空京

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戦乱の絆 第二部 第二回

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戦乱の絆 第二部 第二回
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■タシガンの戦い4

 タシガンの街――
 薔薇の学舎の生徒を中心とした人たちが忙しく駆けまわっている。
 その風景の端で眠っている高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)を見やりながら、
「……違和感あるなぁ」
 レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)はエリートの中に混じっている悠司の姿に素直な感想をこぼした。
「なんて、言ってる場合じゃないね」
 ぱたぱたと彼の元へと近づいて、その耳元へ告げる。
「悠司、起きて! ……って起きなくても良いけど、聞いて。
 西側の味方部隊が撤退して来てるんだ。
 フォローしてあげられない?」
 悠司から返って来るのは寝息だけだった。
「……ちゃんと伝わってるのかな?」
 レティシアは、むぅと顔をしかめたが、とりあえず、伝わったものと思うしか無かった。


 タシガンの街、西――
 ソレは唐突に現れた。
 撤退しているイコン部隊を追撃しようとした龍騎士に、姿無き何かがしがみついた。
 龍騎士が驚き、何かを切り捨てようとする。
 龍騎士の一撃が何かに触れた瞬間、一瞬だけ姿を表したのは黒いモノの姿だった。
 ぬらりと真っ黒なタールの塊のようなソレは、龍騎士の一撃に全く動じることなく、傷つくことなく、再び姿を消した。
 やがて、ソレは大量に現れ、多くの龍騎士や龍へ次々にしがみつき、その動きを大きく阻害し始めた。

「あれがウゲン君に選ばれた七曜のフラワシ〜?」
 師王 アスカ(しおう・あすか)は、ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)と共に街の西側の防衛を行っていた。
 黒いモノに動きを絡め取られた龍騎士たちへと距離を詰めながら、アスカの声は浮かれていた。
「一体何が起きているのだ?
 何か見えているのか?」
 隣を駆けるルーツが霧隠れの衣で気配を薄めながら問いかけてくる。
「ルーツには見えないの〜?
 じゃあ、やっぱりアレはフラワシの何かなのねぇ〜。
 これは是非とも間近で見せてもらわなきゃ」
 アスカの声はますます弾んだ。
 ルーツが前方に広がる龍騎士たちの呻きや驚愕を前に表情を渋らせる。
「まるで戦争兵器だな……。
 ウゲンは、こんな力を与え忠誠を誓わせた者たちをどうするつもりなのだ……」
「そんなこと、今は関係ないわ〜。
 このチャンスに姿形に性質までをしっかり押さえて七曜フラワシの絵を描いてみせるんだからぁ」
 接敵して、アスカは自身のフラワシ【ビッグバン・ホルベックス】を馳せた。
 先行してブラインドナイブスを放ったルーツに次いで、フラワシの焔が龍騎士を襲う。
 と――
「あらぁ?」
 黒い人たちが火を嫌がるように、身を捩らせたのが見えた。
 ふっと素早く周囲の戦闘へと視線を走らせる。
 黒いモノたちは火や光の魔法を嫌がるような素振りを見せているようだった。
「苦手なのかしら〜?」
「アスカ! 集中しろ!!」
 ルーツの声に弾かれるように身構えたアスカへと、黒いモノたちを振り切ったらしい別の龍騎士からの一撃が叩き込まれる。


 悠司は、眠りながら夢を見ていた。
 暗い沼の真ん中に立っている。
 黒く重いねっとりとした物が己に伸し掛っている。
 その重みに押し付けられるように、沼の中へ少しずつ沈んでいく。




 タシガン・蒼十字船。
「――ここ、は……」
 うっすらと目を開いたナンダがうわ言のように呟く。
「大丈夫、ここは蒼十字船だよ。そして、俺は白衣の天使……なんて言ったら、少し図々しいかな」
 柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)は微笑み、ナンダの額を濡れタオルで拭いてやった。
「君がここに運ばれたのは、ついさっき。
 ターバンの人が連れてきたんだけど……彼は、よっぽど君のことが大切なんだね」
 ナンダをここへ運びこんできた時のマハヴィルの必死な様子を思い出しながら言ってから、問い掛ける。
「痛みは?」
「……今はもう」
「良かった。本当は、患部を看せてもらいたかったんだけど……
 ターバンの人に、『大丈夫だから、それは勘弁してくれ』って頼まれちゃって。
 ほとんど手当らしい手当はしていなかったんだ。
 軽い鎮痛剤くらい」
 ナンダの首元と右腕は、ここに運ばれてきた時からマハヴィルの上着に覆われている。
「マハヴィル……ボクを連れてきた者は?」
「君のために水を取りに行ってる」
 と、貴瀬は、横たわるナンダのそばに腰を下ろした人の気配に気づいて顔を上げた。
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)がナンダにかけられた上着をめくって中を覗いている。
「それ、止めてって言ってたよ」
 やんわりと注意してやると、アリーセがめくっていた上着を元に戻し、無表情をこちらへ向けた。
「軽率でした」
 静かに謝罪して、アリーセが立ち上がり、アタッシュケースを手に他の負傷者の方へと向かっていく。
 それと入れ替わるように。
「こっちは、俺の手はいらなそうか?」
 柚木 瀬伊(ゆのき・せい)がそばに立つ。
 貴瀬は、再び眠りについたナンダの額にタオルを置いてやりながら、「うん」とうなずいた。
 しばしの間を置いて、瀬伊の声が振る。
「いつの世も戦いはなくならないものだな」
「昔の記憶が疼くのかい、瀬伊? ……否、小早川隆景と呼んだ方が適切かな?」
 立ち上がる。
 向こうでは、シー・イー(しー・いー)が看護にあたる生徒たちを指揮している。
 あの外見でなかなか面倒見が良い。
 貴瀬は少し視線を伏せ。
「かつての様に――知略を練り、人々を助けたい?」
「…………」
 そちらを見ないまま、瀬伊の手をぎゅっと握る。
「なら、次までに準備しよう。俺も手伝うから」


