傷だらけながらも陽の前へ、しっかりと着地する。
「七曜のパートナーか?」
頬を流れる血をそのままに龍騎士を見据える司に問い掛けられ、陽は少し慌ててうなずいた。
「あ、ああ」
サクラコが司と同じように龍騎士を見据えたまま。
「助太刀します――と言いたいところですけど、龍騎士相手では何処まで持つか……」
「幸いの森の中だ。
地の利は無いが、それはあちらも同じ。逃げ切れる可能性はある」
サクラコへ言った司が素早く視線を走らせ。
「七曜本人は?」
「あいつなら大丈夫だ。というか、むしろ今のあいつに近づくのは危険……」
「――ねえ」
声は龍騎士を挟んだ向こう側から聞こえた。
「……沙羅?」
暗い霧に彼女の影だけが浮かぶ。
そして、龍騎士がこちらに槍を構えたまま、彼女へ言う。
「もう大丈夫だ。少しだけ待っててくれ」
時折り枯れ枝を踏む彼女の足音が聞こえていた。
「ううん、もう待てなくなっちゃった」
ザリザリと地面を引き削るような音が近づいてくる。
「愛しい人よ。
あと、僅かばかり辛抱してくれないか。
今、こやつらを屠り、そうしたら、我が龍にて君を安全な場所へ運ぼう。
そうだな……あの場所が良い。二人が初めて口づけを交わし――」
ゴッ、と鈍い音がして龍騎士の体が揺れる。
足音も削音も止まっていた。
「……何故?」
龍騎士がゆっくりと振り返る。
「駄目だよ、駄目なんだ、もう、駄目」
ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ――――
鈍い音が何度も何度も繰り返し、その度に龍騎士の体が揺れた。
「……君は、私を……なのに……何故……」
龍騎士の膝が折れて、地面に落ちる。
彼の声は、突き付けられた理不尽に対する恐怖に震えていた。
彼の頭の中には、止め処無く、有りもしない彼女との愛の思い出が溢れているはずだった。
「やめて、くれ……こんなこと……」
濃密な血の香りが霧を伝う。
彼の目の前に居た沙羅は、彼だけを見つめていた。
「心が切なくて、苦しくて、だから、どうしても永遠にしたくて、我慢できなくなって……爆発しちゃったんだよ」
それが、彼女の力の“代償”。
ヒゥ――と、彼女の手に在った血濡れの巨大鉈が龍騎士の前に振り上げられる。
「あは、あはははははははははははははははは!」
■
タシガン北部――
ナンダ・アーナンダ(なんだ・あーなんだ)は、街の外れに聳える時計台の上に立っていた。
視線の先に広がっているのは龍の大群。
そして、彼の周囲にはタシガンを防衛しようというイコンの部隊が居た。
それらの中心に居るということ、今の己には街と民を守るための力があるのだということに、ナンダは高揚を感じていた。
笑み、拳を握り込む。
これほど気が晴れやかなのは久しぶりだった。
前を見据え、様々なものを見渡す余裕がある。
「ウゲン様に与えられたこの力、必ず使いこなしてみせよう。ふふっ」
「嗚呼、ナンダ様。ナンダ様、立派で御座います!」
後ろに控えるマハヴィル・アーナンダ(まはう゛ぃる・あーなんだ)が自信に満ち溢れた様子のナンダに感動してか大仰に咽び泣く。
龍の気配はすぐそこにまで迫ってきていた。
仲間のイコン部隊には、こちらの合図があるまで動かないようにと伝えてある。
「ボクはボクらしく、エリートとして――
皆とタシガンを守りきる」
先行した龍騎士たちが一気に距離を詰めてくる方を、笑み見据える。
深く呼吸する。
そして、ナンダは己の最大の声を空へと放った。
『――止まれ――』
「うわあ、本当に止まっちゃったよっ?」
水鏡 和葉(みかがみ・かずは)はイーグリット・ミッシングの中で感嘆の声を上げた。
信じられない光景だった。
ナンダの声が響くと共に、先陣を切って突っ込んできていた帝国軍の龍と龍騎士たちがナンダの目の前で動きを止め、地面へと落下したのだ。
それが何度も繰り返される。
突然の出来事に続こうとしていた龍騎士たちには混乱が見られていた。
「おいおい、びっくりだねー」