「どうやら……。
 ウゲン殿のフラワシの使用には、相応の“代償”が必要なようですね」
 蒼十字船の通路の一角。
 アリーセはコツコツと歩みながら零していた。
 手に提げたリリ マル(りり・まる)が返す。
「その代償も、個々で違うようですな。
 例えば、戦場で倒れたのを目撃された女性の七曜。
 彼女は極度の低血糖症のような症状を起こしていたという話でありましたが……」
「先ほどの彼には、そんな症状は見られませんでしたからね。
 その代わり――」
 アリーセはそこで、ふと言葉を切った。
 向こうから医療品を抱えてパタパタと駆けて来た生徒とすれ違う。
 足音が後方に遠くなる。
「ともあれ、技術が無くともフラワシを扱えるという点は興味深かったわけですが……
 どちらも見事に暴走してしまったようですね」
「世の中、上手く行くばかりではないですなぁ……」
「代償と暴走。そして、忠誠。
 何のデメリットも無く強大な力を手に入れるのは、やはり難しいことなのでしょう」
 言って、薄く息をつく。
 とりあえず考察はそこまでとして、アリーセたちは再び蒼十字活動へと戻ることにした。




 タシガン北部――
 横倉 右天(よこくら・うてん)は、高らかな声で言った。
「さあ、始めよう! ウゲン様のために! 七曜が一人、横倉右天による最高のショーを!」
 彼の目の前に居たのは、第二龍騎士団、団長アイアスだった。
 アイアスは、この後に及んでふざけた調子を加速させる右天を怒りの表情で見据えていた。
 右天は彼を挑発し、一騎打ちを申し込んでいた。
「小賢しいッッッ!!!」
 アイアスが渾身の力を込めて衝撃波を叩き込む。
 が――
「イッツ・ア・マジッ〜〜〜ク!」
 吹き飛んだのはアイアスの方だった。
「あーあ……どうせなら、もっと面白い技を使ってくれれば良かったのに」
 右天の目の前にはウゲンから得たフラワシ・リフレションが居た。
 アイアスに直接見えるものではないが、彼ならば気配くらいは感じているだろう。
「貴様らの、その力……自身のものではないな」
 身体をふらつかせながら立ち上がったアイアスの表情が強く歪められる。
「ッ……そうか。ウゲンめ……」
「ピーンポンッ、大正解!
 賢い賢いお客様に盛大なる拍手を!」
 右天が大仰に右手を掲げながら指を鳴らす。
 と同時にリフレションは、先ほどアイアスが放ったものと全く同じ衝撃波を撃ち放った。
 アイアスが再び自身の力に吹っ飛ばされる。
「アイアス!!」
 イリアスの声が響く。
 既にイリアスとの戦闘で傷ついていた事もあり、アイアスの意識は既に途切れているようだった。
「アイアス様!!」
「この――」
 アイアスを守るように、周囲を飛んでいた龍騎士や従龍騎士たちが降下してくる。
「幕は降りまして、哀れアイアス様はゴミクズのよう。
 さぁて、続きます第二幕は、ポップでキュートな殺戮ショーにございます」
 右天は悠々と一礼をしてから、シルクハットを取って両手を広げた。
「イッツ・ア・ショーーーーターーーーイム!」
 リフレションの放ったアイアスの衝撃波が龍騎士たちへと降り注いでいく。

「――あいつは殺戮を楽しんでる……」
 後方、コームラントカスタムの中。
 ハロー ギルティ(はろー・ぎるてぃ)は右天による一方的な攻撃を観察していた。
「まるで猫とネズミ。あの戦闘はギルティ!」
 その状況を録画し続ける。

 しばらくの後。
 多くの犠牲を払いながら逃がされたアイアスが龍騎士たちと撤退していくのを見送り、
 右天は自らが作り出した惨状の中で、ふと、自身の手袋に書かれていたメモに気づいた。
アルカ・アグニッシュ(あるか・あぐにっしゅ)を呼び出すこと』
 それは自分の字のようだった。
 だが、それをいつ書いたのか一向に覚えていない。
 そして、何より……
「アルカ?
 アルカって誰だっけ?
 あは、まあいっか」
 ビッ、と絹の手袋は破り捨てられる。




 アイアスが退いて後、しばらくして第二龍騎士団はキマク方面へと撤退し始めていた。
「衿栖」
 タシガンの防衛が成功したことを伝えに来たレオン・カシミール(れおん・かしみーる)は、強張った顔で空を見やっている茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)を呼んだ。
 彼女が傷と汚れにまみれた顔を向ける。
「終わったんですか?」
「そうだ」
 レオンの言葉を聞いて、衿栖が小さく呼吸し、そして、ぐらりと倒れた。
 その身体を支えてやり、レオンはため息を零した。
「こうなると分かって、あのようなフラワシを?」
「さあ、どうだろう」
 後方のイコンの残骸に腰かけていたウゲンが、何処かで拾ったらしい汚い指人形で遊びながら答える。
「どちらにせよ、この程度で倒れてもらってちゃ困るなあ。
 これからが本番なのに」
 ぽいっと地面へ投げ捨てられた指人形が、ウゲンの足に踏み潰される。
「ほんと、守るものがある人って大変だよね」