後部席のルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)がモニターを覗きながら口笛を漏らす。
「ほんとにあのナルシー君が“言った通り”になるってのかよ」
「えへへ、地図に存在しないはずの街だったり、すごい能力を持っている人が居たり、タシガンは不思議でいっぱいだね!」
和葉は、どうにもわくわくを止められずに声を弾ませた。
「いや、七曜関係は特別中の特別だと思うけどなぁ」
と、マハヴィルからの一斉通信が入る。
『さあ、皆様。敵の手が止まった今がチャンスでございます!』
「っと、合図だ。そいじゃ、行くとしますかねー。和葉」
「了解。天御柱学院パイロット科のプライドにかけて、負けるわけにいかないよね!」
ルアークが他のイコン達の動きに合わせてミッシングを空に馳せる。
和葉はスナイパーライフルで、再びこちらへ侵攻を始めようとしている龍騎士を狙った。
「悪いけど、こちらにあんな力が幾つもある以上――キミたちにタシガンは落とせないよ。
ボク達だって覚悟を持ってここに立ってるんだしね。
だから……大人しく諦めて撤退してくれると嬉しかったな」
今は傷つけてしまう。
だけど、元気になったらまた会えることを祈って、和葉は引き金を引いた。
「兄者!! 俺は――」
「言うな! ここは戦場だ。そして、我らは、そこで敵として出会った。
ならば言葉など、何の意味がある」
第二龍騎士団のアイアスと乙王朝のイリアスが互いの兵と共に空中戦を繰り広げるのを端に――
清泉 北都(いずみ・ほくと)は、他のイコンたちと共にシパーヒー・アシュラムで龍騎士の攻撃を掻い潜りながらレイピアを走らせていた。
各所で七曜が龍騎士たちに混乱を引き起こしているため、第二龍騎士団は全体的に浮き足立っているような感じだった。
『北都……』
コンクリート モモ(こんくりーと・もも)からの通信。
『裸のロイヤルガードが来れないけどよろしくって……』
「うん」
「データ送ります」
クナイ・アヤシ(くない・あやし)が予め捉えた龍の突撃の軌道に基づき、わずかの動作でアシュラムを逃す。
同時に、タイミング良くレイピアを放てるように初動作を半歩手前まで終えておく。
「ロイヤルガードも大変だね」
『大変なのはアレの周りのほう……――撃つよ』
アシュラムのレイピアが龍を捉える。
殺す気は無いが、傷つけることに代わりは無い。
じわりと広がる憂鬱を吹き払うかのように、後方より放たれたコームラントカスタムの大型ビームキャノンの光が空を突き抜けて行った。
「壮観ですね」
『援護は任せてちょうだい……』
「ウゲン様は?」
『後方で楽しそうにフラフラしてるヨ』
モモのコームラントに乗っているハロー ギルティ(はろー・ぎるてぃ)の声。
『本当にタシガンを守る気があるかネ〜』
「ウゲン様はタシガンの領主だから」
『信じてるの……?』
「七曜の方はあんまりだけど」
「暴走、ですか?」
クナイの問い掛けに、北都はアシュラムを龍騎士の攻撃から逃しながら、うなずいた。
「それも含めて、良く見ておかなきゃ」
地上。
「――今であります!」
エミリーが残骸を装っていたアニメイテッドイコンを操って龍騎士へと奇襲を仕掛ける。
龍に生じた僅かな隙へ――
「ライト・オブ・グローウリイイイイヤアアアッーー!!!
ぶっつぶれよォォッ!」
魔鎧常闇の 外套(とこやみの・がいとう)の雄叫びが上空から降り落ちてくる。
そして、鎖付き鉄球のようにワイヤーロープを巻きつけられたクェイルが龍騎士たちを蹴散らした。
クェイルと一緒に落下してきていたロイ・グラード(ろい・ぐらーど)がレビテートで、トッ、と軽い音を立てて着地する。
その右手にはワイヤーロープの端が握られていた。 クェイルの重量を、全てその右手一本で制御している。
ロイの纏っている外套が、ウヒャハハハハハと笑い声を上げ。
「いー調子だな、おい。
まァ俺様最強っちゃあ最強なんだけどさァー、おまえが力を試してェっから譲ってやってるワケなんだから、いー調子じゃなきゃ困んだけどねェー?」
喧しく喋り続ける外套の声の中、ロイは確かめるように己の左手を眺めていた。